第一話 教会による秩序
昨晩は申し訳ございませんでした。
一話の投稿と共に、プロローグも大幅に書き直したのでお納めください。
ユーラシア大陸を襲った未曽有の大災害——。
その災厄は、後の世にその規模と死傷者の数から『大星災』と呼ばれることになる。
ユーラシア大陸全域で突如発生した異形の化け物――『キマイラ』と名付けられた存在によって、約14億人の死傷者を出した。
キマイラは各国の主要都市や人口密集地、さらには軍や政府の要所に出現し、各国の首脳部は壊滅状態に陥った。軍も連携すらままならず、機能不全寸前まで追い込まれる。
さらに、キマイラは「必要以上に人を狙う」という習性を持っていた。避難民を執拗に追い、次から次へと獲物を狙い暴れまわった。
人々は祈った――。
「この化け物から救ってほしい」
「人類を生き延びさせてほしい」
その願いは、聞き届けられた。
キマイラを撃退する集団が現れたのだ。
その存在こそが、『テンプル聖教会』――世間では『聖教会』と呼ばれる宗教組織である。
この宗教は世界各地に広く根付いており、各国に『騎士団』と呼ばれる独自の武装勢力を擁していた。一部の陰謀論者の間ではカルト宗教とも揶揄されていたが、大星災の発生によってその評価は大きく変わることとなる。
大星災の直後、多くの人々が聖教会の壁に囲まれた敷地へと避難した。
当然、そんな格好の狩場をキマイラが見逃すはずもなかった。
キマイラが人々に襲いかかる――その刹那、彼らの前に立ちはだかったのは『騎士団』だった。
化け物から命を賭して人々を守るその姿に、避難民たちは感銘を受けた。
聖教会は、人種や思想を問わず、すべての人々に救いの手を差し伸べた。
教会《彼ら》にとって、助けを求める者はすべて等しく神の下にある存在であり、キマイラという脅威から一人でも多くの命を救うことこそが使命であった。
大星災の混乱が続く中、聖教会の騎士団はまず本拠地がある欧州を中心に、西アジア、中央アジア、極東へと進出し、次々とキマイラの討伐に成功していった。
その圧倒的な戦果により、人々は長く失われていた生存圏を少しずつ取り戻していった。荒廃した都市を再建し、安全な避難区域を拡大しながら、人々の生活圏を再構築していく――。
この劇的な変化は、ユーラシア大陸で生き残っていたすべての人々にとって、一筋の希望となった。
滅びかけた世界で、生存者たちは聖教会にすがり、その教えに従うことで新たな秩序を築こうとした。
もはや宗教や国家の枠を超え、生存者たちは「人類存続」という唯一の大義のもとに団結し始めたのである。
各地の生存者が聖教会に協力したことで、その勢力はかつてないほどに拡大した。
聖教会の庇護を受けることで人々は安全を手に入れ、同時に教会の活動を支える労働力や資源も提供されるようになった。
その結果、騎士団の規模は急速に拡張し、より組織的な軍事機構へと進化を遂げることとなる。
こうして、聖教会の騎士団は新たな名のもとに再編された。
それが、人類守護機構『聖郭騎士団』である。
聖郭騎士団は各地に派遣され、国境を越えてキマイラ討伐に貢献し続けた。
彼らの活躍は、人類が絶滅の危機を乗り越え、再び地上に秩序を取り戻すための大きな礎となった。
もはや、聖教会は単なる宗教組織ではなく、人類の最後の砦として、その影響力を世界中に及ぼす存在となっていた――。
そして十年以上の年月を持って、その勢力をユーラシア大陸全土に拡大させた聖郭騎士団はキマイラの討伐完了を成し遂げたのである。
2090年、テンプル聖教会の本拠地である聖都『セラフィオン』から大陸中の人々に一つの声明が発表された。
「我らは誓おう。二度と、この惨劇のような事態を繰り返さぬことを――」
教皇の声は、災厄に破壊された世界へと響き渡る。
