9:過ぎゆく日々
人類には大きく分けて三つの種族がある。
まず俺やこの街に住むほとんどの人類が属する人間族。というか、人類と言えば世界中ほぼ人間族を指す言葉だ。
次に多いのが獣人族。獣人族は更にその中でも多様な種族がいるのだが、全部ひっくるめて獣人族だ。体毛が多く尻尾が生えているのが特徴らしいが、俺はまだ彼らを見たことがない。
そしてエルフ族。
長い耳と容姿端麗な美貌を持つ種族で、自然と平和を愛し魔力に長ける。
まだ魔王がいた千年も前には、魔人族とも呼ばれていたらしい。エルフ以外にも多様な魔人族がこの世にはいたそうだが、人類の敵として魔王に寝返り、そして魔王と共に滅ぼされた。
魔人族の中でエルフだけが人類と共に魔王と戦い、勝利した。エルフこそ唯一の魔人族としてその名が種族名となったわけだ。
後は魔王史以前に神によって滅ぼされた巨人族なんてのもいたらしいが、そうなってくるともう神話だ。天使や悪魔まで話が及んでしまうことになる。
──目の前のエルフの食べっぷりを眺めながら、ふと神父様からのそんな教えを思い出していた。
あれ? エルフって確か、菜食主義だって言ってたよなあと。
この子めっちゃ肉頼むなあと。
「おかわりください!」
そして、めっちゃ食うよなあと……。
彼女の前には食べ終わった皿か山積みとなっている。俺も空腹だったのでそこそこ食べたのだが、エルフの子はその十倍は食ってる。
「おかわり!」
まだ食べる。
──そして最後の一口を食べ終えて、エルフの少女はとうとう、フォークを置いた。
「ごちそうさまでした……。おいしかったです。最高に幸せでした。ゲフ。ありがとうございました」
「それならよかった」
幸せならそれに越したことはない。いい食べっぷりだったから、俺もなんだか、嬉しいよ。
お会計はいくらになるのか、逆に楽しみだ。
ちょっとした人助けのつもりがまさか破産しないよな? そんな俺の心配を知ってか知らずか、エルフの少女は深々と頭を下げて、再びお礼の言葉を述べた。
「本当にありがとうございました。使命があって村を出たんですが、志半ばで飢え死にするところでした……。この御恩は一生忘れません」
「気にしないでくれ。俺もこんなに食べる人は見たことがないから、一生の思い出になったよ。……嫌味じゃないよ?」
「うふふ。わかってます。あなたからは、暖かな魔力の流動を感じますもの」
エルフは魔力に長ける種族だ。暖かな魔力の意味はわからないけど、良いことを言われたのは、なんとなく理解できる。魔力が1しかない俺からも果たしてそんなものが感じ取れるのかは疑問だけど、お世辞でも褒められるのは嬉しいものだ。
「あの、今更ですが名乗らせて下さい。私は大樹エアの子にしてアシリアの民マナルナ。見ての通り、エルフ族です。この街へはシスターとなるべく、修行のために訪れました」
「これはどうもご丁寧に。俺はライトニング。それでこっちがライム。俺の……妹だ」
俺の妹は、隣の席で恨めしそうにマナルナを睨んでいた。テーブルの上には食べ終わった皿が枚程。
「く……負けた。大食いで、しかもエルフにぃ……!」
いやお前のお腹なんでも収納できるじゃん。こそっと言うと、正々堂々胃の容量で勝負したかったとのこと。さいですか。
でも確かに、ライムとは背丈もあまり変わらないし、この食欲はサギだよなあ。いやあ驚かされた。
「え? 妹……なのですか?」
だけど驚いたのはマナルナも同じだったようで、俺達が兄妹だと聞くと目を丸くして言葉を続けた。
「ライムちゃんからは、ドス黒い邪悪な魔力の流動を感じるので、てっきり悪魔か、それに近しい高位の魔物かと思ってましたよ」
大正解。
一瞬で血の気が引いた。え? そんな簡単にバレるの? マナルナの目には魔力の流動が見えるらしいが、そんな情報まで読み取れるのか……。
ライムを見る。
(殺るか?)のジェスチャーをして見せてくる。
それだよそれ。邪悪だって言われんのそれが理由だからね? 殺りません。大人しく座っててくれ。
(りょ)
「……凄いな。そう感じていたのに、マナルナは怖くないのか?」
「はい、だって全然危害を加える素振りもないですし。何より……こんなにも暖かな魔力の流動を感じさせるあなたが引き連れているのです。でしたら、何も恐れることなどありません」
切り取って後世に残したいくらいの満面の笑み。彼女が言うように、そこに負の感情など微塵も存在していないのがわかる。
こっちこそ、心が暖かいよ。
「ところで、なんで街中で行き倒れてたんだ? 修行中の仮シスターだとしても、教会で配給はあるだろう?」
「もちろんあります。ですが……その……お恥ずかしい話なのですが……」
マナルナはこの話題になると、もじもじと顔を赤らめてしゅんと小さくなってしまった。
ははあん、読めたぞ。こんなにも大食いだから、配給じゃ全然足りなかったんだ。
いや、そういえばこの子は道の端で倒れていたんだっけ。もしかしたら、路地裏でお腹を空かせていた貧民や孤児に分け与えていたとか?
