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2:レアドロップの結果

「お前、そろそろ家を出てもいい年だな」


「……え?」


 俺の十三歳の誕生日。

 父さんが酒を煽ったついでにそんなことを口にした。

 パンとチキンがみんなの食卓に並ぶ中、俺だけ一日一食の麦粥を啜る生活を、【スキル鑑定の儀】を終えてから八年間、ずっと続けている。


 こんな奴隷に、毎日の飯があるだけマシだ。


 スキルが使い物にならない上に、そんなゴミのようなスキルのデメリットのおかげで虚弱体質。そのせいでとても非力だし、肉体労働をこなそうとしてもすぐに息が切れて、動けなくなる。


 ただでさえうちは貧乏な家庭だ。働き手なんかいくらいても足りない。

 スキルが判明する前の子供のうちはまだよかった。そもそも五歳程度のガキの手伝いなど猫の手と同じくらいの働きしかしない。

 だが、スキルもなく、十歳を超えても五歳児並の働きぶりしか期待できない俺はまさに邪魔者だった。


 せいぜい、家族からの命令を忠実に遂行することのみが俺の存在意義だった。

 兄貴達がそれまでしていたように、父や母も俺を奴隷として扱うようになったのは辛いが、至極当然の帰結だった。


 だが、それも今日までらしい。

 俺は奴隷として使い捨てられ、家族から追い出される。


「アン・アヌの街に行くといい。大きく栄えた街だ。きっとお前のような奴でも働き口は見つかるだろう」


 この村から一番近くのネルガルの街は規模が小さいからダメだという。

 旅の商人から街の話を聞かせて貰うことがあるが、アン・アヌはここからかなり遠いぞ……。首都圏の近郊だ。

 父はもう、俺には二度とこの村に足を踏み入れて欲しくないようだ。


「お父さんの『開墾』スキルでも、今年と来年は作物の生産量が本当にギリギリになる予定なのよ。分かって頂戴ね。ライトニング」


「可愛い弟がいなくなるのは本当に寂しいぜ。ははは」


「まったくだな。ほら、可哀想だからこれ分けてやるよ。けけけっ」


 母さんもあっけらかんとした態度で、聞きもしない言い訳を話し出す。同調する兄貴達は笑って、俺の麦粥のお椀にチキンの骨を投げ入れた。


「よさないかお前達。もう二度と会えんのだぞ。最後くらい仲良くしなさい」


「親父、俺達兄弟なりにライトを励ましてんだ。口出しすんなよな」


「どれだけ離れてても、どこでお前がくたばっても、俺達の心はずっと一緒だ! ふひひ。俺達は最高の、ぷぷっ兄弟だ! ――ぶはははははっ!」


 ここを追い出されたら俺は死ぬ。

 街までたどり着く前に、きっといろんな要因で死に至る。それは魔物かもしれないし、賊かもしれない。怪我一つが致命傷だ。変な病気にかかったら貧弱な俺はたちまち動けなくなる。

 俺が一人で村の外に出るなんて、死ぬ以外の要素が見つからない。


 だけど、なんでだろうな。

 不思議と、保身の言葉が出てこない。まだこの家にいさせてくれ。家族を見捨てないでくれ。そんなことを言ってもいいものなのに、全然こいつらに頭を下げる気になれない。

 出てきた言葉は、自然とこうなった。


「今まで育ててくれて、ありがとうございました。明日の朝早くに発ちます。さようなら」


「……わかった。餞別は玄関の前に置いておく。達者でな」


 父とのこの会話を最後に、俺は部屋で簡単な準備を済ませて、夜中になってから家を出た。

 俺の場合、昼間も夜中も一人旅の危険性は変わらないんだ。

 村を出て、月明かりを頼りに平野を歩く。

 割と、気分は清々しかった。


 父の選別の中身は、すでに兄達に抜き取られてすっからかんだった。どうでもいいが。







 翌朝。

 俺はまだ生きている。

 夜は寝ないで歩き詰めようと思っていたけど、俺の体力ではすぐに限界が来た。茂みの中に息をひそめて、死んだように眠った。


 朝日が眩しくて、身体が重い……。固く冷たい地面と茂みの窮屈さに、すっかり凝り固まってしまった。体力もほとんど回復できやしなかった。

 ようやく、暖かい日差しが出てきたんだ。まだこのまま横になっててもいいのかもしれない。


「グルル……」


 ――その唸り声を聞いた瞬間、悠長な考えは吹き飛んだ。


 魔物がいる。すぐ近くに。

 魔物なんて、話で聞くだけでその姿を見たことは一度もない。旅の商人の話や教会での教えで知識として知っているが、心のどこかで、そんな子供の空想みたいな生き物いるわけがないと思っていた。


 息遣いだけで理解した。

 この世界に居てはならない存在が、実際にいるのだと。


 眠るときよりも弱く、小さく、息を殺す。

 動いて音を立ててはいけない。そんなことは分かっているものの……興味本位が勝って、俺は慎重にゆっくりと体勢を変えて、唸り声の主を探した。茂みの隙間から視線を縫うように……その姿を捉える。


 見えたのは、汚い緑色の肌に瞳のない血走った白い目。犬のように伸びた鼻面はなづら……。

 背丈は子供くらいだが、身体に比べてその手足は異様にでかい。


 ゴブリンだ。初めて見た。

 それも、よく見えないけど、数が多い。十体以上いるんじゃないか……?

