第六話 吸血鬼とは
更新が遅れてしまいすみません。
作者が体調を壊してしまったので…( ̄▽ ̄;)
また更新していきますが、更新頻度どうしようかな。
「血族を…助ける?どういう意味ですか?」
アーシャリアは、思わず問い返していた。
自分の目の前にいるエクリティアという女性――いや、"自分の中にいる存在"が何を言っているのか、完全には理解できなかった。
そもそも"血族"とは何を指すのか。
それは教会にとって馴染みのある言葉ではなかった。
少なくとも、アーシャリアが今まで学んできた教義の中には、"血族"という概念は存在しなかったはずだ。
そんな彼女の様子を見て、エクリティアはどこか呆れたように小さくため息をついた。
まるで、幼い子供に説明をする教師のように――いや、長い時を生きた者が、無知な者へと知識を授けるかのように。
『うん? 教会関係者なら知っていると思ったけど……どうやら違うみたいだね』
そう呟くエクリティアの表情には、微かな苛立ちと呆れが滲んでいた。
「え、えっと……"血族"っていうのは、キマイラの係累とか……そういうものなのでしょうか?」
アーシャリアは、自分の知る範囲で最も近い存在と結びつけてみる。
"異端"であり"怪物"であるもの――教会が討伐対象としてきた存在の中で、"血族"と呼ばれるものがいないかを探す。
しかし、どれもピンとこない。
そして、その考えを口にした瞬間――
『あははははは!』
エクリティアは、腹を抱えるようにして笑い出した。
楽しげに、可笑しげに、心の底から愉快だと言わんばかりに。
『キマイラの係累? それが余たち? いやいや、それはさすがに……! 余たちはね、ずっと昔から存在しているんだよ。千年も、いや、それ以上前からね』
アーシャリアは、息を呑む。
千年以上も――?
「も、もしかしたら……アナタが勝手にその名前を使っているだけの可能性もあるのでは?」
半ば強引な反論だった。
しかし、そう考えなければ納得がいかなかった。
エクリティアという名前は、誰もが知っている物語の登場人物だ。
子供ですら読んでいる冒険譚に登場する、教会の敵。"血の怪物"と呼ばれる存在。
だが、それはあくまで"物語"の話であり、実在するものではないはずだった。
仮に、この"エクリティア"が本当に彼女の中にいるというのなら――それは、アーシャリアの記憶の中にある"絵本"の物語を具現化しただけの存在ではないのか?
もしそうなら、この"エクリティア"という存在は、彼女の記憶を覗き、その情報を利用しているに過ぎないのではないか?
しかし――
エクリティアは、今度は嘲るように小さく笑った。
『ほう……? 余がただの幻想に過ぎないと言いたいのかい?』
その紅い瞳が、妖しく光る。
『ならば聞くけど――お前が読んだという物語は、どこまで真実だった?』
アーシャリアの背筋が、ぞくりと震えた。
まるで、自分の内側を見透かされているような感覚。
まるで、何もかもを知っている者が、こちらを試すかのような言葉。
この女性は……何を知っている?
アーシャリアは、思わず言葉を詰まらせた。
"物語"は、どこまでが真実だったのか――。
それを、彼女自身、深く考えたことなどなかったのだから。
『まあ、まだ穢れのない聖女様には酷な話だったかもね』
エクリティアの口元に、どこか挑発的な微笑が浮かぶ。
まるで、幼子をからかうかのような口ぶりだった。
しかし、その言葉に、アーシャリアは反射的に反論していた。
「聖女じゃありません! それに、こんなことになって……少し混乱しているだけです!」
感情が昂ぶった声は、狭い空間に強く響いた。
あまりの理不尽さ。
突然巻き込まれた現実。
そして、目の前の"彼女"の謎めいた言葉の数々――。
自分の中に生まれた疑問は膨れ上がるばかりで、整理する暇もない。
そんなアーシャリアの様子を見て、エクリティアは"やれやれ"と肩をすくめた。
まるで、大げさに騒ぐ子供をなだめるかのように。
『まあ、事情も知らないのに手を貸せとか言うのも、たしかに酷な話だろうね。仕方ないから、説明してあげるよ』
「は、はい……」
アーシャリアは、思わず息を飲んだ。
この"女"が何者なのか。
そして、自分が何に巻き込まれているのか。
その"答え"を、知ることができるのかもしれない――。
エクリティアは、ゆっくりとアーシャリアの傍に腰を下ろした。
そして、まるで語り部のように静かに語り始める。
『余を始めとした"吸血鬼"は、自然発生した存在ではない』
その言葉に、アーシャリアは思わず眉をひそめた。
「自然発生したものでは……ない?」
吸血鬼は、神に仇なす異形の怪物。
大昔から存在し、闇の中に潜み、時に人の血を啜る――そう教えられてきた。
しかし、エクリティアの言葉は、それとは違うものだった。
『そう。むしろ、余は"吸血鬼"が生まれた根源は、教会が秘匿していると考えているよ』
「……教会が?」
教会が、吸血鬼を生み出した?
