4:問題解明。問題発生
「いらっしゃいませー! 魔石の換金ですね!」
そう言って、受付嬢は俺が差し出した魔石をざっと見渡した。それから腕を組み、こちらを見る。困ったような笑顔だ。
「今日は、妹さんと二人でお使い?」
「そんなところです」
「これはご両親に換金するように言われてきたのかな?」
「まあ、そんなところです」
「そっかぁ。うーん……」
まさか「この少女が魔物を倒して得た魔石です」なんて言っても信じてもらえないだろうと、受付嬢の質問にはいはいと答えていたのだが、どうも換金を渋られている。
どこが腑に落ちないのか。これが分からない。
……もしかしたら、魔石の数が多すぎたのかもしれない。一人当たりの換金できる個数に上限でもあったのかな? 俺が持っててもどうせ不要なものだから、手持ちを全て提出しちゃったもんな。
色とりどり。ざっと200個。
襲い来る魔物を全部ライムが倒した結果だ。
最寄り街のネルガルに到着するまで、俺の足では三日もかかってしまった。虚弱体質が恨めしい。
もたもたしているから魔物にも頻繁に遭遇するし、その度にライムが滅茶苦茶な強さで薙ぎ倒していった。
さながら青い閃光。彼女の軌道上には、その髪色の残像が見えた。
残像が消える頃、魔物も光となって霧散していた。
どれだけ凶悪な魔物だろうと、彼女の足元に魔石を残して消えるのみ。
ライムはとんでもなく強い魔物だった。
見た目はこんなに華奢な女の子なのにな……。
そして俺はこの旅の中で、『召喚の杖』はやはり俺の『レアドロップ』のスキル効果で出現したものだと確信していた。
「お! マスター、あのウサギの魔物、魔石の他にも何か落としていったようだよ。これは……剣みたいだね」
「……なんだって? ウサギが何を持ってたって? 剣? どうやって?」
「ほらほら、だって魔石の横に落ちてるじゃん。僕見てたけど、ウサギが魔石を落とすと同時にこれも何もないところから現れたんだよ」
「マジかよ……」
近くに寄ってみれば、確かにそれは剣だった。幅広の片刃剣。持ってみると非常に軽く、膂力のステータスが1しかない俺でも、それを簡単に振り回すことができた。……あり得ない。
鉄で出来ているなら俺は持ち上げるのも一苦労だ。
だけどどういうことだ。この剣は重いどころか、木の棒よりも軽く感じる。
「信じられない。どう考えても『レアドロップ』のスキルが発動しているとしか思えない……! でも魔物は俺が倒したわけじゃないのに、なんで……!?」
「マスター。前も言ってたけど、その『レアドロップ』って何なの?」
スキルを知らないあたり、やっぱりこの子は魔物なんだな……。
「……人類には、神から与えられたスキルという特殊な能力があるんだけど、俺の場合は、虚弱体質になる代わりに、魔物を倒すことで希少なアイテムが出現するようになる能力だったんだ」
「なるほど。だからたまに、魔物から魔石以外の剣や何やらが出てくってわけか。なら僕を喚び出した『召喚の杖』も間違いなく、そのスキルによる恩恵じゃないか」
「違う。俺のこのスキルは、俺が一人で魔物を倒さないと意味がないんだ。仲間の力を借りたら能力は無効化される。だからライムが倒した魔物から『レアドロップ』が出現するなんて、あり得ないんだよ」
そう、だからこそのゴミスキル。人類における【百年の損失】……。
ライムは「ふーん」と唸り、小首をかしげた。
俺がなぜ悩んでいるのか理解できないといったふうに、彼女が感じる疑問を素直にぶつけてきた。
「僕ってマスターの仲間なの?」
「は?」
え? 違うの? やっぱり殺すつもりなの?
