それぞれのカラー!
ブロック塀の向こうから「おい! おま、タイミング合わせろよなッ! ポーズ決めたら『ドーン!』だろうがッ!」と、よく通る声の男性が誰かを詰るのが聞こえてきた。
「ナヌン・チャル・モッタンゴ・オプソ。イ・スピカ・スレギ(俺は悪くない。このスピーカーがゴミなんだ)」
詰られた相手の男性なのだろう、話している韓国語には不満の色が滲んでいる。
「……今コイツ、なんて?」
「さぁ? 俺、中国語とかわかんねぇし」とくぐもった声の男性が答えた。
「チョヌン・ハングゥサラミダ(俺は韓国人だ)」
韓国人のイケメン度合いへの期待と、湧き上がる好奇心を遂に抑えきれなくなった主婦たちは、塀に沿って門のところまで静かに移動すると、物陰から頭だけを出してコッソリと敷地内を覗き込んだ。
そこには赤い全身タイツに身を包んだ、異なる体型の五人の後ろ姿があった。が、日の当たり具合なのか、それとも建物の影のせいなのか、それぞれの色味に微妙な濃淡の差があるようにも見える。さらに奥のほうでは、まさしく泥棒といった風体の目出し帽を被った、横幅のある腹の出た男と長身でガリガリに痩せた男が、所在なげに立ち尽くしている。
上背のあるガタイの良い真紅のタイツ男が、似たような色をした細身の男に向かい、くぐもった声で「だから、中国語わかんねぇって」と投げやりな調子で言った。
「アニィ! チョヌン・ハングゥサラミダ!(違う! 俺は韓国人!)」
空き巣のアニキと呼ばれたほうが「あの……」と声をかけるも、赤タイツたちの声に掻き消されてしまい、主婦たちを含め誰一人として気づいた様子はない。
「なぁ、なんでコイツ加入させたわけ? コミュニケーション取れねぇじゃん。てか、連れてきたの誰だよ?」
中肉中背の赤タイツ男が通りの良い声で怒ったように言い、他の四人の顔を見回した。リーダーなのか、もしくはただリーダーを気取りたいだけなのか、わざと威圧的な態度を取っているようにも見える。
「なんでって、戦隊モノのヒーローは五人がデフォじゃん。それに、スピーカー持ってもらうヤツ必要だったし」
真紅のタイツ男がもそもそと答えると、明るめの赤タイツを着た小柄な男が「五人? あの、そこにもう一人いますよ」とヘリウムガスを吸ったような高い声で指摘した。
「は? いや五人だって。なに怖ぇこと言っ」
「もう! やめてよ〜、そういうの〜。あたし怖い話とか苦手なんだからぁ〜」
暗めのピンクタイツを着た女性がリーダーらしき男の言葉を遮り、身をくねらせながら甘えたような声を出した。
「いや、いますってば! よく見てくださいよ! ほら、そこ!」
小柄な赤タイツ男が指差すと、他の赤タイツたちはもとより、様子を窺っていた主婦たちや空き巣の二人までもが、建物の影となっている部分へ一斉に目を向けた。
しばらくは何も起こらず、おもしろくもない冗談に付き合わされたと一同が思いはじめた頃、突然「え? あ……自分すか?」と真っ黒な影が口を開いた。
「ひぎゃああッ!」
「ッだあ! ビビったぁ……」
「きゃぁぁぁぁッ!」
「シッバ!(ファック!)」
おのおのが口々に悲鳴を上げて後退り、場は一瞬にして混乱に陥った。言葉を発した黒い人影に口らしきものは見当たらず、顔面があると思われる位置には、両の白目だけが妙にくっきりと浮かんでいる。
「ほらぁ! やっぱりいるじゃないですかぁ!」
「マジかー。ぜんっぜん気づかなかったわー」
棒読みのセリフのように呟いた真紅タイツ男とは対照的に、リーダーらしき赤タイツ男は「てか、なんでオマエだけ黒いんだよ? 顔どころか瞼まで黒いし。それなんか塗ってんのか? つーか、黒すぎだろッ!」とややキレ気味で黒タイツ男に迫った。
「え、そんな、なんでって……好きな色でいいって言われたし……それに、ベンタブラックは可視光の99.9パーセント……それ以上? を吸収するから……黒すぎて見えないのが普通? でもこれ、実はベンタブラックじゃなくて……代替品の無反射植毛布っていう……」
黒タイツ男が歯切れ悪く答えていると、黙って成り行きを見守っていたアニキが「あのぅ……取り込み中に悪いんだけどさ」と遠慮がちに口を開き、「その、色々と疑問はあるんだけど……まず、おたくら何者?」と困惑した顔で訊ねた。
「はぁ⁉︎ さっき言ったじゃねぇかよ。おっさん、聞いてなかったわけ?」
「おっさ……俺、まだ二十八なんだけど……」
「しょうがねぇなぁ〜。じゃあ、もう一回やるから、ちゃんと聞いといてくれよ」とリーダー格らしき赤タイツ男が言い、「おい、チャイナ! 今度はきっちりタイミング合わせろよ」とポータブルスピーカーを持つ濃色の赤タイツ男に命じた。
