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プロローグ 世界を変えた夜

始めまして、雪代エルと申します。

こちらの作品を見てくださりありがとうございます。


 

 2085年12月24日。


 闇夜の中に輝く白銀色の月は、まるで人々を見守るように空高く浮かび輝いていた。しかし、その穏やかな光が照らす大地は、無残にも朱に染まっていた。

 

 かつて人であったモノが、今や形を失い、無造作に散乱していた。


 そして、その死地を闊歩するのは、人よりもはるかに強靭な獣の姿を持つ異形の化け物だった。


 百獣の王の如きたくましい肉体、山羊のような顔、巨大な蛇の尾を引き摺る化け物。


 それは、満月と共に現れた『厄災』そのものだった。

 化け物は、老若男女一切の区別なく、目に映るもの全てを無差別に襲い、喰らい、蹂躙した。


 各国の軍隊がこれを迎え撃ったが、その結果はあまりにも絶望的だった。


 銃弾を弾く硬質の外皮に、戦車砲の攻撃にすら怯むことなく、驚異的な膂力と速度で以って戦場を蹂躙する化け物たち。


 爪が振り下ろされる度に、大地が引き裂かれ、人は塵と化した。

 化け物の咆哮が轟けば、それに呼応するように化け物たちが集まり群れとなった。


 軍は瞬く間に瓦解し、政府は機能しなくなり、主要な都市は地獄となった。


 人々はただ祈ることしかできなかった。

 否、それだけが彼らに許された唯一の恋だった。

 

 其れだけが、人々が出来る唯一の行為だった。




 ♰

 


 

 そこは、古き街並みを誇り、日々観光客で賑わう欧州の美しい年であった。 

 だが、その賑やかな日々も、たった一晩で過去のものと成り果てた。


 最初は一匹だけだった化け物。

 それがやがて二匹、五匹、十匹と現れ、その十倍の人々が化け物の餌食となっていった。

 

 逃げ惑い、身を潜める人々——。

 

 しかし、化け物はまるで獲物の居場所を知っているかのように嗅ぎ分け、その牙、その爪で次々と人を喰らい尽くした。


 その都市の片隅にある小さな家。


 そこは数年前に別の場所から引っ越してきたまだ若い夫婦と、幼い一人娘が暮らしていた。


 今日は、少女の誕生日だった。


 主役の少女は、銀色のような美しい髪、幼いながらも整った顔立ち、アメジストのような紫の瞳が愛らしくも神秘的な印象を抱かせる少女。


 小さな蠟燭が刺さったケーキを囲んで、楽しそうに笑う家族がいる。

今日が、この少女にとって幸せの一夜になるはずだった。


 ——しかし。


 轟音とともに、家の壁が吹き飛んだ。


 少女に覆い被さった両親。

 そのお陰で少女は壁の瓦礫の直撃を免れることが出来た。

 

 しかし、少女を守るために自ら盾となった両親は致命傷を負い、血を流しながら動かない。


 両親の虚ろな瞳が、少女の姿をじっと覗き込んでいた。


 「お…おとうさん?…おかあさん…?」


 震える声で呼びかける。だが、帰ってくる言葉はなかった。


 少女の声が、化け物の注意を引いた。


 化け物の顔がこちらを向く。

 血に染まった山羊の瞳が、ぎらりとその獲物を捉えた。


 「グゥゥォォォォ……ガァァゥゥッ……!」

 「……おとうさん……おかあさん……おねがい……こたえて……っ……」

 

 少女は恐怖に震えながら、それでも両親の名を呼び続けた。

 化け物が大きく口を裂き、跳躍する――少女を喰わんとその爪、牙を振りかざし。

 

 「…ふぇ?」


 その刹那、男が両者の間に割って入った。

 化け物が振り下ろした腕が、音もなく宙を舞い、地に落ちた。


 月夜の光に輝く赤黒く細い長剣。

 その刃は、静かに化け物の血を滴らせていた。


 「………」

 「グルルル……ッ、ギシャアアァ……!!」

 

 大きく喉を鳴らながら牙を剥き、大きく裂けた口から異様な咆哮を上げる。血走った真っ赤な瞳は真っ直ぐ男に向けられていた。

 男によって切り落とされた腕はボコボコという音と共に再生していく。


 化け物がその鋭利な爪を地面に突き立てた。

 姿勢を低くして、男を確実に仕留めんと飛び掛かった。

 男は、一切の言葉を発さず、ただ剣を構える。


 「ギギ……ギィィシャアアアアッ!!」


 化け物の姿が一瞬消えた。


 「――っ!!」


 少女の瞳が恐怖に見開かれる。息が詰まるり、喉が震え、声にならない悲鳴が胸の奥で絡まる。

 

 だが、次の瞬間。

 化け物の巨体は無造作に床へと叩きつけられた。

 その胴体は上と下で完全に分断され、深紅の液体が床を濡らす。

 

 「大丈夫か、小娘」


 男は、少女へと視線を向ける。

 その声は低く、しかし優しさを含んでいるように感じられた。


 「お…おじさんは…?」


 少女は驚いたように問いかける。

 この男が、どこのだれで、何故助けてくれたのか。その思いだけが少女の心を駆け巡る。


 男は、少しだけ困ったような表情を浮かべると、少女の目線に合わせるようにしゃがみ込む。

 

 「俺はル■■ン・ヴ■■■ティ■」


 その男の名前が、ノイズがかかったように聞き取れなかった。


 男が差し伸べた手。

 少女は恐る恐るその手を触れようとして――。




 ♰




 次に目が覚めた時、少女は大聖堂の中だった。

 聖堂内のベンチに横たわっていた少女の体には、毛布が掛けられていた。


 目覚めた少女に声を掛けたのは、修道服を纏ったまだ若い修道女シスターだった。

 

