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かわいい熊さんこわもて子猫

こわもて猫さんとかわいい熊さん

作者: ねいと

私、キャシーは10人見た人が10人とも華奢で可愛いといわれる容姿をしている。私自身もわかっているから、この容姿を利用して上手に人間関係を築いている。街を歩けば声を掛けられるのは勿論、見た目が『か弱そう』なので強引に腕をとって連れて行かれそうになったことは数え切れないほどだ。もちろん、身を守るための努力はしている。でも、老若男女に可愛く、か弱く見えてしまうので守ってあげたいという庇護欲を掻き立てられる人が後を絶たない。


たとえその中身が残念なくらいがさつで猛者だろうと。


「キャシー!!おはよう」

「あ、おはようアンドルー。今日もいい天気だね。」

「そうだね。空気がおいしいね。」


ニコニコ


「じゃあ、私こっちだから。またね。」

「あ・・・。うん。またね。」


何か言いたそうにしていたが自分は彼ではないので知ったこっちゃない。言いたいことははっきりと言えばいいのだ。それに時間がいつもより経っているので、早くいかないと『あれ』が見られないし、特等席がなくなってしまう。慌てて早足で歩いていると、後ろからバタバタと足音が聞こえてきた。


「おーーーい。キャシーーーー!!おーはーよー。」

「そんな大声出さなくったって聞こえてるって。おはようリンダ。」

「おはよ~。今日もどんより曇り空だね。昼過ぎから雨降りそう。」

「そうだね。まあ、食堂的にはばっちりだけどね。」

「さすが、看板娘は言うことが違う。」


私の家は食堂を営んでいる。祖父が祖母とともにこの町で食堂を開き、その子供である私の母が祖父の弟子だった父と結婚して私が生まれた。

まあ、この辺ではよくあることだ。子供は私と弟の二人が生まれ、三世代で食堂を切り盛りしていたが、父さんの料理を食べたある貴族サマが大層父さんの料理を気に入り、ぜひとも出張して料理を作ってほしいというので貴族サマのお屋敷まで晩餐を作りにいった。そのあと、深夜に仕事を終えて帰る途中で事故にあい、二人とも死んでしまった。

その貴族のおじさんは、すまなかった、と、わざわざ食堂まで足を運んで頭を下げてくれた。父さんと母さんを亡くした私たちに不自由がないようにと、私と弟が成人になるまでいろいろと世話をしてくれる約束をしてくれた。でも身分不相応は不幸の素。私と弟はじいちゃんばあちゃんの四人で回せるくらいの今の現状で満足している。いざというときに私と弟のそれぞれひとつだけ願いを叶えてくれるらしいが、未だ願い事の出番は来ない。

おじさんは援助の代わりに、と言ってよくうちにご飯を食べに来てくれる。最近気づいたが、小さい頃からおじさんについてきて食堂で食事をしていた男の子がなぜか一人でよく来るようになり、しまいには何か言いたげにしては世間話をして去ってゆく。

この雰囲気からいって、多分告白してくるんだろうけど、言われる前から断るのって自意識過剰っぽくてやな感じじゃない?

そんなことを思っていると例の小道に出た。


「キャシーはこっちでしょ?」

「うん。」

「あれ見に行くの?」

「そう。」

「へ~~~。」


ニヤニヤしているリンダの顔をだまれッとにらみつけてさっさと小道に入っていく。

気が急いているせいか早足だ。

茂みのように見えるけもの道を抜けると小さな小屋の前に出る。庭師のヘンリー爺さんの道具小屋だ。

目の前には庭づくりに必要な木や花、ハーブから薬草まで様々な植物が生き生きと茂っている。

その一角で猫と犬が数匹餌を食べていた。

遅かったか・・・。くそ、アンドルーめ。許さん。


「遅くなってごめんなさい。」

「いや、俺も今来たところだ。」


ぱたぱたと近づいて足元でえさを食べている動物たちに持ってきた残り物をエサ皿に入れる。

うれしそうに一声鳴いてしっぽを振りながらおいしそうに食べる子犬と子猫と子ウサギたちの様子はとてもかわいくて、ささくれていた私の心にトリプルパンチだ。

顔がにやけているのは承知しているが、そんな私を横目でちらっと見てそのまま自分の餌をモグモグと食べている天使たち。それをにこにことしながらいそいそと世話を焼くグリズリーのような大きくていかつい男。


