法務官エヴァ・ハヴィランドの憂鬱Ⅲ
「法務官エヴァ・ハヴィランドの憂鬱」と「法務官エヴァ・ハヴィランドの憂鬱Ⅱ」の続編です。
加筆しております。
「法務官エヴァ・ハヴィランドの憂鬱」
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「法務官エヴァ・ハヴィランドの憂鬱Ⅱ」
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今回は毒親がテーマです。
「エヴァ様、少しよろしいでしょうか?」
法務官エヴァ・ハヴィランド、が後輩であるサーシャ・カナエワから一つの相談を受けたのは、初夏を迎えようとする頃だった。
「どうしたの、サーシャ?」
「実は、私の知人の件でお知恵をお借りしたいのですが・・・」
サーシャは、エヴァに事の詳細を話し出す。
「私の友人に、ディアナ・アファナセワと言う女性がいます。彼女は、幼い頃より家族から、その存在を軽視されております」
「それはどうしてなの?」
「彼女のご両親が、妹であるロミナ嬢のみに偏った愛情を注いでおりまして・・・」
「つまりは、姉よりも妹を可愛いと言う訳ですね」
「はい」
その後の話を聞くと、妹のロミナは姉のディアナの持っている物をすべて欲しがると言う。
これが、彼女たちが幼い頃から行われており、ディアナの大切なドレスや人形などを欲した。
ディアナが断ると、ロミナは両親に姉が譲ってくれないと訴え、両親はディアナに譲るように怒ると言う。
結果として、彼女はこれまで妹に大切な物をすべて奪われた。
「そして、今回は最悪な事態となりました」
「何が起こったのですか?」
「ディアナの婚約者を奪われたのです」
サーシャは続ける。
「ディアナの婚約者は、騎士階級で有名なワインスタイン家の長子、レイフ氏だったのですが、ロミナ嬢が一目ぼれしたそうで、両親に働きかけ無理やり婚約者にしたのです」
「酷いものですね」
エヴァは呆れてしまう。
いくら何でも、妹に譲れと言うディアナの親の心が理解できない。
「妹が妹なら親も親ですね。ディアナ嬢に対して、何故そのような冷たい態度を取れるのでしょうか」
「それは、ディアナもわからないと話しております。気が付けばそのような関係になっていたと」
どの家庭にも、問題と言うのは存在する。
だが、アファナセワ家は誰の目から見ても異常であった。
しかも、本人たちはどうみても、その異常性に気付いていない。
「姉の物を・・・妹が欲するのはわかります。姉妹と言うのは、姉への憧れや真似をしたいと言う思いがあります。ですが・・・婚約者までと言うのはあまりに理不尽です」
「はい。ですので・・・このままではディアナは心を病んでしまいます」
サーシャは、ディアナが婚約者を奪われた時に彼女が涙を流しながら、自分の不遇を嘆いた姿を見ていた。
その光景に、彼女を救いの手を差し伸べなければならないと思っていた。
そのためにも、エヴァに助けを求めたのだ。
「わかりました。では、ディアナ嬢にお会いしましょう」
「ありがとうございます!」
翌日、エヴァの元にサーシャに伴われて、ディアナが訪れた。
ディアナは、婚約破棄後は屋敷に戻っておらず、サーシャの元で休養していた。
ディアナは、妹のロミナの我儘や婚約破棄で、心労で窶れており憔悴していた。
「初めまして、ディアナ様。私はエヴァ・ハヴィランドと申します。話は、サーシャから聞いております」
「・・・ありがとうございます」
ディアナの声が細々としていた。
すでに精神的にも限界を迎えていると、エヴァは感じた。
「さっそくですが、あなたを救う方法を考えてみました。その前に、あなたに確認したいことがあります」
「・・・それは何でしょうか?」
ディアナが、小さな声でエヴァに尋ねる。
「あなたはご家族を捨てる覚悟はありますか?」
