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1:虚弱な奴隷

 俺は産声を上げなかったらしい。

 泣き声一つ出さずに青白い顔で、死んだように静かにこの世に生まれ落ちた。

 両親は実際に死産たと思ったらしく、そのまま協会に置き去りにしてきたそうだ。


 神父様が、俺のか細い呼吸音に気がついて、慌てて両親を呼び戻したという。


「まったく、生きてるなら生きてると言え! 紛らわしい!」


 俺の五歳の誕生日。酒に酔った父がそんな文句を口にしながら俺の頭をペシペシ叩いた。無茶言うな。


 これが、一回目の(・・・・)両親に捨てられかけた話。

 俺は幼児期に、あと三回ばかり捨てられかけることとなる。


 高熱を出した時。

 母の抱っこから滑って頭から転落した時。

 二人の兄のいたずらで川に投げ込まれて溺れた時。


 虚弱体質の俺はとにかくすぐに動けなくなってしまうため、ピクリともしない俺を見て親はいつも「流石にこれは死んだろう」と協会に置いていった。

 その度に神父様が俺の生存を確認して両親に引き渡していたという。


 そんな俺の名前はライトニング。

 こんな奴どうせすぐ死ぬ。一瞬の命の光だという皮肉を込めて名付けられた。


「ゴキブリ並みにしぶといからゴッキーって名前にすりゃよかったのに」


 上の兄がそう茶化してゲラゲラ笑う。そうならなくて良かったと心底思う。


「おい、お前どうせもう腹いっぱいだろ。肉くれよ肉」


 下の兄が俺の誕生日祝いのチキンを眺めて尋ねる。もっとも、俺に拒否権はない。拒否れば殴られる。

 まあ、いつもは聞きもせずに勝手に奪っていくので、一応は俺の誕生日を尊重してくれているらしい。


「おっと。なんだお前ら、もう食い終わったのか。だったら明日も早いんだからもう寝ろ。特にライトニング。お前、明日が何の日か忘れてないよな?」


「……協会で【スキル鑑定の儀】が行われる日だよ。ちゃんと覚えてる」


「そうだ。明日はいよいよ、お前の生まれ持ったスキルが解明する日だ。寝坊は許さんぞ」


 スキル……。人類が神々より与えられし、魔物への対抗手段。

 協会の教えでは、千年前に異界から魔王が降臨し、この世界を侵略するために魔物を率いて暴れまわっていたそうな。

 世界の破滅を憂いた神々は、人類に神秘の力であるスキルを分け与え、これをもって魔王を殲滅せよと仰せつかった。


 かくして人類はスキルでもって魔王に打ち勝ち、神々はその恩賞として、人類にいつまでもスキルを与え続けることを約束したとさ。

 めでたしめでたし。


 ちなみに五歳にスキルの鑑定を行うのは、最初に神々がスキルを与えたのが五歳の少年だったというだけで、それを踏襲してるにすぎない。なので基本的に何歳からでも鑑定はできる。

 ただしこれには、低年齢で【スキル鑑定の儀】を行うと必ずろくでも無いスキルになるという悪い噂が広がっているので、ほとんど皆、五歳を過ぎてから判別の儀を行うようにしている。


「おいライト! お前が例えどんなスキルを貰ってようが、俺様に逆らうんじゃねーぞ? 【剛力】スキルで虐められたくねーよなぁ!?」


「わかってるよ。上兄うえにい


「お前なんかおいらの【投擲】スキルにだって敵わないんだからな! おいらに反抗したら石ぶん投げてやるからな!」


「やめてよ下兄したにい。わかってるってば」


 うちの兄達は既にスキルを自在に扱っている。一番年下な上に俺は虚弱体質だから、二人にはただでさえ敵わないのに、今みたいにスキルをちらつかせて脅してくるので奴隷のように扱われている。