「かわいいな~。」

「ああ、ホントにな。」


いえいえ。今のかわいいな、は、あなたに向けて言ったのですよ。ジンさん。


******


初めてジンさんに会ったのは3か月前。店の裏口に子猫が捨てられていたことがあった。うちは食堂だし衛生的に飼うのはどうだろう、ということで、里親を探してはいたがなかなか見つからない。1週間もすれば情もわいてきてしまった。どうしようかと困っていた時に話しかけてきてくれたのが、ジンさんだった。


「困っているようなら俺が引き取るけど?」


申し訳ないけれど、あまりの雰囲気の怖さに荒くれ物を沢山間近で見ていて慣れているはずの私が怯んでしまった。

ジンさんはこの辺りの人では知らない人がいないくらいの有名人だ。ただし、怖い方の。

髪が赤いことから『赤鬼』という二つ名をつけられ、黙って立っている時の迫力もすごい。なんでも盗賊団の一つ、二つ、軽く捻って壊滅したとか何とかで、今では町の顔役にも一目置かれているとか。

そんな人に子猫なんて渡したら食べられてしまうかもし+れない。

そんな私の内心を見透かしたようにちょっと笑った赤鬼はそっと食事代をカウンターに置いた。


「時間のある時でいいからちょっと俺の職場まで子猫を連れて来てくれないかな?」


ジンさんはそう言って、庭師のヘンリーさんの名前を出して食堂を出て行った。

行くわけねーだろ、なんて思った私は悪くないはず。でもちょっと笑った時のジンさんの目は寂しそうだった。なんか見覚えがある目だと思って、思い出そう、思い出そうとしたら、寝る前に鏡の前で髪をとかしていた時に気付いた。。

私の外見で寄ってきた人が勝手に誤解しなじってきた時に傷ついた自分の目だった。


------ あれ? 私も外見で判断してた?


次の日の昼にジンさんが来なかったらヘンリーさんのところに押しかけようと思っていたところに食べに来たので、他のお客さんたちに給仕しながら観察してみた。

店に入ってきた時から黙っているのに存在感がすごくて、はしゃいでいた子供が行儀良くなってる。頼んだランチセット大盛を持っていったときもよく見ると目礼してるし、礼儀正しい。

マナーもいいし、いただきます、ごちそうさまも小声で言ってるし、隣のテーブルでランチ食べてるアンドルーと同じくらい所作もきれい。あ、アンドルーいたんだ。

食べ終わったのを見計らって食器を下げにジンさんのところに向かう。


「いかがでしたか?ご満足いただけましたか?」


これでもかの営業スマイルで話しかけられると思ってなかったのか、いつもの無表情よりも少し目を見開いて固まっているジンさん。


「おーい、聞こえてます?」


ジンさんの目の前で手を振ってみる。


「あ、いつものようにうまかった、と思う。」

「よかったです。それで、この後時間ありますか?」


畳みかけるように話しているから話の流れはめちゃくちゃだが、ジンさんは固まってしまってほとんど動かない。このまま私のペースに巻き込んでしまうことにした。なにせ、自分でもドキドキしすぎて勢いで突っ切っているのだ。


「昨日言っていたヘンリーさんの所に行きたいんですけど、連れていってください。」

「・・・。」


・・・無言は精神的にきついという事を発見した。これからは質問に無言で返すのはやめよう。


「聞いてます?」

「っ、ああ。わかった。」


------ っしゃー!!


