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ヒーロー見参!

 世の中には数多あまたの悪が蔓延はびこっている。窃盗、強盗、恐喝、傷害、暴行、詐欺、放火、強制猥褻、強姦、殺人などなど、悪事や犯罪の数や種類は枚挙にいとまがない。


 当然、そういった悪を取り締まるのは警察である。だが、年々増加傾向にある我が国の犯罪に対し、彼ら彼女らだけでは対応しきれなくなってきているのも事実であった。


 警察官の増員を図ろうにも、命の危険と隣り合わせの職業のわりに給料が安いという不満から、政府の思惑とは裏腹に警察機構へ就職を希望する者の数は目に見えて減少していた。


 このような困難な状況に立ち向かい、跳梁ちょうりょうする悪人たちを自らの手で裁き、世界の平和を守らんとする勇敢な戦士たちがいた。




 まだ日が高い位置にあるうららかな春の午後。車通りのほとんどない閑静な住宅街の路上に、頭を突き合わせるようにして井戸端会議にふける、四十代らしき主婦たち四人の姿がある。みなそれぞれが買い物の帰りなのだろう、うち二人は膨らんだエコバッグを片手に提げ、ほか二人の手にはスーパーの店名が印字されたレジ袋が見える。


「ところで、どう思いますぅ? この前の回覧LINEにあったアレ」


「アレ? あー、あの悪の組織だか何だかっていう……」


「そうそう! 怖いわよねー」


「ねー」


「そういえば、聞きましたぁ? 泣西なきにしさんとこの旦那さん、一昨日の夜だったかしら? 帰宅途中にその何とかって連中に襲われたって」


「えー! こわーい!」


「違うわよぉ。あれは酔っ払ってドブに落ちたのが恥ずかしくって、それで……」


「あらやだ! そうだったのねぇ。私もおかしいと思ってたのよぉ」


「おかしいっていえば、その何とかって連中の他にも何ちゃらってグループが」


「ちょっと〜、『何とか』に『何ちゃら』じゃ何もわからないじゃな〜い」


 四人の笑い声が響くなか、和やかな空気を破壊するがごとく、突如としてガラスが割れる大きな音が聞こえ、文字どおり彼女たちをこおりつかせた。


「え? なに、今の音?」


「泥棒……とか?」


「まっさか〜、こんな昼間っから泥棒?」


「子供がイタズラして窓でも割ったんじゃな〜い?」


「でもそれはそれで大変じゃない? もし子供が怪我でもしてたら……」


「ねぇ、ちょっと行ってみましょうよ!」


「そうね、行ってみましょ!」


 野次馬根性を丸出しに、破砕音が聞こえたほうへと小走りに駆け出した主婦たち。現場へ近づくにつれ、誰からともなく自然と速度を緩め、やがて足を止めた。振り返った先頭の女性が口の前で人差し指を立てると、みなも同じように指を立てて互いに顔を見合わせた。


「バッキャロー! 静かにやれって言ったじゃねぇかッ!」


「ウシシ、しーましぇーん、アーニキィ」


 主婦たちが身を貼りつかせているブロック塀の向こう側から、男性二人のやり取りが聞こえてきた。怒りで興奮しているらしく、アニキと呼ばれたほうの声はかなり大きい。叱られているほうの男は意に介していないのか、もしくは元からそういった声質と喋り方なのか、その返事はどこかふざけているようでもある。


「何のためにマイナスドライバーとバーナー持ってきたと思ってんだッ!」


「でーもでもでも、アーニキィ。ガーラスってのぁ、割ったら音が出っちまうもんでねぇですかい?」


「そりゃオメェがバール的な得物えもので叩き割ったからに決まってんだろッ!」


「うっひゃあ、なーるほどですね。さーすが、アーニキィ!」


「いくら過疎ったクソ田舎っつってもよ、どこで誰が聞いてっかわっかんねぇからな!」とアニキはそこまで言ってから、ようやく自分の声の大きさに気づいたようで、急に声をひそめると「だからよ、仕事ってのはコッソリやるに越したこたぁねぇんだ。わかったか?」と先輩風を吹かせた。


 空き巣らしき二人の会話に目を見開いた主婦たちは、「いろいろな意味でヤバイ連中だわ」と言いたげな様子でうなずき合っている。


「それじゃあ早速、金目のモンいただいてとっととズラかっぞ」


「ウシシ、そーしゃーしょう」


 主婦の一人がスマホを取り出し、警察への緊急通報をしようとしたその時、管楽器を主体とした勇ましいメロディーが聞こえてきた。誰かの着信音だと思った主婦たちは、口角を思い切り真横に引きながら口の前で人差し指を立て、必死の形相で互いの顔を確認しあった。


「おい、小塚こづか! 仕事中はマナーモードにするのがマナーだろうがッ!」


「アーニキィ、おいらのスマホじゃあねぇですよぉ」


「じゃあ誰が……って、なんだ、その目はッ! オマエ、俺を疑っ」


 突然、どこからともなく男性の高らかな笑い声が聞こえてきて、空き巣たちだけでなく主婦たちまでもがギョッとし、慌てた様子で周囲を見回しはじめた。


「雷鳴(とどろ)く秋の雨」


 舞台役者のようなよく通る声が響くなり、アニキが「な、……」と声を漏らしたものの、すべて言い終わらぬうちに別の男性のくぐもった声がそれを掻き消した。


風雲急ふううんきゅうの阿鼻叫喚。おためごかしの虚仮こけ(おど)し。暖簾のれんに腕押しぬかに釘。ツバキつま夫木(ぶき)かぶき揚げ」


「かぶき揚げ?」といぶかるアニキを無視し、さらにまた別の男性のものと思われる甲高い声が続く。


誰時たれどき彼時がれどき。ハチャトゥリアンにクシャトリヤ」


「ハチャトゥリ? 一体なん」


 喋ろうとするアニキの言葉を食い気味にさえぎり、「なにがしそれがしくれがしの」と今度は女性のつややかな声が上がった。


「ありおりはべり、いまそかり。天網恢々(てんもうかいかい)跳梁ちょうりょう跋扈(ばっこ)くるわ胡桃くるみが狂い咲く!」


「え、ちょ、なに……」


 戸惑うアニキをよそに、男女四人が「我ら、極限戦隊! ゲンカイジャーッ!」と決めゼリフよろしく声を揃えたあと、低音部分が音割れした安っぽい爆発音が数テンポ遅れて鳴り響いた。

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