 群れで旅人や馬車を襲うと聞いた。村も襲撃することがある非常に攻撃的で狂暴な魔物だ。


 それでも個体としてのステータスはそれほど高くなく、魔物としても弱い部類らしい。

 数値で表すならざっとこうなる。


―――

【ゴブリン】


体力:200

膂力:120

技量:30

敏捷:80

知力:10

魔力:30

―――


 ちなみに、戦闘スキルがない大人の男性の平均的なステータスがこうなる。


―――

【一般男性】


体力:70

膂力:30

技量:60

敏捷:20

知力:60

魔力:10

―――


 肉体的な数値はほぼ3~4倍の差でゴブリンにボロ負けだ。人間は、スキルなんてなければ、弱い部類の魔物にすら手も足も出せずに蹂躙されてしまうか弱い生き物だった。

 まあ俺の場合、【ステータス1固定】のデメリットがあるからそれよりも更に最弱なんだけどな。


―――

【ライトニング】


体力:1【固定】

膂力:1【固定】

技量:1【固定】

敏捷:1【固定】

知力:1【固定】

魔力:1【固定】


【スキル】

≪固有≫レアドロップ:単独ソロで魔物を倒すと稀に希少なアイテムが出現する代わりに【ステータス1固定】のデメリットが付与される。

―――


 魔物を倒すとメリットがある。だがデメリットでステータスが最弱になる。ちなみに一人で魔物を倒さないとその恩恵は与えられない。


 まったくもって、ゴミすぎる……。

 魔物の中でも弱い部類のゴブリン一体ですら、大の男が四人分くらいの膂力があるというのに、こちとら大の男の三十分の一しか膂力がないんだぞ。

 これでどうやって戦えばいいんだ?

 どうやってこの『レアドロップ』というスキルを行使すればいいんだ!?


 スキルは神が与えたもうたありがたいものながら、人類における【百年の損失】と教会の資料に書かれるほどの致命的欠陥。このスキルに関しては流石に神を冒涜しても許されると教会が判断したのだ。

 つまりお手上げ。

 人類にこのスキルを扱うことは不可能だ。


「グルル?」


 ――突然、ゴブリン達が何かを探すようにくんくんと鼻を動かした。

 しまった……風が吹いてきた。俺が風上で、ゴブリン達に吹き下っている。

 俺のにおいを嗅いでいるんだ! まずい、見つかる!


 見つかったらどんな目に合うかなんて、想像したくもない。

 だけどここから動いてみろ。茂みが揺れるしがさがさと音も立つ。逃げるのは無理だ。


 心臓が早まる。だけどどの道、気付かれる……!

 くそ! 一か八か!


 ガサ――。

 茂みが揺れる。


「グギャアアアー!」


 すぐに一体のゴブリンが雄たけびを上げて、茂みの中へ飛び込んだ。鋭い爪を振り乱し……血が舞う。


 ――野鳥の血だ。

 ゴブリンはニマニマと勝ち誇った顔で、野鳥を咥えて茂みから出てきた。


 俺は咄嗟に石を投げた。がさがさと音が鳴ってくれればよかった。まさか野鳥が隠れていたとは……幸運だったな。みんなではしゃいで野鳥を奪い合っていた。

 俺はその隙に、全身に土と葉を擦り付けて自身の臭いを消した。それからひたすら、微動だにせず黙っていた。

 ゴブリン達がその場を後にした後も、しばらくは動けなかった。




「――もういいよな?」


 太陽が真上に来た頃、ようやく茂みの中から這い出る。固まった関節をバキバキに伸ばして、ふう、と息を吐いた。まだ鼓動が速い……。


 死にたくない……。

 この一件ではっきり分かった。

 俺はこんな呪いのようなゴミスキルと最弱なステータスを持って生まれて、家族にも奴隷のように扱われて、捨てられて……生きている意味が分からなくなっていた。夜中に旅立ったのも血迷った結果だ。

 だけど俺は、生きたがっていた。この鼓動が証拠だ!


 ……ただし、奴隷のように生きるのはもうたくさんだ。

 奴隷のまま、底辺のまま生きるのは違う。家族に頭を下げて、まだ家に居座ることもできた。だけどそれじゃ、生きているとは言えないんだ。それは心臓を動かしたまま死んでいるのと同じだ。


 俺は生きてやる。人間として、尊厳をもって生きると決意した。


「やってやる……!」


 といっても、俺ができることは限られる。

 限られた選択肢の中で、俺が選んだ道は、やっぱりこれ以外考えられなかった。


 神より授かった『レアドロップ』スキルと向き合う。

 本当に『レアドロップ』は、人類にはとうてい扱えないレベルの欠陥スキルなのか? だとしたら神はなんのためにこのスキルを人類に与えたのか。


 ……神は、人類にこのスキルが扱えると信じているんじゃないか?