 上兄の【剛力】は腕力が向上するスキル。家業の畑を耕したり木を伐採する時なんかはもう彼に頼り切っている。

 下兄は【投擲】スキルで、物を投げる時に命中精度と威力が跳ね上がる。今食べてるチキンも下兄が野生の鳥を狩ってきたものだ。


 父の【開墾】スキルはまさに農家としてうってつけだし、うちが貧乏ながらもほそぼそと暮らしていけるのは母の【修繕】スキルの賜物だ。


 俺だけが、この家で何も役に立たない。

 使えないだけならまだしも、虚弱体質が足を引っ張ってる。兄達の奴隷となろうとも文句の一つも言えないのは、彼らに抗えないばかりじゃない。

 自責の念だ。


 明日、俺のスキルがわかる。

 せめて家族の役に立つスキルであって欲しいと願うばかりだ。




 そして、【スキル鑑定の儀】当日。

 村のおじいちゃん神父様と、まだ十代くらいの若いシスターさんが担当してその儀式は執り行われた。シスターさんは見たことがない人だ。


 スキルの鑑定を待つ子供達は俺を含めて十八人。

 ちなみに半数は六歳になる留年組だ。一年待たされた分、目の輝きが違う。

 うちの村は小さいし、神父様もお年なので、【スキル鑑定の儀】を行う労力と人数の比率が割に合わなければ次年度に持ち越すことがざらにあるという。

 今年はきちんと行われる年でよかった。


 腰の曲がったおじいちゃん神父様が、見た目以上によく通る声で開始の宣言をする。


「えー、それでは【スキル鑑定の儀】を行います……。それじゃあまずは、去年待たせてしまった子達からやっていきましょうか。名前を呼ぶから、元気よく返事をして来てください」


