3:謎の少女
「ちょっと待て。お前は誰だ? いきなり出てきて契約とかマスターとか……意味が分からない。俺を守ると言ったのか? どう見たって子供のあんたが? なんでそうなった?」
疑問ばかりが口をつく。青髪の少女はニコニコと口角を上げながら黙って俺が言い終えるのを待っていた。
「うん、そうだね。まずは僕が何者かをお答えしようか。僕は『スライム精霊』のライム。この世界のあらゆるスライムの化身だよ」
「スライムの化身……? つまりお前、魔物なのか?」
「その通り! 驚いた? 怖い?」
ライムと名乗る少女は何がそんなに嬉しいのか、ニヤニヤしながら聞いてくる。俺からすれば、自身を魔物と言ってふざけてる子供にしか見えないから怖がるも何もない。
しかし、この子が突然に現れたのは事実。この近くに俺が住んでいた村以外に他の村はないし、俺の村にもこんな子はいなかった。そもそも子供が一人でこんな場所まで出歩けるわけがない。
とすれば、この少女が言うこともあながち嘘ではないということになる。
つまり魔物……。
「じゃあ聞くが、なんで魔物のお前が人間である俺を襲わない? それどころか守ると言っていたよな?」
「それはあなたが『召喚の杖』で僕を喚び出したからに決まってるじゃないか。その時点であなたは僕のマスターになったんだから、当然、命がけであなたを守るよ!」
少女いわく、俺の手にあるこの銀色の杖を『召喚の杖』と呼ぶらしい。『召喚の杖』で喚び出された魔物は杖の所持者の従順な僕となる契約が為されているという。
嘘だろ? 魔物を召喚して好きなように使役できる杖なんて、そんなものが存在するのか?
一応スキルとして『召喚術』や『使役術』といった魔物や精霊なんかを操るものがある。だけどそれはあくまで一時的なもので、効果時間が切れると魔物は敵対するし、精霊は消滅してしまう。
だけどこの『召喚の杖』による使役は、召喚した魔物の命が尽きるまで永続でマスターの僕となるという。そういう契約だと少女は言った。
……にわかに信じがたい。
それが本当だとして、なぜこんな場所に落ちているんだ。
「だとしたらこれ、かなり高価なものだろう。商人か貴族かが落としてったのか?」
「バカを言っちゃいけないよマスター。こんな代物が人間界で流通しているはずがないだろう。だって本来これは、魔王が異界から持ち込んだアイテムなんだから」
「は!? 魔王のアイテム……!?」
おかしいおかしい。言ってることが滅茶苦茶だ。
魔王は千年も前に『勇者』スキルを持った英雄に滅ぼされた。そんな奴の遺物がどうして今になって出てくるんだ。どうしてこんなところに雑に落ちてるんだ。
だってそれじゃあまるで、あんなところで野垂れ死んでいたスライムが持っていたということになる。でもスライムは固体を持ち運べない。あるいは、あそこで暴れまわっていたゴブリンの持ち物だった……?
いやいや、どのみちこの二体は雑魚モンスター。魔王のアイテムを持っているなんて考えられない。
一つ一つ、頭の中で原因を探っては、その可能性を否定していく。それと同時に、否定のしようがない一つの可能性の存在が大きくなっていく。もしそうならと考え……身の毛がよだつ。
まさか、そんな……。
この少女の話が全て本当だとして、俺が想像できる、最も信憑性が高い可能性が一つある。それを口に出さずにはいられなかった。
「まさか、俺の『レアドロップ』のスキルが発動したのか……?」
「うーん、『レアドロップ』はわからないけど、それが一番納得のいく答えなんだね? うん、ならそれでいいんじゃないかな! 何にせよ、僕はマスターを守る使命がある。これからよろしくね! マスター!」
少女が再び手を差し伸べる。さっきは突然すぎて、握手を交わすことなく話を進めてしまったからな。怪しいし、触れあいたくなかったというのもある。
だけど少女が嘘をついていたとして、本当は俺を襲おうとしている魔物だとして……。
こんな最弱の俺に、嘘をついてまで近付く必要なないんだよな。
おやつ感覚で摘まんで、頭からかぶりついてきても、俺には一切の抵抗などできない。そのままおいしく召し上がられるのみだ。そもそも魔物にとってほとんどの人間はそういった対象でしかないわけだが。
「……わかったよ。まあお手柔らかに、よろしくな。名前、ライム、だったか?」
「うん、スライムのライムだよ! よろしくねマスター!」
わからないことだらけだ。
だけど俺は観念して、この子と手を結ぶことにした。
どうせ死出の旅路だったんだしな。旅の道連れが一人増えようが、それが魔物だろうが、このさいどうだっていいや。守ってくれるというなら、ぜひそうしてくれ。
「ところで、スライムの化身なんだろ? 俺のことを守るって言っても、スライムって最弱の魔物だって聞いてるぞ。さっきだってゴブリン一体になんかついでみたいな感じで殺されてたし、ライムもそうとう弱いんじゃないか?」
そう言うと、ライムはさっきまでのニコニコ笑顔をやめて、拗ねたようにムっと俺を睨んできた。本当に、か弱く健気な少女にしか見えない。魔物と言われているが、そこだってまだ半信半疑だ。
「ほほう、マスターはまだ僕を疑ってるわけだね。だったら見せてあげるよ、僕の力を……!」
なんて安い挑発に乗るんだ……。
そう思いながら黙ってライムを眺めていれば、彼女は腕をまっすぐ伸ばして、人差し指をピンと立てた。指し示す方向には地平線が広がっているのみだが、ライムは何かを探しているようにうーんと唸り、少ししてから「いた!」と声を上げた。
おもむろに、彼女の指先が光る。
「スライム・ボンバー!」
――パキュン。
何かが、彼女の指先から発射された――ような気がした。
何事かと思った瞬間、今度は遠くの方で、ピカっ! と閃光が瞬いた――。
「へ?」
光に振り向く。
唖然とする。
――巨大な土煙が、ライムが指差した地平線の方角で立ち登っていたのだ。
「な、なんだありゃああああっ!?」
驚きの声を上げると、木々をしならせ爆風が全身を打ち付けてきた。
直後に爆音も――耳をつんざき、大地を揺るがした。
ドゴオオオオオオオオオオオン――――!
「ゴブリンの集団がいたから、きっと、スライムを倒した奴らだろうと思ってやっつけたよ。どうだい、僕の力は? 君を守るのに申し分ないだろう?」
気絶して、仰向けに寝転んでいた俺は目を覚ますと、ドヤ顔のライムがのぞき込んでそう言って笑ってきた。
……俺も、乾いた笑いをこぼすしかなかった。