表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ガラスの金魚

作者: 斎賀弓

 

いっぱしの丁稚のような顔で、彼は走っていた。切れ掛けの草履緒が細く撓み痛いほど食い込んで、涙のように滔々と溢れる汗が眼郭に滲みても、止まらずに駆けて兄を目指した。


彼の人は、今もあの飴茶の書置台の縁へまっ白い肘をついて、紗布も垂らさずに、まっすぐ陽の日を見降しているだろう。


あの蒼い、いっそ熱いほどに冴え冴えと冷えた眼を想う時、彼の心臓は過たずぎゅうとヴィオラの絃で搾られた柚子のように、粉々に砕かれる。


言いつけが律法の如くに従順な姿を、学友に笑われても、母親に忌まれても、気にしなかった。


彼にはほかに、もっと留意せねばならぬことが多く厚く、しかもその殆どが、非道く繊細な匙加減によって刻々と色を変えた。


真昼に中空を揺られる水が綺羅綺羅しく煌きを放って、金錦の綾模様が如何にも愛玩用と優美に翻っても、彼はそれには目を遣らない。


ただ、この命が絶えずにあの部屋へ、あの眼差しの許へ辿りつけばそれで善い。



走るほどに息が荒れ、進むほどに目が眩んだが、それで佳かった。


だって、だって、兄が云ったのだ。僕に云った。


小間使いのとまでも、家令でも、あの母でもなく。僕に仰った。この僕だけに。


それだけでもう好い。



だから、もしこの小さな囚魚を眺めて、兄さんが細い骨を歪めてちらとでも笑ったなら、


僕はこの手を離して全てをぶち撒けて、蹴っ散らしちまおう。


壊れやすいもののほうが稀貴だって、これは僕が兄さんに教わったんだから。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