髪誇り
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うおっ、つぶらやよ。いくら俺が相手だからって、その格好はみっともねえんじゃねえの?
いや、さすがに遠目にも分かる寝グセ頭ってどうなのよ……家の中ならともかく、都会のビル内で見るような格好じゃねえな。
ひとまず茶をしばく前に、トイレいっとけトイレ。ちょっとここで待っててやるからさ。
ようやく、落ち着いたつぶらやになったか。
休みとなると、お前もだいぶだらしなくなるのは変わらんようだな。そりゃ、よそいきの姿をあんま気にしたくない気持ち、分からなくもないが。
だが身だしなみは気を付けておくに越したことないぜ。どこで誰が見ているか分からないしな。それによって、妙なめぐり合わせを引き寄せてしまうことも……。
ふん、ちょうどいい。お前、ネタを欲しがっていたよな?
ひとつ、身だしなみとそれに反するものに関する奇妙な話を聞いてみないか?
俺の友達の話なんだが、そいつもまた寝グセに悩まされるやつだった。
坊主頭とかは趣味じゃないし、かといって別段長めのカットというわけでもない。ちょうどお前と大差ない髪型だな。
そいつの寝グセがやっかいなのが、自分ひとりだとまず気づくことができないという点。
あいついわく、家で鏡を見ながらセットするところまではきっちりやるんだ。髪が勝手なことをしないように整髪剤もつけてな。
それが外に出るといつの間にか、ぴんとおったってしまうらしかった。
俺たちから見ると、いわゆる「アホ毛」というやつか。
つむじ近い髪の数本が、身を寄せ合う形で一本になり、一緒に立ち上がっている。
ちゃんと整髪剤でまとまって、てかてかとした格好だからな。わざとやっているんじゃないかと、当初は疑ったものだ。
だが回数を重ねるたびに、あいつも不満に思っていることは確からしいことが分かってな。その場で髪をむずっとつかんで、引っこ抜く姿を見たら、もうからかう気は湧いてこなかった。
おかしなことは、そればかりじゃない。
件の引っこ抜いた直後なんだけどな。俺たちの前で、また髪の毛がおのずと持ち上がっていくんだよ。
これまでおとなしくしていたはずの髪の束が、まるで思い出したようにさ。
今度は抜けない。
あいつがどれほど力を込めても、助力を乞われた俺たち全員が頑張っても、髪の毛は頑固に頭皮へしかみつき続ける。
――こいつはおかしい。
たぶん、その場に居合わせた全員が多かれ少なかれ感じたはずだ。
あいつの顔にもちょっと怖さが浮かんでいてさ、ついには筆箱を取り出して、中のカッターナイフで髪の毛の真ん中から、ざっくりと斬ってしまったんだよ。
そのときだ。俺たち全員が、風もないのに体中へ鳥肌が立つほどの寒気を覚えたのは。
そろって身体を震わせる中、ちらりと背後を見やった俺は、がさりと茂みの一角が揺れるのを見た。
ここは通学路の途中にある下り坂の途中。
左手は少し高台となっていて、テニスコートが据えられている。そのてっぺんからふもとにかけて植えられている茂みたちの一部だったんだ。
ほんの一瞬だけ見えたその影は、犬に思えなくもなかったが、その頭には大きく真ん中分けになった黒髪が被さっていたこと。
そして四本足に囲まれた中点。腹にあたる部分に五本目の足が生えていたように思えたんだ。
他の面々はそれを目にしていないようだったし、俺自身も五本足の犬がいるなど思ってもいなかった。
単なる見間違いと、その場は思っていたんだよ。あいつも切り取った髪を無造作に捨てて、もう歩き出している。
髪の毛がおのずと立ちあがってくることは、その日はもうなかったよ。
それからも髪の毛はまた、幾度かは勝手に跳ね上がっていた。
けれども、その回数が以前ほどの頻度ではなくなり、気が付いたら……という具合に落ち着き出したんだ。
あいつを含めたみんなはそのまま沈静化してくれる兆しととり、良くなってくれることを願っていたが、俺は違う。
例の五本足の犬らしきものだ。髪の毛が立つたび、どこかしらあいつの近くでかの犬を見かけるようになっていたのさ。
今度は髪の毛を切り取るまでには至らなくても、立っている時点で、あいつがちょくちょく視界の端に映る。
でも、直視はできずにいた。俺が顔を向けると、それを敏感に察知してヤツは隠れてしまうんだ。
いいポジションを取っている。
茂み以外に建物や駐車している車の影などのすぐ近くにいて、こちらからの視線を外すのはわけない位置取りだ。
おそらくは、様子をうかがい続けているのだろう。そしてそのターゲットは、俺ではあるまい。
おそらくは髪の毛を立てているあいつ……。
そんな犬とのやり取りが幾度か続いたおり。
これまでで一番の髪の毛のおったち具合に、あいつがまた髪を抜いてやろうとしたときだ。
これまでは粘っていた髪の毛が、さしたる手ごたえもなくするすると抜けていった。あいつ自身もきょとんとするくらいで、俺たちも目をぱちくりさせていたさ。
が、すぐに別の異変に気付く。
髪の毛が抜けきらない。それどころか、引っ張れば引っ張るほど、頭の別の個所からどんどんと毛が内側へ引っ込んでいくんだ。
見ている俺たちには、すぐに想像がついたよ。
あいつの髪の毛はいま、一本につながっているんじゃないのか……と。
長い長い髪の毛を途中で斬り落としたとき、あいつの頭部には無数の10円はげのようなもろだしの頭皮が姿を見せていた。
このとき、俺たちは学校の教室にいたんだ。俺がちらりと見た窓の下には、五本足のあの犬がいた。
あいつそっくりの髪を頭にそのまま被ったかのような姿で。
今度はすぐ隠れず、勝ち誇るように俺のまなこをしばしまっすぐ見やってから、やがて足早に去っていったんだ。