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7/17

7:怒りの鍛冶屋

 翌朝。日の出と共に目が覚める。

 長旅の疲れもあったし、昼過ぎまでぐっすり寝てようと思ってたのに、これまで培ってきた生活習慣はなかなか変えられないようだ。


 家族の奴隷だった俺は、誰よりも早く起きて彼らの身の回りの世話に従事しなければならなかった。

 気に入らない事があれば殴られる。怒鳴られる。

 それがいやだから、朝から念入りに掃除洗濯。水汲みにその日に使う農具の手入れ。とにかく色々やった。


 まあ、それでもあいつらの寝起きが悪いと何をしてても殴られるんたけどな。


 ……しかし、何もすることがない朝は、こんなにも長いのか……。旅の最中は起きたらすぐに出発だからあまり気にならなかった。

 俺の朝はこれまで、忙しなく時間が過ぎていくものだった。

 だけど、そうだったのか……。


 普通に暮らす人間にとって、朝はこんなにもゆったり過ごせる時間なんだな。




「くあ……。おはよう、マスター。なにやってんの?」


「いや、昨日焦がしちゃった天井を拭いたら、すすがついてただけみたいでさ。ほら、汚れが取れる取れる」


「……マスター、それはここの宿の人がやるよ。それより、今日は商店街に行くんでしょ? もう外もにぎわってるし、早くいこうよ!」


「あ、もうそんな時間か。わかった。準備するよ」


「やった。マスター、はやくはやくー!」


 なんだか体を持て余して、ついつい部屋の掃除をしてしまった。おかげで天井もピカピカになったし、気分がいいや。

 ライムも早く出かけたいみたいだし、それじやあ行こうか。

 俺も初めての都会だ。

 ライムと同じで、楽しみで仕方がない。


 ……あれ、でもなんでライムはあんなにはしゃいでるんだ? 自分で人類の敵だと公言しておいて、そんな魔物が、敵である大勢の人混みにまみれたいなんて思うものだろうか。


 まあ、ライムがそれでいいなら俺が何を言うこともないか。

 子供の頃の俺のようにベッドで跳ねて青髪を揺らす可愛らしい彼女に、微笑ましさしか感じ取れなかったのは……。


 俺のミスだったよ……。







「おう、いらっしゃ……なんだ、ガキかよ。わしは子守りじゃねぇぞ! 帰れ帰れチビ共!」


 鍛冶屋に入店そうそう、店主らしき髭面のおじさんに嫌な顔をされた。

 客でもない子供に愛想を振りまく必要はないという感じだ。彼のこれまでの鍛冶屋としての人生経験がそうさせたのだろう。

 これくらいの悪態なんて気にも留めないけどな。


「確かに俺はガキだけど、残念ながらお客さんだ。それに、きっとあんたも気に入ると思うんだけどな」


「あん? 客だと? 生意気言うんじゃねえ。俺の打つ武器が、ガキの小遣いなんかで買えると思うなよ! いい加減にしねえとぶち殺すぞ!」


 おーこわ。

 殺すというワードにライムが瞬時に殺気立つが、俺も即座にライムの手をぎゅっと握って抑制する。口だけなら何を言われたって構いやしない。手が出てきた場合にはしっかり守ってもらうから、頼むよ、ライム。


 ライムが落ち着いたところで、俺はラピッドソードを取り出して、鍛冶屋のおじさんに差し出す。

 おじさんは訝し気にそれを睨み、俺を見る。これがどうした、と言わんばかりだ。見た目じゃ確かに、ただの幅広剣だもんな。

 クイっと剣を持ち上げて「どうぞ」とジェスチャー。おじさんも意を汲んで黙って受け取る。


「うおっ! こ、こりゃ……!? 軽い! 軽すぎるッ! なんだこりゃあ!?」


 瞬間、悲鳴にも似た驚愕がおじさんの口から溢れ出した。

 よかった。喜んでもらえたみたいだ。

 しきりに眺めて、刃の輝きに見とれているようにも見えた。手業でクルクルと剣を回転させては、ビシっと急に構え出す。軽快に素振りをして見せ、自分の腕じゃないみたいに高速で斬撃を繰り出せる不可思議な能力に感嘆していた。


 まるで新しいおもちゃにはしゃぐ子供のようだ。

 うん。この人だったら、これもきっと気に入ってくれるはずだ。


「す、すげえ……! こんな剣見たことも聞いたこともねえ! あんた、こりゃ、いったい……」


 答えることなく、バッグから赤い滑らかな鉱石を取り出す。『レアドロップ』の鉱石だ。

 おじさんの目が飛び出す。この『レアドロップ』の価値が一目で分かるとは、この鍛冶屋は正解だったようだ。


「嘘だろ……おい、そりゃあ……幻の素材! 『ドラゴンブラッド』じゃねえか! どこでそれを!? いや『ドラゴンブラッド』だけじゃねえ! この剣だって、世界最高の職人に作らせた唯一無二の業物だろ! なんなんだあんたら!? わ、わしにどうしろってんだ!?」


 ほうほう、この鉱石は『ドラゴンブラッド』というのか。

 俺達をもう、ただのガキと見てはくれないこの鍛冶屋のおじさんに、やってほしいことと言えば一つに決まっている。

 職人と顧客が、対等な立場で顔を見合わせてるんだぜ?