「・・・はい」
ディアナは、今ある力の限り強く頷いた。
その姿に、サーシャも安心する。
「その覚悟を受け止めましょう」
エヴァが微笑む。
「では、あなたを応援してくれる親族の方はいますか?」
「伯母であるリーサ・クリフトンは、いつも私を助けてくださいました」
「ディアナ様、私がリーサ・クリフトン様に、一度お会いするのは可能でしょうか?」
「はい」
「すぐにお会いできますか?」
「おそらく、大丈夫かと思います」
ディアナが頷く。
「サーシャ、申し訳ないけどリーサ様を呼んできてもらっていい?」
「わかりました」
「あの・・・伯母に何をお話しされるのでしょうか?」
その問い掛けに、エヴァはただ微笑むだけであった。
アファナセワ夫妻の元に、法務局からの呼び出しがあったのは、五日後のことだった。
領主であるイーゴリ・アファナセワとその妻であるウリアナ・アファナセワは、呼び出しの内容が娘であるディアナからの訴えであると知ると、驚きを隠せなかった。
アファナセワ夫妻にとって、そもそも長子であるディアナが自分たちを訴えるとは思いも知らぬことであった。
ディアナはロミナの姉であり、姉も妹に自分たちと同じ愛を注ぐべき立場であると考えていたのだ。
確かに婚約破棄をさせたことは申し訳ないと思うが、姉の立場なら妹に譲るのは当然であると言う価値観は変わっていなかった。
訴訟は、元婚約者であるレイフ・ワインスタインにも届いていた。
その話がアファナセワ夫妻の元に届くと、二人はディアナが本気で自分たちを訴えたのだとようやく理解した。
翌日、法務局の会議室でディアナからの訴訟の審問が行われた。
法廷には、アファナセワ夫妻とロミナ、レイフ・ワインスタインとその両親が用意された席に座っていた。
「一体、私たちに何を訴えるのでしょうか?」
ウリアナが不安を隠し切れない。
「わからぬ。もしかしたら婚約破棄を無効にしたいのかもしれない」
イーゴリは、苛立ちを隠し切れないでいた。
彼としては、レイフの婚約者がディアナからロミナに変わっただけであり、それが問題だとは微塵にも感じていなかった。
「ねえ、パパ。私とレイフ様の婚約は認められたのでしょう?」
「そうだ。だから心配しなくてもいい」
すでに、神祇局にはロミナとレイフの婚約の書類は提出していた。
「でも、お姉さまも酷いわ。私とレイフ様の婚約に嫉妬なんかして・・・本当にみっともないわ」
ロミナは、我儘な子供のように頬を膨らませた。
一方で、レイフは訴訟に関して恐怖を感じていた。
彼は、現実を理解していた。
ディアナと婚約したものの、ロミナの甘い誘惑に負けて婚約破棄をしてしまった。
ロミナとの肉体関係はないとはいえ、自分がディアナとの婚約破棄をしてまで彼女と婚約をしてしまった。
そのため、ワインスタイン家の評判は急激に落ちてしまった。
しかし、アファナセワ夫妻は自家の評判など気にしていなかった。
アファナセワ夫妻の脳裏にはロミナしかないようで、誰もが自重を促しても夫妻は受け入れず笑うのみだったのだ。
ロミナも同じであり、姉のディアナは何も言っても我儘を許してくれると信じて疑っていなかった。
ここまで危機感がない事そのものがレイフには信じられず、ディアナとの婚約破棄はすべきではなかったと後悔していた。
しばらくして、エヴァとサーシャに伴われてディアナが現れた。
「お姉ちゃん!!」
突然、ロミナが立ち上がるとディアナに大声で声をかける
。
ロミナとしては、今回の件がディアナの我儘のせいであり、いつものように怒ってみせたのだ。
「お止めなさい」
しかし、エヴァがロミナを制する。
ロミナは知らない。
ここは、法務局であり、審問の場である。
勝手なことは許されない。
「でも!!」
さらに、わがままを押し通そうとするロミナに、エヴァがより注意する。