そんなことが本当に真実なのだろうか?
「そんなこと、あり得るんですか?」
『少なくとも、君が"幻"だと思った余は、教会の影響でこうなった。いや……こうならざるを得なかったんだ』
エクリティアの表情が、一瞬だけ陰る。
まるで、過去の何かを思い出すかのように。
アーシャリアは、思わず息を呑んだ。
「こうならざるを得なかった……とは?」
それが、気にかかった。
なぜ、彼女は"吸血鬼にならざるを得なかった"のか?
それは、"偶然"ではなく"必然"だったのか?
しかし、エクリティアはその問いには答えなかった。
ただ、軽く目を伏せると、再び話を続ける。
『まあ、それはいいとして。まずは"吸血鬼"の特性について話してあげようか。君が知る"怪物"とは違う。"吸血鬼"とは、人を遥かに超える力を持った"人であって、人ではない超人"のことを指すんだ』
「超人……?」
アーシャリアは、僅かに眉を寄せた。
「つまり、ただの異形の怪物ではないと?」
『そういうこと。キマイラとかいう奴とは違う。余たちは"理"を超越した存在なんだよ』
"理を超越した存在"――。
それは、アーシャリアにとっては漠然とした言葉に思えた。
「それなら……"吸血鬼"の力とは、一体何なのですか?」
その問いに、エクリティアはゆっくりと右手を持ち上げた。
その瞬間――空気が一変した。
アーシャリアの目の前で、エクリティアの手の中に"赤い光"が収束し始める。
それは、まるで血液が結晶化するかのように、空中で形を作り始めた。
やがて、それは鋭利な刃へと変わり――エクリティアの手には、紅く輝く短剣が握られていた。
『"吸血鬼"は、心臓の裏に生み出された自らの血の結晶体——その中に蓄えられた血を媒介にして武器を生み出すことができる。これこそが、吸血鬼が"人を超えた存在"と呼ばれる所以さ』
アーシャリアは、その光景に言葉を失った。
今、この目の前で、"あり得ないもの"を見てしまった。
「これは……本当に、"血"なのですか?」
アーシャリアは、おそるおそる尋ねた。
『もちろん。これは余の血であり、力の結晶だよ』
エクリティアは、刃の表面を指でなぞる。
すると、その軌跡から"真紅の雫"が零れた。
それは、まぎれもなく"血液"だった。
アーシャリアの喉が、無意識に鳴る。
「……これは、何のために?」
『"戦うため"さ。吸血鬼とは、"人間ではない存在"であると同時に、"教会にあだなす戦士"なんだよ』
エクリティアの瞳が、妖しく輝く。
『さて、これで少しは余たちのことを理解できたかな?』
エクリティアの言葉が、暗い空間に静かに響く。
その問いに、アーシャリアは答えることなく、ただ黙って唇を噛み締めていた。
心の中で、彼女の言葉の意味を必死に噛み砕こうとしている。
教会――その存在が教えてきた"正義"や"秩序"が、すべて嘘に思えてきていた。
目の前にいるのは、いわゆる"悪"であり、禁忌の存在であるはずの吸血鬼。
しかし、彼女はそうではない。
その言葉の一つ一つが、アーシャリアに深い疑念を抱かせるものだった。
「まだ、よくわかりません」
声が震えた。
自分の中で起きている混乱を、言葉にするのは難しい。
「教会はなぜそんな存在を――貴方のような人たちを生み出したのでしょうか?」
その問いは、アーシャリアの心の奥深くにある疑問そのものだった。
教会がなぜ、吸血鬼を生み出したのか。
それは単なる偶然なのか、それとも意図的に?
何のために、どんな目的で?
