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第四話 教会の怨敵

投稿が遅れてしまいすみません。次話は夜中になるかもですがすぐに投稿します。


 教会の大聖堂の中心に、彼女は立っていた。


 だが――そこにいるのはアーシャリアではない。


 その身体を操るのは、彼女の内に潜んでいた《《異なる存在》》――エクリティア。


 「……久しぶりの身体……」


 淡く吐息を漏らしながら、ゆっくりと腕を動かす。


 指を広げ、拳を握る。

 足を軽く踏みしめ、膝を曲げ、伸ばす。


 「……他の者たちに比べて、随分と時間がかかってしまったようだね」


 ぼんやりとした呟きは、どこか懐かしむようであり、同時に退屈を滲ませていた。


 エクリティアの瞳が、ゆっくりと周囲を見渡す。


 惨劇――それは、ただの風景に過ぎなかった。


 赤黒く染まる床。

 静かに横たわる、血に塗れた修道女たちの亡骸。

 そして、絶命した騎士の身体。


 どれも、何の感慨も抱かせるものではなかった。


 「……ふぅん」


 まるで通りすがりの景色を眺めるように、エクリティアは淡々と視線を巡らせる。


 ――かつて、アーシャリアが家族のように慕った人々の屍すら、

 彼女にとっては何の価値もない"塵"に等しかった。


 死骸と化した騎士の亡骸に目を向ける。


 「……また、一人…堕落していったようだね、教会」


 静かに呟いた。


 だが、そこにあるのは、同情ではない。

 ましてや、憐れみでもない。


 ――ただ、どうでもいいという感情だけ。


 あまりにも陳腐で、つまらない結末。

 こうして成り果てる者を、エクリティアは幾度となく見てきた。


 それはまるで――かつての己を見ているようでもあった。


 「……滑稽だね」


 口元に浮かんだのは、皮肉めいた微笑。


 血を求め、力を求め、やがて何者かになれると信じながら――


 結局は、ただの闇に堕ちる。


 それが、どれほど愚かなことか。

 どれほど、意味のないことか。


 それを知る者だけが――本当の化け物になれるのに。

 

 バンッ!


 勢いよく、大聖堂の扉が開かれる。

 そこに現れたのは――十数人の騎士姿の者たち。


 彼らは、かつて戦った騎士たちとは異なっていた。

 手にしているのは剣や槍、メイスではない。


 大きくも鉄より軽そうな盾。

 そして――見たことのない形状の武器。


 それは、剣でも槍でもなかった。人が振るう鋼ではなく、現代の兵器だった。


 エクリティアは、ゆっくりと口元に微笑を浮かべる。


 「さて……千年か」


 その声は、まるで独り言のように静かだった。


 「それが、一体どれほど人類を繁栄させてきたのか――」


 「少し、見させてもらおうか」


 その言葉とともに、エクリティアは赤黒い大剣を騎士たちに向けた。

 次の瞬間――騎士たちの武器が火を噴いた。


 閃光。


 僅かに遅れて響く、爆発的な轟音。


 銃撃――。


 放たれたのは、L-AR7《セラフィム・ランス》。


 "対キマイラ戦"のために開発された、自動小銃。

 銃弾ではなく、特殊なエネルギー機構によって生成される"光弾"を放つ。


 「ほう……これは、なかなか面白いね」


 毎分600発――つまり、一秒で10発の光弾。

 それが、10人分。


 毎秒100発の弾丸の雨が、大聖堂に降り注ぐ。


 しかし――エクリティアは、瞬きすらしなかった。


 シュンッ……!


 最初の光弾が接近する――その刹那。


 ガキィィィン!!