「あなた、ここは法務局ですよ。何を考えているのですか?法務官である私の指示がない限り、勝手な発言は許しません」
「なんで・・・」
ロミナは、他人に怒られるのは初めてだった。
そのため、どうすればいいかわからなかった。
ロミナが戸惑いながら、アファナセワ夫妻を見る。
アファナセワ夫妻も、法務官よりそのような注意を受けるとは考えておらず、言葉にできずにいた。
「座りなさい」
「・・・はい」
ロミナは渋々席に座る。
しかし、彼女はエヴァを睨んでいる。
・・・本当に子供なのね
エヴァは呆れていた。
彼女の側にいる両親に対しても同様である。
「皆様、お集まりのようですのでさっそくですが、ディアナ・アファナセワからの訴訟を行います」
エヴァが話し終えると、近くに控えていたサーシャが、その場にいる全員に書類を配る。
「こ、これは何ですか!?」
その内容を見たイーゴリが、声を荒らげる。
「ディアナ嬢は、アファナセワ家より除籍を望んでおります。その理由は皆様、お分かりかと思います」
「パパ、どういうことなの?」
訴訟の意味が未だにわからないロミナが、不安げにイーゴリを見る。
「ディアナが・・・私たち家族を捨てて独立したいと言うことだ」
「なんで!お姉様は何を考えているの!?」
ロミナが、ディアナを睨みながら叫ぶ。
だが、ディアナは何も反応しない。
その態度に、ロミナはさらに怒る。
「答えてよ、お姉ちゃん!!」
「黙りなさい!」
エヴァがロミナに注意をする。
だが、ロミナはやめない。
「だって!だって!おかしいじゃない!!」
興奮したロミナがディアナに近づこうとするが、二人の間に女性騎士が割り込み彼女を止める。
「離しなさいよ!!」
「アファナセワ夫妻、ロミナ嬢を席へ戻させなさい。でなければ、彼女を拘束しますよ」
「は、はい」
アファナセワ夫妻は、すぐにロミナをすぐに席へ座らせる。
「パパ、ママ、どうして!?」
「やめるんだ!!」
「ロミナ嬢、次にディアナ嬢に近寄れば、退出を命じます」
エヴァの言葉に、ロミナは不機嫌なまま横を向く。
「では、話を続けます。ディアナ嬢は、あなた方ご両親に対して親子の縁を切りたいと願っております。その理由はただ一つ。自分を蔑ろにして、妹であるロミナ嬢ばかりに構い、最終的にディアナ嬢の婚約者である、レイフ・ワインスタイン氏の婚約を破棄させて、ロミナ嬢の婚約者に据えた。ディアナ嬢は、この件で完全にあなた方に失望したため、アファナセワ家からの除籍を申請しました」
エヴァが訴訟内容を読み上げる。
「そ、それはディアナの勘違いだ。私たちはディアナを愛している」
イーゴリは否定する。
彼にとっては、ディアナを愛していると思っている。
「では、これまでのことはどうなのですか?」
「こ、これまでとは?」
ウリアナが尋ねる。
アファナセワ夫妻にとっては、ディアナに否定されること自体が信じられぬことだった。
「幼い頃よりディアナ嬢の持っているドレスやアクセサリーなどを、ロミナ嬢が欲するたびにあなた方はすべて渡すように話しておりましたね?」
「それがおかしいのですか?」
アファナセワ夫妻は、そのことさえ当たり前のことだと考えていた。
「むしろ、おかしいとは思わないのですか?」
「妹の願いを、姉が与えるのは当たり前ではありませんか?」
「では、ディアナ嬢の部屋を見たことはありますか?」
「部屋ですか?」
アファナセワ夫妻は、お互いに顔を見合わせる。
「その様子だと、わからないようですね。本当に血の繋がった親なのか・・・私には疑問に思います」
「なんだと!?」
イーゴリが立ち上がる。
「では、レイフ氏はご存じですよね?」
急に話を振られたレイフは、動揺しながらも答える。
「・・・部屋には何もありませんでした」
「馬鹿な。私たちはディアナに不自由はさせていない!」
イーゴリは首を横に振る。