祈りを捧げる人々、廃墟の中で必死に生きる者たち、そしてキマイラの脅威に震える者たち――。
すべての生存者が、その言葉に耳を傾けた。
「神の導きを受けし者こそ、人類を導く義務を持つ」
それは聖教会の掲げる新たな教義であり、人々への救済の約束であった。
神に選ばれし者たちが、人類を守り導く――それこそが、人類が再び繁栄するための唯一の道であると。
「今、我々は試されている。この苦難を乗り越え、新たな秩序を築けるかどうかを」
その言葉には、ただの宗教的な戒律以上の意味が込められていた。
それは「生き延びた者たちへ課せられた使命」でもあったのだ。
「聖教会は誓う。生き残ったすべての者に救いの手を差し伸べよう。この絶望の中にあっても、神の御許にて、希望の光を灯そう」
教皇の言葉は、生き残った人々の胸に刻まれた。
それは新たな時代の幕開けであり、聖教会が「ただの信仰の象徴」から「人類を導く存在」へと変貌を遂げた瞬間だった。
聖郭騎士団は、ユーラシア大陸を守護する存在となって生き残った人々の平穏を守護する大きな柱となったのだ。
♰
2098年——あの世界規模の災厄から13年が経過した。
大星災によって荒廃した世界は、テンプル聖教会の主導のもとで再編された。
聖教会はユーラシア大陸全土を六つのエリアに区分し、それぞれの統治を担う神聖監理庁を設置。
各エリアでは監理庁の指揮下に置かれた騎士団が人々を庇護し、秩序を維持していた。
かつての国家の概念は薄れ、人類は新たな世界の枠組みの中で日々の営みを続けていた。
六つのエリアのうちの一つ、「極東エリア」。
このエリアを統括する監理庁の本部が置かれたのは、かつて「日本」と呼ばれた島国であった。
だが、この地は他の国々と決定的に異なる運命を辿ることとなる。
大星災の後、各国は聖教会の支援のもとで復興を進め、数年のうちにかつての活気を取り戻していった。
しかし、この島国は――それ以上の支援を受けながらも、なお壊滅的な状態にあった。
島国という地理的要因は、当初こそ天然の防壁として機能するかに思われた。
だが、それは結果として逆効果となる。
他の国家が早い段階で聖教会と接触し、騎士団の庇護の下に秩序を取り戻していったのに対して、
――この島国は孤立した。
聖教会が本格的に介入する以前、武装組織の保有を許されなかったこの地では、キマイラの猛威に抗う術を持たなかった。
防衛力を欠いたこの国は、無防備なまま次々と襲い来る異形の脅威に蹂躙されていったのだ。
そして、悲劇は頂点に達する。
聖教会の到着が遅れたその間に、突然変異種の巨大キマイラが現れ、この島国を更なる地獄へと変えた。
かつて一億人以上の人々が暮らしていたこの国は、人口がその半分にも満たないほどにまで激減していた。
他の国々が数年で復興を遂げ、都市の再建を果たしていく中、この島国では10年以上経過してもなお、復興作業が終わることはなかった。
焦土と化した土地。
再建を待つ瓦礫の山。
静寂に包まれた街並み――。
ここは、いまだ"過去"を生きる国だった。
大星災によって焦土と化したかつて「日本」と呼ばれた島国――。
そこに届いたのは、聖教会からの潤沢な資源と膨大な人員の支援であった。
崩れ落ちた街を再建するために、傷ついた人々を癒すために。
かつて孤立し、破滅の縁に立たされていたこの地は、聖教会の介入によって再び歩みを始めることとなる。
宗教色の薄かったこの地でさえ――今や、その光に包まれていた。
かつて信仰とは無縁だった人々も、絶望の中で救いを求めて、聖教会の導きに縋った。
結果として、人口の半数以上が聖教会の信徒となるに至った。
それは単なる信仰の拡大ではなく、彼らにとって救済の証であり、生存者たちが新たな秩序のもとで生きる決意を固めた証でもあった。