 赤黒い大剣が、閃光を弾く。


 たった一瞬の刃の軌跡。

 しかし、完璧な軌道で放たれた弾を弾き飛ばす。


 次の瞬間――さらに100発が彼女を襲う。


 それすらも、軽く払うように弾き返す。


 エクリティアは、微動だにしなかった。

 背筋を伸ばし、ただ、そこに立っている。


 それなのに――無数の光弾は、一発たりとも彼女の身体に届かない。

 エクリティアは、ゆっくりと大剣を盾のように掲げた。


 すると――血が、舞い上がる。


 周囲の血が、彼女の意志に呼応するように吸い寄せられ、宙を舞い、防壁を成した。


 光弾がそれに触れる――


 しかし、蒸発するかのように消える。

 それどころか――血の防壁は、ますます濃くなっていった。


 「なるほど。悪くないね」


 エクリティアは、ゆっくりと笑う。

 まるで、この戦いを楽しんでいるかのように――。


 瞬間、エクリティアの姿が消えた。


 それは、消えたように"錯覚させられた"ほどの速度。


 次の瞬間、彼女はすでに空中にいた。


 騎士たちは、月明かりに映る影の動きに気づき、

 反射的に視線を上へ向けた。


 だが――それが、彼らの最期だった。


 閃光のような軌跡。


 紅く輝く大剣が、闇夜を切り裂く。


 ズバッ……!


 騎士たちの頭が、次々に宙を舞う。


 その動きは、まるで"舞い散る紅葉"のように儚く――静かだった。


 血が噴き出し、絶命した騎士たちの身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。


 たった一閃。


 それだけで、この場にいた騎士たち全員を無力化したのだ。


 エクリティアは、ゆっくりと地上へと降り立った。

 まるで舞い降りる羽根のように、無音で。


 騎士たちの亡骸が転がる中、彼女はため息を漏らす。


 「――悪くないけど、鈍いね」


 小さく呟いた声には、わずかに落胆の色が混じっていた。


 「昔なら……」


 あの程度の状態でも、避けるか、すぐに反撃してきたはずなのに。


 それができない時点で――


 「やっぱり千年は、長すぎたかな」


 エクリティアは、大剣を片手に持ち直しながら、ゆっくりと自らの手を眺める。


 指を曲げ、掌を見つめる。


 「そもそも、この身体だって――」

 「まだ余のことを完全に受け入れたわけじゃないんだからね」


 わずかに苦笑するような表情。

 それは焦りでも苛立ちでもない。


 ただの――現状確認。

 この身体は、まだ完全ではない。


 もっと深く、もっと根源にまで余を染み込ませねばならない。


 「……まぁ、焦ることもないか」


 自然な動作でエクリティアが軽やかに体を捻る。

 直後――空間を裂く刃の軌跡が、彼女のすぐそばを掠めた。


 寸でのところで回避し、返す刀で大剣を振りかぶる。


 しかし――


 「ふん……?」


 次の瞬間、彼女の剣は正面から飛び込んできた騎士のガントレットに受け止められていた。


 大剣と鋼の籠手がぶつかる。


 ガキィン――!