「・・・いえ、あったのは私服のみです。ドレスやアクセサリーはありません。私が上げた指輪も・・・」
ディアナが、淡々と話していく。
彼女の心の中には、事実を知らない親への失望感に包まれていた。
「では、それはどこに行きましたか?」
エヴァは、レイフに尋ねる。
「・・・すべて・・・ロミナのところです」
「・・・そんな馬鹿な・・・」
そこで、アファナセワ夫妻はロミナが着ている服やアクセサリーがディアナのものだとようやく気付いた。
・・・そのことさえ、気付かないとはなんて愚かな親なのかしら。
エヴァは呆れていた。
「だって、これはお姉さまが私にくれたものよ!!」
両親の視線に気付いたロミナは、すぐに自分勝手な事情を話す。
「あなた方は自覚はなかったのですね。ロミナ嬢は、ディアナ嬢の所持する物をいつも欲しいと言っていました、そうですね、ディアナ嬢?」
「はい」
「その後は、あなた方は姉だからと言ってロミナ嬢に上げるように命じた。ディアナ嬢、どうですか?」
「はい。私は・・・いつも両親より・・・あなたはお姉ちゃんだから我慢しなさいと言われました」
「それはいつからですか?」
「・・・ロミナが物心ついた頃からでした」
「なるほど。その行為が酷くなったのはどうしてですか?」
「わかりません。ですが・・・両親は妹の話しか聞かなくなっておりました。私が断っても、姉だと言う理由ですべてを否定されたのです」
ディアナが涙を流し出す。
これまでのロミナのわがままを思い出したのだろう。
その心中を、エヴァは察する。
「・・・私たちはそんなつもりはなかった」
イーゴリは、自分たちがディアナを追い詰めていたことに、未だに信じられずにいるようだった。
「ですが、婚約者さえ奪うのはどうかと思いますが?」
エヴァがレイフを見ると、彼はきまりが悪い顔をする。
「でも、お姉ちゃんは私のために譲ってくれたもの」
ロミナは、エヴァに縋るような瞳で訴えかける。
「本当にそう思っていますか?」
「えっ?」
ロミナは、エヴァの返しに戸惑う。
「ならば、あなたはもちろん姉から欲しいと言われれば上げますよね?」
この意味合いを、アファナセワ夫妻はすぐに理解した。
血の繋がる姉妹なら、上げるだけの一方通行など許されるものではない。
お互いが譲り合いながら、家族としての絆を深めなければならない。
「なんで!?なんで!?お姉ちゃんに上げないといけないの!?私の物は私の物じゃない!?」
その意味を、ロミナはやはり理解できなかった。
それは、現実を知ったアファナセワ夫妻を絶望させた。
自分たちの育て方が完全に間違っていたのだと、アファナセワ夫妻はようやく知った。
「そうでしょ、パパとママ?」
ロミナは、全くと言っていいほど、純粋な考えで二人に同意を求める。
「・・・私たちはなんてことを・・・」
アファナセワ夫妻は、その場で頭を抱えながら俯いた。
「どうしたの?」
ロミナは、その場の状況を理解できずにいると、やがて、縋る思いで周囲を見回す。
しかし、誰もがロミナの見る視線が冷たいことに気付く。
「なんで・・・みんな・・・そんな目で見るの?」
ロミナは、いつものように話したつもりだった。
だが、それがありえないわがままだと理解できなかった。
「ロミナ嬢、皆が理解しているのですよ。あなたの家族がおかしいことに」
「おかしくないもん!私はみんなに愛されているの!我儘を言って許されるの!!」
「その考えが、おかしいと思わないのですね?」
「だって!だって!みんな許してくれたもん!」
ロミナは、興奮のあまりその場で地団駄を踏んだ。
すぐに、女性騎士たちが動く。
「離してよ!」
だが、ロミナは女性騎士たちの手で席に戻される。
「本当に子供ね」
エヴァが苦笑する。
「な、なんで・・・そんなこと言うの?」
ロミナは、エヴァの態度にどうすればいいかわからなかった。