 それを試す価値はある。

 なんせ、これまで見たこともなければ空想の存在だと思っていた魔物がいたんだ。

 神だって見たことないけど、きっといるのだろう。


 だったら、ちょっとくらい信じてみてもいいだろう。

 ダメなら次を考えればいいだけだ。今はまず、スキルを試す。このことにすべての思考を費やそう。


「まあ結局一番の問題は、どうやって一人で魔物を倒すかってところなんだよな。戦闘スキルを持った誰かに半殺しまで魔物を痛めつけさせてから、最後に俺が止めを刺す……なんて、結局それはパーティーを組むのと同じだよな。というかそれでいいならそもそもゴミスキル認定はされていないか……」


 ぶつぶつ考えながら街道に戻る。いやどう考えたって、魔物の倒し方なんてそうそう出てこないのだが……ん?


 ふと、視界の端に何かが光るのが見えた。

 反射的に振り向くと、そこは、俺が石を投げ入れたあたりの茂みの中だった。

 ゴブリンが暴れたので枝葉が散って、隙間が覗いている。


 ……なんだ。

 さっきゴブリンにやられた野鳥の血が太陽に反射しただけか。

 そこかしこに付着した赤黒い液体がキラキラと光っている。それが目に入っただけのようだ。


「いや待て。なんだ、あれ?」


 街道に戻ろうとする自分を言葉で制止する。急いでまた先ほどの茂みを二度見した。

 野鳥の血に紛れて、まだ、何か光っている。

 なんだこれは。青色の液体だ。だけど野鳥の血とは違って、立体的にプルンと形を保っている。よく見れば、そんな痕跡がいくつも見つけられた。


 なんだろう。もっと茂みの方へ近づいてみる。枝葉を手でかき分けて、その正体を探る。

 するとそこには、一際大きな青色のプルプルし液体があった。


「スライム……!? 魔物だ!」


 しまった。近すぎる。逃げられない。殺される――!?

 青色の液体の持ち主は、スライムという魔物だった。なんでも溶かす酸性の液状ボディで人間を溶かして捕食すると聞いたことがある。

 死を確信した。


 ……だけど、スライムは一向に襲ってくる気配がない。

 しばらく硬直して、いつまで経っても襲ってこないことを確認し……そして、ほっと胸をなでおろす。


「なんだ、もう死んでたのか。あのゴブリンに、野鳥を捕まえるついでに殺されたんだな」


 スライムが死んでて運がよかったと思った。


 だけど本当の幸運は、ここからだった。

 魔物が光の粒子となって消えていくのだ。


「そういえば魔物は、死ぬとその肉体は魔石となるんだっけ。ありがたい。魔石は売れば多少の金になる」


 目論見通り、消えたスライムは青色の魔石となった。

 ――その傍らに、銀色の杖も添えて。


「……え?」


 固まる。なんだこれは。

 魔物が魔石を落とすのは知っている。だけど、魔物が杖を落とすなんて、聞いたことがない。いやゴブリンなら、例えば人間から奪ったアイテムを死に際に落とすことはあるらしい。だけどスライムは人間からアイテムを奪うことはない。というか全部溶かしてしまうし、プルプルボディでは固体は持ち歩けない。


 だけどこの杖は、さっきまでここにはなかった。

 明らかにスライムが消えてから出現したものだ。


 俺は、この現象を、ただ一つだけ知っている。

 スキルの効果だ。

 役に立たないゴミスキル。そう呼ばれるものの効果によってのみ、魔物はアイテムを落とすことがある。


「嘘だろ、これ……俺の『レアドロップ』の効果で出てきたアイテムなのか!?」


 恐る恐る取り上げる。

 銀の杖は掌に収まるくらいのサイズで、先端には青い魔石が埋め込まれている。


 これ、本当に『レアドロップ』のアイテムなのか?

 スライムに驚きすぎて、単に俺が見落としていただけの可能性も……!?


「うわ!?」


 突然、杖が輝き出す。

 あまりの眩しさに目を覆うも、それはほんの一瞬の出来事だった。すぐに確認するが光はぱっと消え去り、銀の杖は何事ともなかったかのようにいまだに俺の手の中にある。


 変化があったとすれば――。

 俺の目の前に、青髪の少女が突如として現れたということだ。

 あまりに驚いて、声すら出なかった。だって人の気配など微塵もしなかったというのに、気が付けばこんなにも至近距離に少女がいるのだ。


 少女は、俺が黙って口をあんぐりと開けているのをいいことに、ふふんと得意げに笑って喋り出す。


「その『召喚の杖』を持っているということは、あなたが【スライム精霊スピリッツ】である僕を召喚したマスターだね。それじゃあ契約にのっとり、この命尽きるまであなたをお守りすることを約束するよ! よろしくね、マスター!」


 少女はにこりと微笑むと、小さな手を突き出して、握手を求めてくるのだった。

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