エクリティアは少し黙った後、ため息混じりに答えた。
『さぁね。不老不死を求めたのかもしれないけど、それは当人達にしかわからない』
彼女の言葉は淡々としていたが、どこか冷徹で、どこか深い憎しみを秘めているようにも感じられた。
その瞳は、遠くを見つめるように、虚空を見つめている。
『でも余たちは、奴らから自分たちを守るために血族となったんだよ』
その言葉には、確かな重みがあった。
ただの説明ではなく、そこには深い感情が込められているのをアーシャリアは感じ取った。
彼女の言葉から、憎悪と怨念が伝わってくる。
まるで、その言葉の一つ一つが、教会への怒りをそのまま投げつけるように。
その瞬間、アーシャリアの中で何かが震えた。
彼女ははっきりと、それを感じた。
これは、エクリティアの言葉ではない――
その"感情"が、エクリティアの中に宿っているものではなく、彼女の内に深く沈んでいた怒りの一部が、アーシャリアに映し出された瞬間だった。
教会に対する強烈な恨み、憎しみ、そして、過去に囚われた苦しみが、今、この場で一気に溢れ出してきたように感じた。
その感情が、アーシャリアの心に重くのしかかる。
それは、まるで自分の内側で叫び声が上がっているような感覚だった。
エクリティアの怒り――それはまさに、アーシャリアの中に"重なった"瞬間だった。
『だから、絶対に見捨てないし、奴らの好きにさせる気もない』
その言葉には、強い決意が込められていた。
エクリティアは、まるで自分の全存在をかけて言っているかのようだった。
その口調には、容赦も妥協もない。
彼女の目に映るのは、ただひたすらに"教会"という存在に対する憎しみだけだった。
『だけど、今はお前の力を借りないとどうにもならない』
そして、続く言葉。
その言葉に、アーシャリアは再び心を奪われた。
エクリティアは、怒りに満ちた瞳を向けたまま、冷静に、しかし確信を持って言い放った。
『だから事情を説明して頼むしかできないんだよ』
その一言が、まるでアーシャリアの心に重く突き刺さる。
力を貸してほしい――その要求が、今度は真摯に響いてきた。
怒りと絶望の中で、必死に生き延びてきた彼女。
その苦しみを乗り越え、今、エクリティアはアーシャリアに頼んでいる。
その頼みが、彼女にとってどれほどの意味を持つのか。
アーシャリアは、心の中でその答えを探し始める。
エクリティアの怒りに触れることで、アーシャリア自身も何かに目覚めつつあった。
アーシャリアは、エクリティアの言葉にしばらく黙っていたが、心を決めたように静かに頷いた。
その瞬間、エクリティアの赤い瞳は何も言わずにただ見つめてくる。アーシャリアの決意に、彼女は確かに理解したのだろう。
「…わかりました。そこまではお手伝いします。ですが、今回のことであなたが嘘をついているのなら、それ以降の手助けはしません」
その言葉に、エクリティアはただ静かにうなずいた。まるで、何かを悟ったかのように、無言で頷く。
その様子に、アーシャリアは微かに安堵の息を漏らした。
彼女の中で何かが解けた瞬間だった。しかし、それと同時に不安も胸の中で小さく膨らんでいることを感じていた。
だが、それでも彼女はもう一度目の前のエクリティアを見つめる。これから自分がどんな決断を下すことになるのか、まだ見えない未来に少しだけ恐れを感じつつ、それでもその一歩を踏み出す覚悟を決めた。
その後、少し間があった。やがて、エクリティアは軽く頷くと、別の話題に切り替えた。
「そ、それはそれとして…この子をどうにかしないといけないのですが」
アーシャリアは、視線をわずかに動かし、寝ている巨大な狼に目をやった。
その姿は今にも眠りに引き込まれそうな、穏やかなものだった。丸まってアーシャリアを優しく包み込むように寄り添うその姿は、あまりにも無邪気で、心温まるものだった。
だが、どうしても不安を感じずにはいられなかった。
エクリティアの言葉に続けて、彼女はその不安を語り出した。
『あー、メルのことだね』
メルという名前に、アーシャリアは少しだけ驚いた。彼女がこれまで何度も目にしてきたその狼――恐ろしいほどに巨大で、優雅で、かつその圧倒的な存在感を持ちながらも、今はただの眠る子供のように見えた。
アーシャリアがその静かな姿に見入っていると、エクリティアが続ける。
『この子を起こしてあげたいけど、少し不安要素があってだね…』
アーシャリアは首をかしげて、少し不安げに尋ねた。