何とか隣を歩く許可をもぎ取った。ちょっと寄るところがあるというジンさんと連れ立って店を出た。もちろん家族には話は通してある。私の人を見る目は確かだとは思うけど何かあってからじゃ遅いからね。


ジンさんと私という組み合わせは珍しいのか道行く人がびっくりして話しかけてくる。


「大丈夫か?」 「なにかあったのか?」


そのたびに私の中での最上級の笑顔で、距離をとろうと離れていくジンさんの腕に腕を絡めて逃がさないように捕まえる。


「うん。大丈夫よ。」 「子猫を飼ってくれるんですって、優しいわよね。」


と、いつも以上に愛想よく返してゆく。私のせいでジンさんに悪い噂がたったら申し訳なさすぎるし、ジンさんに嫌われたくない。

それにしても、ジンさんはさっきから体に変に力が入ってる。ぎくしゃくしてる。それが不審さを増していると思うんだけど・・・。しかし、街の人に『人さらい』なんて言われてもジンさんは何も言い返さない。私だったら笑顔を振りまいて嫌味を言ってやるのに。


「何でジンさんは何も言い返さないんですか?」

「・・・俺が何か言うと変に怖がらせてしまうからな。」


まあ、顔が怖いというより雰囲気が怖いのよね。存在感がありすぎるのも考え物ね。


「それで、あの、君、腕を離して、くれないか?」


ん?なんて顔をしながらぎゅううううってジンさんに絡めてる腕に力を込めてやった。何だか腕を離したら負けだと思った。何に負けるのかはわからないけど。


「あ、自己紹介してませんでしたね。私、キャシーって言います。よろしくお願いしますね。」

「ああ、すまん、俺はジンという。」

「知ってますよ。『赤鬼』さんですよね。食堂でも話に上がります。あれ、全部本当ですか?私はなんか違和感があるんですけど?」


子猫を飼ってもいいなんてこと言う人と冷血で残酷な『赤鬼』との差がものすごい違和感。ひょっとしてこの人も私の仲間なのかしら。


「あー・・・。あれはたいてい嘘だな。」


ヘンリーさんのところに行くまでぽつぽつと話してくれた内容に私は納得した。


本当は見掛け倒しだってこと。

本当はこちらから手を出したことすらないこと。

本当は全部勝手に負けた相手が言いふらしてること。

顔役に気に入られてるのは本当。ただし、仕事で庭仕事をしている時に顔役の趣味で栽培しているバラの枯れそうだった原因を解決してあげたんだって。


じゃあ、みんなに勝手なイメージを持たれるなんて、私と一緒ですね!と、思わず言いかけてやめた。

なんでかはわからないけどここは猫をかぶっていた方がよさそうだと思った。

途中、大きな屋敷に寄って少し待たされた。案内された応接室にいたのはにこにこと笑っていて優しそうな素敵なおじいさまだった。一緒にお茶でもどうか、と、問われ、もちろんです、と笑顔で返す。直ぐにお茶と可愛らしい焼き菓子が運んで来られ、すすめられるままに香りの深いお茶を口に運ぶ。