 「あ、あのっ…ここは?」

 

 「ここはテンプル聖教会の聖堂の中です。もう大丈夫。あの化け物はここには居ませんよ」


 少女の不安を取り除くように、そっと少女の手を優しく握りながら諭すように話すシスター。

 その様子に少女は安堵した表情を浮かべた。

 

 「貴女のお名前聞いてもいいかしら?」

 「…ア、アーシャリアです」

 「アーシャリアちゃんですね。よく頑張りました」


 そう言って、シスターは彼女の白銀の髪を優しく撫でた。

 その瞬間、アーシャリアの視界が急に霞み始める。


 それが頬を伝う涙だと――彼女は気づくことができなかった。

 

 ―—どうしてこんなことになったの?

 —――私が代わりに死んでいればよかったの?

 ――――おとうさんやおかあさんが生きていてくれたら…。


 その想いは、胸の奥で絡まり、声にならなかった。

 言葉にすれば、全てが崩れ落ちてしまうような気がした。


――吐き出したい。


 でも、それはしてはいけないことなのだと、心のどこかで思っていた。


 アーシャリアは、ただ耐えるように俯いた。

 涙を流しながらも、黙って悲しみに顔を歪めるしかできなかった。


 その時。

 

 暖かな腕が、そっと彼女を抱きしめた。


 彼女は驚いて顔を上げる。

 そこには、先ほど頭を撫でてくれた若いシスターがいた。

 シスターはアーシャリアをしっかりと抱きしめて、静かに語りかける。


 「大丈夫。もう大丈夫ですよ。だから自分の中に悲しみを抱え込まないで…」

 

 その声は、どこまでも優しく、まるで凍った心を溶かしていくようだった。


 その瞬間、彼女の中で何かが崩れた。


 アーシャリアは、ただただ――声にならない嗚咽を漏らしながら、震える手でその       温もりを確かめるようにしがみついた。

 胸の奥に押し込めていた悲しみが、抑えきれずにあふれ出していく。

 溢れ出す悲しみが、涙となって頬を伝う。


 自分の中で押し殺してきたもの。

 ひとりで耐えてきたもの。

 誰にも言えず、泣くことさえ許されなかった痛み。


 「……ぅ……っ……う……っ……」


 言葉に嗚咽が、震える唇から漏れる。

 小さく縮こまっていた身体を、優しく包み込む腕。


 アーシャリアは、ただただ、その温もりにすがるように顔を埋めた。


 どれほどの時間が経ったのかも分からない。

 ただ、今は――この腕の中だけが、彼女のすべてだった。




 ♰



 その後、アーシャリアはシスターたちから世界の現状について教えられた。


   あの日、突如として現れた異形の化け物たち――『キマイラ』と名付けられた存在が、大陸の各地で同時多発的に出現し、国々の主要都市や軍事拠点を襲撃したこと。

  それはまるで、世界そのものが崩壊するかのような大惨事だった。

 軍隊は為すすべもなく蹂躙され、人々は家族を失い、秩序は瞬く間に崩れ去った。


   人類が絶望の淵に立たされたその時、唯一の救いとなったのが『テンプル聖教会』だった。

 世界中に信者を抱える宗教組織である彼らは、神の御名のもとに立ち上がり、聖郭騎士団を編成。キマイラに立ち向かい、人類を守る盾となった。


   今では、教会こそが人類の希望であり、最後の砦として――。


   そして、アーシャリア自身のことも聞いた。


   あの惨劇から数か月後、東欧に設置された小さな教会の門前で倒れていた彼女を、シスターたちが発見したという。


   気を失ったまま、血に塗れ、傷だらけの身体だが外傷はなく僅かに治療の痕跡があったという。


 そして彼女の横には、誰のものとも知れぬ赤黒い染みだけが残されていた。


  意識を取り戻したとき、アーシャリア(彼女)は何も思い出せなかった。


 あの惨劇以降、どうやって、どんな場所で生きていたのか。その間に何があったのか――。


  唯一、残されていたのは、夢の中に響く悲鳴と、鮮烈な朱の記憶だけだった。



 ♰

 


  

 「アーシャリアちゃんは、どうしたいですか?」


 教会の支援によって復興が進む都市を眺めていたアーシャリアに、シスターがそっと問いかける。

 瓦礫が取り除かれ、新しい建物が立ち並び始めた街。そこには、人々が懸命に生きようとする姿があった。

 

 アーシャリアは、静かに息を吸い、振り返る。

 そして、シスターの問いに、迷いのない声で答えた。


 「私は、修道女シスターとして、皆さんを支えていきたいんです」

 「私のように、居場所を失い、孤独に震える人がいたとしても――」

 「その人がひとりではないと、誰かがそばにいるのだと、そう思えるように。優しさをもって相手を思いやれる修道女シスターとして、神に仕えていきたい」


 かつて、泣き叫びながら家族を求めた幼き少女の姿は、もうそこにはない。

 

 修道服を身にまとい、柔らかな銀の髪を風に揺らしながら、アメジストの瞳を真っ直ぐに輝かせる。

 その瞳には、確かな意志と、祈りにも似た慈愛の光が宿っていた。


 アーシャリアは、もう過去に囚われない。

 彼女は、未来のために、誰かのために――聖職者として歩み始めるのだ。


次回は木曜日の夜8時頃更新予定です。

追記 申し訳ありませんが金曜日までお待ちください。

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