 轟音と共に、激しい火花が闇の中で閃く。

 エクリティアの目が、僅かに細められる。


 ――正面の騎士だけではない。


 「……なるほどね」


 その気配に気づいた瞬間、彼女の背後から、もう一撃が迫った。


 ――後ろだ。


 だが、それすらも読んでいた。


 エクリティアの足元から、赤黒い血の壁が生じる。

 背後からの攻撃を、寸分違わず受け止める。


 それでも――


 「……ん?」


 彼女は、微かな痛みを感じた。


 エクリティアは、不思議そうに視線を落とす。


 そこにあったのは――銀白に輝く槍の穂先。


 「……貫かれた?」


 左へと視線をずらす。


 そこに佇んでいたのは、今まで気配を殺していたのか――白銀の槍を持った小柄な騎士だった。


 黄金色のの髪が月光を反射し、透き通るような蒼の瞳が静かにエクリティアを見据えている。

 その姿は、ただの騎士とは一線を画していた。


 「……これは、聖遺物レガリア?」


 刃を貫かれたまま、エクリティアは興味深げに呟く。


 「……いや、複製品かな?」

 「まぁ、どちらでもいいけれどね」


 彼女は、手に握っていた大剣を放す。


 すると――それまで形を保っていた赤黒い大剣が、融解した。


 まるで溶ける血の塊のように、液状となりながら、大気中で再形成されていく。


 ――幾本もの、血の短剣へと変貌する。


 「さぁ、狩りの時間だよ」


 彼女の言葉と同時に、無数の血の短剣が騎士たちへと襲いかかった。


 「っ!!」

 「散開!!」


 騎士たちが瞬時に反応する。

 短剣が迫る刹那、騎士たちは素早く距離を取る。


 次の瞬間――


 ズバァァァァン!!!


 短剣が突き刺さった地点が、瞬く間に血の柱へと変貌した。


 その柱はまるで"生きている"かのように脈打ち、ゆっくりと異形の形状へと変化し始める。


  「あははっ……やっぱり騎士っていうのは、こうでなくちゃね」


 エクリティアの声が、静寂に包まれた教会に響き渡る。


 「仲間とともに怪物に立ち向かうその姿――滑稽で仕方がないよ」


 ゆっくりと目を細める。


 まるで、何か懐かしいものを見るかのように――いや、哀れなものを見下すかのように。


 その視線の先には、黒衣の外套をまとい、黒の鎧を身に纏う騎士たち。

 ――智天使騎士団ケルビム・オルド

 教皇直属の暗殺集団。

 

 ——忌々しい悪魔の集団。


 「たしか、その紋章……智天使ケルビム


 口元に皮肉めいた笑みを浮かべる。


 「へぇ、そんな連中がこんなところまで出張ってくるなんてね」


 エクリティアは、ゆっくりと息を吸う。


 そして――


 「――」


 その瞬間、教会全体に超音波が響き渡った。


 「ぐっ……!?」


 騎士たちは、即座に異変を察知した。


 だが、遅い。


 強烈な波動が脳を直撃し、黒衣の騎士たちは苦悶の表情を浮かべながら、耳を押さえた。

 頭を割られるような激痛。

 鼓膜が震え、意識をかき乱される感覚。


 それは、まさに血の支配者の咆哮だった。

 