「不安要素?」
その問いに、エクリティアはほんの少し間を置いて、そして優しく笑うように言葉を続けた。
『そうそう。多分余以外の人間だと懐くかどうか品定めするかもしれなくてだね』
その言葉にアーシャリアは軽く眉をひそめたが、すぐにその意味を理解する。
その狼――メルは、人間に対して警戒心を抱くことがあるのだ。
彼女がそれを聞くと、無意識にその狼がどれほど特別な存在であるのかを感じ取った。
しかし、次の瞬間、その言葉が現実となる。
ふと、巨大な狼が瞳をゆっくりと開けた。
それはまるで、今まで静かな眠りについていた者が、急に目を覚ましたような、そんな自然な動きだった。
その赤い瞳は、真っ直ぐにアーシャリアを見つめ、彼女の存在を感じ取ったのか、そっと鼻をひくひくと動かして、アーシャリアの匂いをかいだ。
その目の中には、どこか探るような、そして深い感情が感じられた。
だが、次の瞬間、その赤い瞳は少し穏やかさを取り戻し、またゆっくりと目を閉じた。
そして、なんとその巨大な狼が、まるで小さな子犬のようにアーシャリアをぎゅっと包み込んだ。
彼女の体をふわっと、柔らかい毛並みで包み込み、あたたかさがじんわりと広がった。
その小さな鳴き声と共に、アーシャリアは驚きながらもその柔らかな抱擁に包まれる。狼の大きさと力強さを感じつつも、その優しさには安心感を覚えた。
アーシャリアは少し戸惑いながらも、その温かさに心を落ち着けていく。
しばらくその状態で抱かれることに、彼女は恐れや警戒心ではなく、何か不思議な感覚を覚えていた。
そして、エクリティアの声が、再び静かに耳に届いた。
『よかったね、懐いてくれた』
その一言に、アーシャリアはふと顔を上げ、メルの赤い瞳を見つめ返す。
アーシャリアは、そっと目の前にいる巨大な狼――メルの毛並みに手を伸ばした。
最初は少し躊躇いながらも、そのふわふわとした毛に触れると、温かさと柔らかさが指先に伝わってきた。
その手のひらが滑らかにメルの背を撫でるたび、狼は嬉しそうに目を細め、尻尾をわずかに振る。
その振り方は、まるで子犬が飼い主に甘えるような、あどけない仕草だ。
そのたびに、アーシャリアは心の中でほっと息をついた。
無敵のように感じていたその獣が、こんなにも無防備で、そして愛らしく見えるとは。
「…可愛いですね」
彼女は微笑みながら、再びメルの頭を撫でた。すると、メルは満足そうに目を閉じ、さらに甘えるように体を押し付けてきた。
そのあまりの愛らしさに、アーシャリアは少しだけ笑ってしまう。
しかし、その笑顔を作りながらも、ふと心の中で別のことが気になった。
「ちなみに、もし懐かれなかった場合はどうなっていたのでしょうか?」
その問いをエクリティアに向けると、彼女は一瞬だけ考えるように見えた後、冷静に答えた。
『うーん、まあ、多分大きな口開けて食べられるんじゃないかな』
その無邪気な答えに、アーシャリアの顔が一瞬で青ざめた。
「えっ…」
その言葉が思わぬ衝撃をもたらす。さすがに、それを聞いたアーシャリアは息を呑み、身体が硬直した。
メルが、そんな危険な存在だとは思いもよらなかった。巨大な体から放たれる圧倒的な威圧感と、どこか優しさを感じさせる表情が、彼女にとって矛盾するものに映ったからだ。
『この子たち、たくさん食べるからね』
エクリティアは、まるでそれが日常的なことのように語ったが、その後に続く言葉にはどこか無情さが漂っていた。
アーシャリアは、そうした一面を突きつけられたことで、再びその世界の厳しさを実感した。しかし、すぐに気を取り直し、頭を振ってその思考を整理する。
しばらくして、エクリティアは再び冷静な表情に戻り、そしてその目的を思い出させるかのように言った。
『さて、これから血族救出作戦の開始と行こうか』
その言葉には、決意と自信が込められていた。エクリティアは、まるで次なる戦いの始まりを告げるかのように、その冷徹な笑みを浮かべていた。
その微笑みは美しいが、どこか不敵で、その姿勢に心を引き締められる感覚があった。
アーシャリアはその笑みを見つめながら、心の中で静かに覚悟を決めた。
これから始まるであろう戦い。血族を救い、何かを取り戻すための戦いが、確実に彼女の未来を形作っていくことを感じ取った。
そして、アーシャリアもまた、覚悟を決めて静かに答えた。
「…ええ、やりましょう」
今日の夜か明日の朝に更新しますね。