こうして、この地における聖教会の地位は、もはや揺るぎようのないものとなった。
それは単なる信仰の広がりではなく、この地を支え、復興を成し遂げた唯一の存在としての確立を意味していた。
やがて、エリア区分が正式に定められ、この地に監理庁の本部が設置されることが決定される。
それに伴い、教会の理念を色濃く反映させつつも、最先端技術を駆使して再興された「教会直轄の都市」が誕生した。
信仰と技術が融合し、荘厳なる聖域として生まれ変わったその都市は、かつての廃墟とはまるで別世界のように輝いていた。
ここは、単なる復興の象徴ではない。
人類が新たな秩序のもとで歩み始める「新たなる希望の中心地」となったのだった。
その都市の片隅には、静かに佇む一つの教会があった。
それは中規模ながらも、その存在感は決して小さくはなかった。
この教会は、大星災以前から建てられていた数少ない建造物の一つであり、
幾多の災厄を耐え抜き、奇跡的に破壊を免れた聖域であった。
さらに遡れば、この地が「帝国」と名乗っていた時代――。
その時代に築かれたこの大聖堂は、聖都の名工たちが手掛けた、由緒ある建築物であった。
長きにわたり、街とともに歩み続けたこの教会は、いまや復興を遂げた街の象徴として人々に認識されている。
かつて帝国の威光を映した大聖堂は、今や聖教会の誇りと信仰の証として、揺るぎない存在となっていた。
その荘厳な大聖堂の中で、たった一人、静かに神へ祈りを捧げる者がいた。
煌びやかなステンドグラスを通して降り注ぐ柔らかな光が、彼女の姿を幻想的に照らし出していた。
修道女の衣を身に纏い、腰まで届く白銀の髪をたなびかせる女性。
優美なその姿は、まるで聖なる存在が地上に舞い降りたかのようであった。
衣服の上からでもわかるしなやかな体躯は、神に祝福されたかのように整い、気品と威厳を兼ね備えた美しさを放っていた。
そして、宝石の様に美しい光を宿すアメジストの瞳。
深く澄んだその眼差しには、ただの美しさだけではない、静かな知性と成熟した大人の魅力が宿っていた。
彼女は、誰とも言葉を交わすことなく、ただひたすらに祈りを捧げ続けていた。
彼女の名は、アーシャリア。
聖都セラフィオンから派遣された、高潔なる修道女である。
13年前、大星災が世界を焼き尽くした日、彼女はすべてを失い、教会の孤児院へと引き取られた。
幼き日の記憶の大半は、大星災の混乱の中で霧のように掻き消えたが、ただひとつ「生き残った理由」だけは、彼女の心に深く刻まれていた。
「この命は、救われたもの――なら、誰かを救うために捧げるべきだと私は思います」
そうして彼女は、聖都セラフィオンにある聖礼学院へと送り届けられ、修道女としての教義と礼節を学ぶ日々を送った。
16歳の誓願の日——彼女は静かに、そして迷いなく誓いを立てた。
「神の御許にて、この身を捧げ、すべての人々へ救いの手を差し伸べることを誓います――」
その瞬間、彼女は正式な修道女として認められ、聖教会の使命を果たすための歩みを始めた。
そして、18歳を迎えた現在。
彼女はこの島国に派遣され、教会の活動に従事してすでに二年が経過していた。
厄災の爪痕が未だ色濃く残るこの地で、彼女はただひたすらに、祈りと奉仕の道を歩み続けていた。
この地、この世界を支えているのは、聖教会が築き上げた秩序と平和――。
それは、ただの偶然ではなく、血と祈りによってもたらされた必然の結晶であったと言える。
混沌に沈んだ世界を救い、人々に安息をもたらしたのは、剣を掲げ、祈りを捧げ続けた者たちの存在があったからこそだ。
今この地に広がる安定と調和は聖教会の導きによって築かれた、人類が生き残るための「新たな秩序」そのものであると。
次回の投稿は翌日を予定しています。