 エクリティアは、僅かに笑う。


 「たった三人だけで余に勝てると?」


 彼らを見下しながら、静かに首を傾げる。


 「しかも、模造品の聖遺物レガリアで?」


 その言葉と同時に――血の柱が、脈打つように膨張し始めた。


 肉が蠢くように、柱は変形する。

 やがて、それは"門"のような形を成すと――その奥から、何かが飛び出してきた。


 「――来たね」


 その場に現れたのは――三匹の狼だった。

 人よりも倍の大きさを誇る、神秘の獣たち。


 ひとつは、漆黒の狼。

 闇をまとい、静かに獲物を狙う影の存在。


 もうひとつは、純白の狼。

 光のごとく輝き、その毛並みは神々しさすら帯びていた。


 そして最後に、 両者の色が混ざり合った灰色の狼。

 闇と光の狭間に生まれし、中庸なる者。


 彼女らは、彼女の呼び声に応じて目覚めた。


 そして――


 「アオォォォォォン!!!」

 「くぅんっ!くぅんっ!」


 狼たちは、教会全体に響き渡る遠吠えを上げた。


 エクリティアの前に来ると、まるで甘えるように顔を擦り寄せた。


 漆黒の狼は、力強く彼女の足元に鼻を押しつけ、純白の狼は、尻尾を大きく振りながら「くぅんっ」と小さく鳴く。

 そして灰色の狼は、目を細めながら、エクリティアの膝に頭をのせるように寄り添ってきた。


 「ふふっ……待たせたね」


 エクリティアは、静かに微笑む。


 「《《最後の戦い》》以来――」


 彼女は、三匹の狼の頭を優しく撫でる。


 「余と共に戦い続けてくれて……ずいぶんと長く待たせてしまったね」


 狼たちは、まるでその言葉に答えるように、それぞれ喉を鳴らした。

 エクリティアの指が、その柔らかな毛並みをゆっくりと梳く。


 その仕草は、どこか懐かしさと慈愛に満ちたものだった。


 まるで――長年離れていた家族と再会したかのように。


 しかし、その瞬間――騎士たちが、一斉に動いた。


 彼女が狼たちに意識を向けた"その刹那"を狙い、三者の同時攻撃が放たれる――。


 しかし――


 「――無駄だよ」


 ズンッ!!


 攻撃が届く寸前で、エクリティアと狼たちの周りに"赤い光の膜"が展開された。


 それはまるで、薄氷のように脆そうな光。

 しかし――騎士たちの刃は、一切貫通しなかった。


 「……っ!!」


 智天使の騎士たちの表情が、明らかに歪む。


 まるで絶対的な障壁に阻まれたかのように、彼らの一撃は、エクリティアには届かない。


 その事実が、彼らにさらなる絶望を与えていた――。


 エクリティアは、わずかに唇を歪める。


 「これは血の障壁を引き延ばし、薄くしたものさ」


 彼女の周囲に展開された、赤く輝く光膜。

 一見すれば、繊細で儚い薄氷のようにも見える。


 だが、それは錯覚だ。


 「本来なら、形を持つ障壁の方が防御性能は高い」


 エクリティアは、ゆっくりと指を動かしながら続ける。


 「でもね――薄くすることで血の結晶……ルージュ・コアからの力を"遠隔"で流し込めるようになるんだよ」


 ――血の結晶、ルージュ・コア。


 それは"彼女の血"が凝縮されたもの。

 "血の支配者"である彼女の"核"とも呼べる存在。


 そして――彼女が真に血を統べる時、この障壁は単なる防壁に留まらず、そこが彼女の領地と化す。


 智天使騎士団の三人は、静かに構えを取る。


 しかし――彼女の瞳が、彼らを一瞥するだけで動けなくなった。


 ――血のように赤く輝く瞳。


 そこに込められた力が、"本能的な恐怖"を呼び覚ます。


 まるで、彼ら自身の血が凍るような感覚。

 心臓が握り潰されるような錯覚。


 エクリティアは、小さく右手を握ったり開いたりしながら、ゆっくりと微笑んだ。


 「キミらのことは……覚えておくよ」


 騎士たちの背筋に、冷たい汗が伝う。


 「どうやら、それほど遠くない場所に――同胞の気配があるみたいだからね」


 指をかすかに動かしながら、楽しげに囁く。


 「その時、そこにいたら……殺してあげるとも」


 次の瞬間――空間が震えた。


 「――ッ!!?」


 彼女の周囲から、赤い衝撃波が吹き荒れる。


 まるで、血そのものが嵐となったかのように。

 濃厚な血の香りと共に、爆発的な衝撃が騎士たちを襲った。


 騎士たちは、一斉に腕で防御を固める。


 だが――、


 次に目を開けた時、彼女の姿は消えていた。

 彼女だけではない。

 狼たちの姿も、同時に。


 まるで最初から存在していなかったかのように――まるで幻だったかのように。


 「――ッ……本部騎士団へ報告」


 震える声を押し殺しながら、騎士の一人が十字架を握りしめる。

 彼の呼吸は、わずかに乱れていた。


 胸の奥に――未だあの赤い瞳の恐怖がこびりついていたから。


 しかし、今は動かねばならない。


 彼は深く息を吸い込み、再び口を開く。


 「監理庁にも通達しろ。警戒レベルを最大にしろと」


 短く、明確に。


 彼らが相対したのは――"吸血鬼ノスフェラトゥ"。


 神が忌むべき血の怪物。


 そして――千年前から続く、教会最大の怨敵。


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