「この『ドラゴンブラッド』で、何か装備を作れないかな? 例えば、軽くて丈夫な防具とか」


 ここからが本題だ。

 俺は防具がほしい。これから魔物と戦っていくにあたって、すべての戦闘はライムに任せっきりになると思うんだけど、万が一ライムが魔物を打ち漏らした場合。

 俺に魔物の驚異が迫りくると考えたら……いつまでも麻のボロ布の服を来ていられないだろ。


 それに、武器なら『ラピッドソード』と『ブルーファイヤ』がある。作るならやはり防具だ。

 というか【ステータス1固定】の貧弱な俺にとっては、『ラピッドソード』以上の武器なんて考えられない。


 だってこれさえあれば、実際に俺は最弱四天王なら既に俺だけの力で倒してさえいるのだ。

 ライムを喚び出すことごできる『召喚の杖』の次に大当たりだぞ。

 まあ『レアドロップ』はどれも大当たりなわけだけどな。



「……ま、マジに言ってんのか? このわしに、幻の素材を扱えと?」


 ありゃ、鍛冶屋のおじさん、急に弱腰になっちゃったよ。

 声は小さく、肩の力が抜けてしまっているように見える。

 やっぱり小都市ネルガルじゃ加工できる職人はなかなか見つからないのかもしれないな。

 鍛冶屋もここで四件目。この街にある全部だ。


「ごめん、荷が重かったよね。それじゃ……」


「ああん!? バカ言ってんじゃねえ! 俺を誰だと思ってやがる!」


 引き下がろうとするも、途端におじさんが大声で呼び止める。何気ない諦めの言葉が、彼の弱気をぶっ飛ばして逆に火をつけてしまったしまったようだ。


「それなら、お願いできるんですか?」


「たりめぇだ! やってやるよ! ……ただ、一つ聞く。『ドラゴンブラッド』で作るその防具って、お前が装備するんだよな?」


「え、うん」


「まあそうだろうな。だったらよ、ちょいと【ステータス】教えてくれ」


「ああ。全部1だ」


「……ん?」


 あれ、聞き返された。聞こえなかったか?

 もう一度言おう。


「だから、全部1だ。俺のステータスは訳あって【ステータス1固定】なんだよ」


 ぽかんと口を開ける鍛冶屋のおじさん。

 そしてそのまま……怒りの咆哮が溢れ出す。


「こ、このガキ! ふっざけんなあああ!!! 帰れッ! この……っ! バカにしやがって!」


 ステータスか1なんて、本当に馬鹿げてるよ。自分でもそう思う。これが冗談なら、ここまで鍛冶屋を煽っておいていざ茶化すんだから、その怒りももっともだ。


 だけど事実だ。受け入れてくれ。

 おじさんがその太い腕で俺を捉えようとした瞬間。ライムが間に割って入る。

 おじさんの振り上げた手を掴むと、両者の力は拮抗して、みしりと床が軋んだ。


 おお、ライム。手加減してくれているのか。ありかとう。

 そうとは知らずに、拮抗してることを驚くおじさん。あっという間に払い除けられると踏んでいたのだ。


「お、おめぇ……見かけによらず『剛力』スキルを持ってやがったのか! だが俺も負けてねえぞ……! 鍛冶筋(・・・)舐めんなァ! うおおおお!」


 おじさんは叫ぶがライムはびくともしない。いや、力加減を決めあぐねて、たまに手加減しすぎて押されてるぞ。

 おじさんはそんなやり取りを、拮抗していると思いこんでいるようで……。あ、そうだ。いいこと思いついた。


 ライムに耳打ちして、それを喋らせる。


「おっちゃん、もし僕がこの力比べに勝ったら、わがまま言ってないであの鉱石で防具作ってよ。ちゃんと【ステータス1固定】でも動きやすくて頑丈な鎧、作ってね」


 案の定、すっかり頭に血が上って勝負脳となったおじさんは二つ返事でそれを了承するのだった。


「へっ! いいぜ……! なら俺の最大の本気を見せてやらあああああ!!! うおおおおりゃあああああッッ!!!」


「ほい」


「ぐわああああああ!!!!!!」


 ライムの圧勝。これで約束通り、防具を作ってもらえるぞ。

 喜ぶ傍ら、おじさんは見た目八歳くらいの女の子に力比べで負けたのがよほどショックだったようで、めちゃくちゃ意気消沈していた。

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