「どうかな?」

「とてもおいしいです。」


そのまま世間話をしたのだけれど、おいしいお茶と焼き菓子は私の口を軽くするのに十分だったし、加えておじいさまはとても朗らかで話し上手、聞き上手でした。

気付いた時には生い立ちからここに来た理由まで全部話してしまった。恐るべし、おじいさまパワー。

話題の中心は自然と共通の知り合いのジンさんの事になり、おじいさまから見たジンさんは不器用で頑固な男だという事もわかった。


うーん、ちょっと私の印象とは違うな。

不器用なのは同じだけど、頑固よりも・・・なんだろう。


そんな話をしていたら本人登場。噂をすれば影。

仲良く笑っているところに現れたジンさんは少し土で汚れていた。


「終わりました。」

「おお、もうそんな時間か。やはり至福の時間は過ぎてゆくのが早いのう。」

「・・・。次回のスケジュールだけれども・・・。」

「あいわかった。ジンに任せる。」

「ありがとうございます。それでは、またお伺いいたします。」



ちょっとおじいさまと仕事の打ち合わせをしたあとお屋敷をお暇して、そのままヘンリーさんの仕事場に向かった。

ヘンリーさんの仕事場には小屋が二つあって、ジンさんが、裏が俺のうちなんだ。なんて教えてくれた。さらにジンさんのうちの裏に連れていかれて、一瞬体がこわばってしまった。こんな感じのところで何回も危ない目にあっている自分はうかつなことをした、と。どうやってこの場から逃げようかと考えたが、すぐに誤解ということが分かった。だって、そこには子犬と子ウサギと子ギツネがゆったりとくつろいでいたのが見えたからだ。その子たちを視界に入れた瞬間のジンさんの目と雰囲気が一気に柔らかくなったことに驚いて固まってしまった。渡した子猫も加えて全部で4匹になった子犬たちはジンさんからもらった餌をはむはむ、無心になって食べている。

それを満足げに穏やかに見つめるジンさんは、まるでグリズリーが安楽椅子に座ってレース編みをしている様!!


「っ、かわいい。」


私が思わず言ってしまった言葉に反応してジンさんが嬉しそうに話し出す。さっきまでの片言だったのが噓のように饒舌だ。


「そうだろう? こっちの奴は生まれてすぐに親からはぐれたらしくってな・・・。」


いやいや、違いますよ。ジンさんが可愛いんです。子犬たちも可愛いですけれど、子犬を宝物のように持っているその手がジンさんの性格を表しているようで、自分もあんなふうに愛情の籠った目で見てほしいし、あの大きな手のひらで優しく撫でてほしいな、なんて思ってしまった。

で、唐突に悟ってしまった。

私はジンさんが好きになってしまったようだ、ということに。

まさかの心の展開に自分で自分を小一時間ほど問い詰めたい気持ちと、ジンさんの一挙一動を見逃すまいとじっと見つめていたい、ひっつきたい衝動とで大パニックだ。

結局そのあと当たり障りのない話をして、子猫を預けて家に帰ることになったのだが、送っていただけることになりました。とっても嬉しくて舞い上がりそうになりましたよ。だってもう少し一緒にいたかったから。でも、お仕事とかは大丈夫なのかしら。


「大丈夫。さっきのでもう今日の仕事は終わった。あ、そうか。食堂は夜もあるんだよな。」

「はい。もう帰らないと夜の準備ができません。」

「そうか・・・今から送るよ。急がないとな。」

「ええ、いや、その、いいですよ。大変じゃないですか?」

「迷惑なら最初から言わない。あ、すまん。俺に送られてはキャシーさんに迷惑か。」

「いえ、うれしいです。ほんとにご迷惑でなければお願いしたいです。それに、キャシーって呼び捨てしてください。」


ものすごくうれしくてどさくさに紛れて呼び捨てにして、なんて言ってしまった。気持ちが大きくなっていたせいか私は少しうつむいていたジンさんの腕にそっと両手を添えてみた。少しは私の事を意識してほしいって思ったから。

帰り道は少し暗い道だったからジンさんが送ってくれて本当に助かった。

あんまり会話が弾まなくて沈黙が何回かあったけれど、大きな失敗はしてないと思う。街に戻ってきて食堂の裏口に着いた時、次の約束を取り付けていないことに気付いた。


「あの、ジンさん。朝の餌の時間は何時ころですか?」

「えと、大体七つの鐘時には餌を上げて・・・。」

「じゃあ!! じゃあ、あの、食堂の残り物とか持っていってもいいですか?」

「ああ、それは助かるな。」

「さっそく明日から行きますね。」

「わかった。無理しなくてもいいからな。よろしく頼むよ。」

「はい。」


------ どうか少しはジンさんが私の事を意識してくれますように。



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