そんな態度をとられたのは、生まれて初めてだった。
「さて、あなた方家族がおかしいかどうかを、皆さんに聞きましょうか」
エヴァはレイフを見る。
レイフは、迷わず答える。
「・・・おかしいです」
今度は、アファナセワ夫妻に問う。
「アファナセワ夫妻はどうですか?」
「・・・おかしいです」
アファナセワ夫妻は、事実を認める。
「どうですか、ロミナ嬢?」
「・・・なんで・・・なんで・・・パパもママもレイフ様もおかしいって言うの?」
ロミナがイーゴリの体を揺らす。
だが、イーゴリは顔を上げない。
今度は、ウリアナの体を揺らすが、こちらもイーゴリと同じ反応だった。
「お、お姉ちゃんはわかってくれるよね?」
ロミナが、ディアナに救いを求める。
「ロミナ、ごめんなさい。もっと私がちゃんとしておけば・・・こんなことにならなかったかもしれない。でも、私の意志が弱かった。お母さまやお父様に、きちんと話せば良かったと後悔しています。しかし、もう過ぎた事なのです」
ディアナは涙を拭く。
「私はアファナセワ家を離れます。伯母であるリーサ・クリフトンの養子になります。あなたはレイフ様と共にアファナセワ家をお願いします」
「嫌よ!お姉ちゃんは私のものよ!お姉ちゃんなら私の言うことを聞きなさいよ!」
その狂いように、女性騎士だけでなくアファナセワ夫妻もロミナを押さえるが、彼女の興奮は止まらない。
エヴァは、ロミナの様子を見てこれ以上は捨て置けないと思った。
「ロミナ嬢、聞きなさい。あなたは一つ忘れています」
「何よ!」
「あなたは、ディアナ嬢の物ばかり強請っています。それが、どんな意味かわかっています?」
「意味って何よ!?お姉ちゃんの持っている物は、お姉ちゃんに似合わないから、私がもらっていいでしょう?」
エヴァは、ロミナの本音をようやく聞き出せた。
ディアナを見ると、やはりかと言う表情をしていた。
アファナセワ夫妻もレイフも、ロミナの本音を聞き絶望していた。
そこには、ただの怪物しかいない。
その怪物を作ったのは、紛れもなく自分たちだと知った。
「それが本音なのですね。その上、ディアナ嬢自身も自分の所有者だと思っているのですね?」
「そうよ!パパもママもそう教えてくれたもの!!」
ロミナは、叫ぶことを止めない。
その内容が、姉であるディアナだけでなく両親であるアファナセワ夫妻さえも、傷つけていることも気付かない。
「アファナセワ夫妻、あなた方は、ロミナ嬢をこのような怪物に育てたと理解できましたか?」
「・・・はい」
「では、ロミナ嬢に言いましょう。あなたが忘れていることは何なのかを」
「言いなさいよ!!」
ロミナの声が荒ぶる。
その姿を見ながら、エヴァは静かに呟く。
・・・あなたは姉のお下がりが好きなのですね
その言葉に、ロミナが興奮が止まる。
そして、彼女は考え込む。
「姉の使い古しの物ばかりを望むなんて、あなたは惨めでしかないですね」
エヴァが笑う。
その笑みが、ロミナに真実を突きつける。
「・・・ちがうもん・・・お姉ちゃんの使い古しなんて欲しくないもん・・・」
ロミナの声が震える。
そして、ロミナはやっと理解した。
今まで、姉のディアナの物ばかりを強請ったものが、すべて姉が手を付けたものばかりだったことに。
「いいのですよ。妹が姉の物を欲するのはよくあることですから」
エヴァが笑みを浮かべながら、さらにロミナを追い詰める。
その笑みを見ながら、ロミナは自分が惨めな人間だと知る。
「だって・・・だって・・・お姉ちゃんは・・・」
そこでロミナは自分から欲した物がないことに気付いた。
なぜ、いつも姉のものばかりを強請ったのか、それさえ、わからなくなってきた。
「・・・私、欲しいものってなかったんだ・・・」
ロミナは、その場に崩れ落ちた。
「・・・お姉ちゃんなら何でもくれると思ってた。でも、私の欲しい物ってなかったんだ・・・」