シスターを目指していると言うからには、あり得る話だ。
マナルナは恥ずかしそうに白状して、答え合わせを始める。
「実は、初日に全員分の配給を食べてしまって、教会を追い出されてしまったんです……てへ」
ななめ上の回答に、俺は大いに笑い転げた。
だって菜食主義の少食だと言われてるエルフで、まだこんなに小さいのに、おまけに容姿端麗なのに……めちゃくちゃ食いしん坊! 人のご飯も食べちゃうくらい食いしん坊!
ギャップが酷すぎて笑うしかない。
失礼だとは思いつつも、もう俺の顔の筋肉が笑顔のまま壊れてしまったのだ。許してほしい。
こんなに笑ったのは生まれてはじめてだ。
誰かと話をしながらご飯を食べるのって、こうも楽しいものだったのか。
「もう、ライトニングくん笑い過ぎです! 酷いです!」
「あはは、ごめんごめん……くくく……。あー、おかしい。最高の気分だ。今日はぐっすり眠れる気がする」
「全然反省してませんね」
「いやごめん、本当にごめん! それじゃあ、お詫びなんだけどさ。明日もまたこうして一緒にご飯を食べようよ。もちろん、俺のおごりだ」
「ごくり」
つばを飲み込む音で即答するものだから、やっぱり笑うことを我慢できなかった。
★
あれから二週間。
今日も外で稼いだ魔石を換金して、大食いエルフの待つレストランへ足を運ぶ。
「あ、待ってました。さあさあ、はやく行きましょう。ご飯です、ご飯!」
「もう全然遠慮もしなくなったよね」
「僕、今日こそ勝てる気がする。大食い勝負だよ、マナルナ!」
「ふふふ、懲りないですね。今日も負けませんよー! ライムちゃん!」
あれから毎日マナルナとご飯を一緒機食べている。二週間もすれば、もうこの流れは定番となってしまった。
マナルナからは色々な話を聞けた。
アシリアというエルフの里からやってきたこと。里長は、全てのエルフの母とされる大樹エアから予言を授かることができるらしく、その予言に従って、マナルナはシスターとなるべく里を出てきたそうだ。
実はこの子、まだ『スキル鑑定の儀』を行っていないそうだ。
ちなみに十八歳らしい。エルフの寿命は人間の倍であり、成長速度は反比例して遅いらしかった。だからまだ十歳に満たないような見た目なんだな。
ただし、胸の発育はよかった。
俺の身長差だとついつい顔を見ればその視線のままに、谷間が見えてしまうのだ。不可抗力なのだ。
ちなみにライムは見た目年齢相応である。
「一週間後に定例の『スキル鑑定の儀』があるので、私もそれに行ってきます。大樹エアの予言があるので心配はないのでしょうが、『聖職系』のスキルを授かっているかどうか、やはり不安ではあります」
「……大丈夫だよ。俺がついてる」
「……ありがとう、ライト。私、がんばります!」
から元気なのは見て取れる。大丈夫。何も心配はないさ。
それにしても一週間後か。ちょうど俺の防具が出来上がる日だな。楽しみが増えた。
ああ、待ち遠しいな。