 それから、シスターさんが子供達の名を呼ぶ。


「ターラスくん」


「はい!」


 上ずった声。周りからクスクス笑う声に顔を真っ赤にしながらも、ターラス先輩はいそいそと神父様の元へやってきた。


「では、この聖水を飲みなさい。さすれば君の中のスキルが呼応してその神名みなを答えるじゃろう」


 ターラス先輩が手渡されたのは一口サイズの小瓶。中には薄黄色の聖水が入っている。

 生唾をゴクリ。そして、意を決して聖水を煽った。


 瞬間、ターラス先輩は突然人が変わったように無表情になり、冷淡に言葉を放った。


「我は『剣術』スキルである。悪しき魔物を滅殺する正義の執行者なり」


 言い終えて、はっと我に返るターラス先輩。

 今自分が喋った内容は覚えていないようで、挙動不審に辺りを見渡していた。

 泣きそうな顔で神父様に尋ねる。


「ぼ、僕は……ど、どうなったんですか……?」


「おめでとう。君は『剣術』スキルを与えられた。神の勅命に従い、魔物の驚異から人々を守りなさい」


「ほ、本当に……やった……僕のスキルは、『剣術』だったんだ!」


「うんうん、よかったですね。立派な剣術士になって村のみんなを守ってくださいね」


「はい!!!」


 若いシスターさんからの激励を受けて、もうターラス先輩にオドオドした様子はなく、自信に満ち溢れた顔付きで元の席へと戻ってきた。

 協会に集まった観客の中から、ありがとうございますありがとうございますと、息子を讃えられて感謝を述べるターラス先輩の両親が見えた。


「では次、お願いします」


「はい、では……ナップくん」


『はあああい!!!!!!』


 瞬間、耳をつんざく絶叫が教会の中を幾度も反響した。

 まだ耳がキーンとする中、誰もが真っ先に思い浮かんだ心配があった。

 シスターがすぐにそれを代弁する。


「し、神父様! 大丈夫ですか!?」


「うむ……。だが、君ね……。もう鑑定する必要ないよね?」


 すぐに返事を返す神父様に誰もが安堵した。返事をしたナップ先輩は気にしてない様子でニッコニコだが。

 そして鑑定の必要がないと言われたことに対して、ナップ先輩はさらに声を大きくする。


『何でですかあああ!!! やってみないと分からないじゃないですかああああああ!!!!!!』


 文句を言えばうるさくなる。それを悟ってもう誰も何も喋らない。

 神父様は黙々と聖水を渡してさっさと飲ませた。


「我は『咆哮シャウト』スキルである。ありとあらゆる事象を告げる鐘となろう」


 うん。知ってた。昔から村でうるさい子供として有名だった。みんなもナップ先輩のスキルは絶対『咆哮シャウト』だって言ってた。


『やっぱりかああああああ!!!!!!』


 それからどんどんスキルの鑑定は続き、いよいよ俺の順番だ。


「ライトニングくん」


「はい」


 前に出ると、まず神父様に頭を撫でられた。


「ライトニングくん。君のことはよく覚えてますよ。あまりに弱い体で、何度も生死の境を彷徨って、その度に教会の前に置いていかれてましたね」


「そうみたいですね。赤ちゃんだったので覚えてませんけど、神父様のおかげで今ここに立ててるんだと思います」


「いえいえ。それは神の思し召しですよ。生きてスキルを人々のために使いなさいという、神のお告げです。……では、この聖水を飲みなさい」


 言われるがまま、薄黄色の聖水をごくりと一気に飲み干した。

 するとたちまち世界が闇に包まれて、膝が抜ける。夢に落ちる瞬間に目覚めてしまうような気持ち悪い浮遊感に襲われた。


 はっと気が付く。

 辺りはしんと静まり返っていた。

 聖水の小瓶は空だ。ちゃんと飲んでる。ということは、俺のスキルは判別したはずだ。


「神父様、俺のスキルは、なんだったんですか」


 返事がない。呆けているようだった。

 もう一度聞く。


「神父様」


 次はビクンと跳ねて、目に光が戻った。

 まだ少し浮ついている様子だけど、気を確かに、俺を向いた。


「失礼、取り乱しました。……な、なんせ、まさか君が【固有スキル】を与えられていたとは……! おめでとう。君のスキルは『レアドロップ』というスキルだ。まさか私が固有スキルを鑑定できるとは……いやはや、感無量ですよ」


「固有スキル……『レアドロップ』……!?」


 耳を疑う。まさか俺が、固有スキルを与えられていたなんて思いもしなかった。

 これまでの鑑定結果で『剣術』や『咆哮シャウト』といったスキルが挙げられてきたけど、そういった毎年の鑑定でよく名前が挙がる【汎用スキル】と比べて、【固有スキル】は10年に一人にしか発現しないと言われている。


 それにしても『レアドロップ』とは、どんなスキルなのだろう。

 神父様に聞いてみても、そりゃ【固有スキル】は10年に一度のレアスキル。それに【固有スキル】は一律じゃない。神父様からその情報は得られなかった。

 発現も非常に珍しいながら、【固有スキル】はそれ自体も大きな枠組みでしかなく、さらにいくつものスキルに分岐する。


 千年前に魔王を倒した『勇者』スキル。全ての傷と異常を治す『聖女』スキル。それから汎用スキルの最上位互換に位置する『剣姫』や『真打ち』などといったものも固有スキルだ。


 また、今回のように、名前だけ聞いてもよくわからないものも多数あるらしい。

 過去に事例があるスキルならば教会で調べてくれるようだが、中には全くの新規スキルも発現する場合があるとか。


「神父様。【固有スキル】のリストを調べましたら、『レアドロップ』の記載を見つけました」


 しばらくすると、教会の奥の部屋に籠っていたシスターがひょこっと現れた。俺のスキルを調べてくれていたようだ。


「おお、流石です。街の大聖堂から派遣して来て頂いた甲斐がありましたな」


「いえ……、それより、その……なんと言えばよろしいのか……」


 俺のスキルを確認してくれたはずのシスターの顔色が優れない。その反応は明らかに、俺のスキルに何かしらの要因があることを示唆していた。

 不安が募る。鼓動が早くなる。


「なんですか。はっきりと言ってください。ライトニングくんのためにも、どんな【固有スキル】なのか、教えてあげるべきです。それが我々の務めですよ」


「は、はい。では申し上げます。まず『レアドロップ』とは、モンスターを倒したときに、低確率で希少なアイテムを出現させるスキルとなります」


 モンスターを倒す……つまりこの固有スキルは戦闘系のスキルになるわけだな。

 魔王が討たれて千年。しかし魔物はいまだに健在で、世界中にその猛威を振りまいている。

 そんな危険な魔物を倒すためのスキルが俺に宿っていた。わかりやすく人々のために貢献できるなんて、俺にとっては願ってもないスキルだ。

 これでもう家族の邪魔者にならない。もう、自責の念で奴隷を甘んじる必要もないんだ。

 

 俺の人生は、ここから始まるんだ──。


「しかしながら、スキル所持者は【ステータス1固定】となるデメリットがあり、かつパーティーを組むとスキル効果が無効化されてしまうらしく……そのため、実際に『レアドロップ』スキルの発動を成功させた事例は確認できてません」


 …………は?

 淡々と告げるシスターを見る。目が合う。哀れみの眼差しが向けられていた。


「固有スキルの発生率とその計り知れない有用性を鑑みれば、『レアドロップ』というスキルの発現は、人類における【100年の損失】と記載されています」


 無慈悲に甲告げられるその言葉に、目の前が真っ白になって、意識は絶望のどん底にずぶずぶと沈んでいく……。


 その日から、俺は正真正銘の奴隷となった。

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