その問いに呆然としている間にもライムは質問を詰めてくる。
「だって僕は魔物だよ? 本来なら人類の敵だね。……もしかしたら神は、僕をマスターの仲間だと認めていないんじゃないかな」
「神が、認めない……?」
「そう。スキルは神からもらったんでしょ? 仲間を頼っちゃいけないという裁定も神がしているというなら、仲間じゃない、むしろ敵である僕がマスターの手足として魔物を倒したとして……それは『マスターが倒した』と神は考えるんじゃないかな?」
まあ、神の考えなんてわからないけどね。
そう付け足して、ライムは笑った。
その助言は、俺にとってまさに青天の霹靂だった。
そう考えれば全てのつじつまが合うのだ。『召喚の杖』が出現した時。スライムはゴブリンが倒したが、あの茂みにゴブリンを仕向けたのは俺だ。俺が石を投げたから、ゴブリンはあそこに隠れていたスライムを見つけ出して殺すことができた。
その結果として『召喚の杖』が手に入ったというなら、確かに説明がつく。
今回のこの軽すぎる剣もそうだ。俺がライムに魔物を倒すようにしむけたから、こうして『レアドロップ』が発動した。もう、そうとしか思えない。
それからもライムが魔物を倒すと、低い確率ではあるが、謎のアイテムが現れることがあり、この仮定は確信に変わった。
俺はライムのおかげで『レアドロップ』というスキルを使いこなすことに成功したのだ。
魔石もアイテムも俺が運ぶのは一苦労だが、ライムが荷物持ちもしてくれるおかげで全て回収することができた。夜もライムが守ってくれるおかげで茂みに隠れて縮こまる必要もないく、ネルガルまでの旅路は快適だったと言えるだろう。
まあ、まさか街についてからつまづく事になるとは思いもしなかったけどな。街の門番に、魔石の換金はどこでするのがいいのか聞いたら、それなら冒険者ギルドがいいと言われるがまま素直にここへ来たものの……。
取引は難航している。多分、俺が悪い。
世間を知らない田舎者ということで、ここは大目に見てほしいところだが……。
「あのー、君達。ちょっと、奥で話そっか?」
懐疑に満ちた顔をする受付嬢。彼女の手には俺達の魔石。
……言われたとおりにしよう。
連れていかれた部屋はソファが角テーブルを挟んで向かい合っている。その片側に俺達は座るように促される。
受付嬢は反対側に座り……ニコっと微笑んだ。
「さて。正直に話せば、この事は誰にも言わないし、後の事はこのお姉さんに任せて大丈夫だからね。でも、嘘ついたらダメだよ。わかるよね?」
「……すみません、何の話をしているのですか?」
いきなり何を言い出すかと思えば……、いや本当に何を言っているんだ?
魔石の数が多過ぎたのがそれほど重要な問題だったとは思えない。いくら田舎者だからって、ある程度の常識は都会人とも共通認識のはずだ。
多かったら、減らせばいいだけの話。わざわざ別室で怒られるような問題じゃない。
そんな考えを、受付嬢は大声で払拭する。
「とぼけないで!」
「は、はあ」
俺の袖をクイクイと、ライムが耳打ちする。
「なんだこの人間。情緒不安定じゃないの?」
俺もそう思う。
とぼけるも何もない。俺達に非があるなら教えて欲しい。
その願いが叶ったのか、受付嬢は憤怒の理由を怒りの感情のままに口にした。
「この魔石は盗んだものだって分かってるんですからね! 問題は、どこでこんなに盗んだのか! さあ白状しなさい!」
ああ、なるほど。そういうことか。
俺達が魔石を盗んだと。それを売りさばこうとしているものだと。そんな勘違いをしていたわけか。
まいったな……さっき受付嬢の質問に適当に答えていたのが、ここにきてマイナスに働くこととなる。なんせ一度嘘をついているものだから、こうなってくると誤解を解くのは一苦労だぞ。
だけどもう、盗みを働いたと疑われてしまったのであれば、素直に「俺達がやりました」と自白するしかない。盗みの方じゃなくて、魔物を倒して得たって意味で。
「あの、実はそれ、俺達が魔物を狩って集めたものなんです。信じて貰えないと思って、さっきは受付で適当に話を合わせてしまってごめんなさい。だけどそれは盗んだものじゃなくて――」
「いや、そういうのいいから。いくらなんでも子供二人でこれほどの魔物を倒したって言うのは無理あり過ぎだから。ていうか、話したくないならもういいよ。この魔石を置いてさっさと帰りな」
「……あなた、言ってること滅茶苦茶ですよ?」
「あーもう、ウッザ。ガキ、ウッザ! さっさと帰れつってんの! 早く帰んないと、お姉さん、ブチギレるよ?」
「もうキレてると思うんですが――」
「はいブチギレー! お仕置きキックだよガキィ!」
受付嬢はおもむろに立ち上がり、躊躇なく俺へ蹴りを放つ。俺がそんな動作に対処できるはずもなく、成す術もなく、ただただ黙っていた。
――そして、俺の代わりに、ライムが平然と受付嬢のキックを片手で掴んで止めていた。
渾身の蹴りを防がれたことを、受付嬢はまず驚愕する。
「……あ?」
「おいたが過ぎるよ。この年増」
一言。そう言って、ライムは握力だけで、受付嬢の脚を握り折ったのだった。
バギィッ!
「あぎゃああああああああああああああああああああ!!!」
生木を裂くような耳障りな音と共に、受付嬢の絶叫が室内に木霊していた。
……どうしよう。これって、正当防衛になるよな?