「クロニカ・チョヌン・ハン……(だから俺は韓……)」
「雷鳴轟く」
「いやいやいやいや! そこはもういいって、マジで! 何とかジャーでヒーロー的なモンだってのは、なんとなくわかったから!」と慌てて赤タイツ男の口上を止めたアニキは、「そうじゃなくってさ……あー、どう言えばいいんだ?」と呟いて渋い顔を作り、考え込むような感じで額に手を当てた。
「なんだよ、質問は考えをまとめてから言えよな。俺らもヒマじゃねぇんだよ、わかる?」
年下と思われる赤タイツ男の横柄な物言いに対し、アニキは頬の筋肉をピクつかせながらも「ああ……そうだな。じゃあ、それは置いとくとして、別な質問いいかな?」とかろうじて大人な対応をすることで乗り切った。
「だから早くしろって言ってんじゃん」
アニキは無意識に拳を握りしめつつ、大きく深呼吸をしてから口を開いた。
「うん……その、おたくら、なんで全員レッドなわけ? ああいうのってもっと色のバリ」
「あぁ⁉︎ ちっげぇよ!」と突如として声を張り上げたリーダー格らしき赤タイツ男は、「全員レッドじゃねぇし! 目ん玉潰れてんのかッ⁉︎ このクソオヤジッ!」とアニキを口汚く罵った。
「いや、だから俺まだ二十八で……」
憤懣やるかたないといった様子の赤タイツ男は「レッドは俺だけに決まっ……あッ!」と何事かに気づいて急に言葉を切り、アニキに背を向けて他のメンバーたちへ向き直ると「おい、オマエら! アレやるぞ! ちゃんと考えてきたんだろうな?」と声をかけ、黒タイツ男を含めた六人で何事かを話し合いはじめた。
「アーニキィ。今のうちにズラかっちまいやしょーよー」
「まぁ、待て。相手は真っ昼間っから全身タイツ姿で、恥ずかしげもなく堂々と住宅街をウロついてるような連中だぞ? ヘタなことすると何されるかわからねぇ……とりあえず好きにやらせて隙を窺ったほうがいい。どっちにしろコイツらが邪魔で門のほうには近づけやしねぇからな」
空き巣の二人がコソコソと話していると、リーダー格らしき赤タイツ男が振り返り「いいか、よぉく聞いとけよ!」と前置きをしてから、「チャイナ! 効果音!」とスピーカーを持つ男に再び大声で命じた。
「チョンナ……(クッソ……)」
ブツブツと文句をこぼしながらも、韓国人の赤タイツ男がスマホを操作するなり、金属同士がぶつかり合うような「シャキーン!」という音がスピーカーから飛び出した。
数歩前に進み出たリーダー格らしき赤タイツ男は、左半身を前に出したポーズを取ると「惑わされるな! 本物のレッドは俺だけさ、オリジナルレッド!」と、力こぶを作る要領で右腕を曲げ、己の顎のあたりを親指で指し示した。
同じ金属音が鳴り、真紅のタイツ男がオリジナルレッドよりも一歩前に出るや「それはどうかな? 色の濃さこそリアルの証明、ディープレッド!」とくぐもった声で叫ぶと同時に、中腰になって両腕を思い切り左右に開き、ちょうど通せんぼをするような姿勢を取った。その伸ばした右手がオリジナルレッドの腹部に当たり、彼は軽く腰を引いて呻き声を漏らした。
金属音は続き、今度は薄らと紫がかった明るめの色をした赤タイツ男が、ディープレッドの左腕を邪険に押しのけて前に出て、「古くは地中海のカイガラムシに端を発する古の赤、クリムゾン!」と甲高い声で言い、直立の姿勢を保ったまま、かけてもいない眼鏡のフレームを右手の指先で押し上げるような仕草を見せた。
続いて四人目は赤ではなく暗めのピンクタイツを着た女性で、三人の赤タイツ男たちの前で左半身を下にして横たわり、左手で頭を支えながら「無視されるよりはずっとマシ! 下ネタ、お触りどんと来い! ローズレッド!」と右脚を斜め四十五度に開いてピンと伸ばした。
スピーカーを持った濃厚な色の赤タイツ男は、気怠そうな足取りで前に出てくると、ポーズを取っている四人の前に脱力した様子で立ち「ハングクエソ・ワッソ・チャグチョギン・サジャ、コチュジャン・パルガン(韓国からの刺激的な使者、コチュジャンレッド)」と面倒臭そうに言い、左手のスピーカーをアニキの鼻先すれすれにグイッと突き出した。
最後にのそのそとやってきた黒タイツ男は、韓国人の左隣に並んで「あー、あま、遍く光を、をー……も、漏れなく吸収? ベンタブラック」と感情のこもらない声でボソボソと言い、特にポーズも取らずに忙しなく何度も瞬きを繰り返した。
「我ら、極限戦隊! ゲンカイジャー!」と韓国人以外の男女四人が声を合わせたあと、ベンタブラックが「……ジャ、ジャー」とおどおどと呟くや、先ほどと同じく数テンポ遅れてちゃちな爆発音がスピーカーから鳴り響いた。