「そうですね。残念ながら」
エヴァはため息をつく。
「アファナセワ夫妻、ディアナ嬢がリーサ・クリフトンの養子となることを認めますね?」
エヴァは、アファナセワ夫妻に尋ねる。
「・・・はい」
アファナセワ夫妻はそう言うと、ロミナを抱き締めた。
「・・・私たちがディアナに甘えておりました。今後は責任をもってロミナを矯正します」
「ええ。矯正は大変でしょうが、親として必ずやり遂げて下さい」
アファナセワ夫妻は頷くと、ディアナへ顔を向ける。
「ディアナ」
イーゴリが、ディアナに話かける。
「ディアナ、済まなかった。私たちは親として失格だった。お前に甘えてばかりだった。これまで
のことは許されるとは思ってはいない。だから、ロミナは私たちが最後まで面倒を見る」
「・・・お父様、お母さまお元気で」
そう言うと、ディアナは席を立つ。
「待ってくれ、ディアナ!」
レイフが立ち上がると、ディアナに近づく。
「申し訳なかった。許してくれ」
「・・・ロミナをお願いします」
「・・待ってくれ。僕と改めて婚約してくれないか?」
レイフが話すと同時に、ディアナが彼の頬に平手打ちをした。
レイフは、信じられない表情を浮かべる。
「いい加減にして下さい。私たちの関係はもう終わったのです。あなたは、ロミナと共に歩むべきです。それを否定すること自体、許されるはずないでしょう」
「・・・そんな」
レイフが声を震わせる。
「さようなら」
ディアナは、そのまま会議室を退出した。
こうして、ディアナの訴訟は終わった。
結局、ディアナはリーサ・クリフトンの養子となった。
ロミナは、アファナセワ夫妻と共に領地へ戻った。
彼女は、治癒院の医師や神祇局の神官の指導を受けながら、矯正を行うことになった。
アファナセワ夫妻もその治療に付き添い、自分たちの行いを悔い改めることになった。
レイフもロミナの元に行き、彼らと共に彼女の治療に寄り沿った。
結果として、今回の審問はうまく収まった形となった。
その日は、サーシャがお菓子を持ってエヴァの元を訪れていた。
「先日の御礼です」
「あら、これって?」
「はい。エヴァ様のお好きなお菓子ですよ」
二人はお菓子を食べながら、ディアナの事を話す。
「ディアナ嬢はどうですか?」
「元気になりましたよ。最近はリーサ様のお仕事を手伝っています」
「それは良かったです」
「しかし、親とか姉妹とかわからないものですね」
サーシャが首を傾げる。
「そうですね。私も、なかなか理解できなかったです」
エヴァが、紅茶を一口含む。
「そう言えば、ビョルン様とはどうなっていますか?」
「相変わらずです。鈍いのか鈍い振りをしているのか・・・」
鈍いと言えば、あの方は・・・とエヴァは思っている。
どう押せば良いのか、考えているがなかなかうまくいかない。
「あの方は、その辺りが弱いですね」
「まったくです」
エヴァは、次のお菓子を手にする。
「こうなったら、ビョルン様に転勤願いを出したらどうですか?」
「・・・それいいかもね」
サーシャの提案に、エヴァは乗る。
「そうやって、ビョルン様に圧力をかけましょう」
「そういうの、大きな声で言わないでくれますか?」
二人の話を聞いていたビョルンが、部屋に入ってくる。
「うわっ」
「うわっじゃないでしょう、サーシャ君。余計なことは言わないように」
「は~い」
そう言うと、サーシャはエヴァに片目をつぶって、目配せをするとそのまま部屋を退出する。
「サーシャ君は、相変わらずですね」
「それはビョルン様も同じかと・・・」
エヴァが独り言を呟く。
「はい?」
「いえ、大丈夫です」
エヴァは、自分の気持ちを誤魔化す。
ビョルンは、お菓子を一つ取るとエヴァに話しかける。
「エヴァ、転勤は許しませんよ」
「えっ?」
「さて、この後は暇ですか?」
「はい」
「では、一緒に食事に行きましょう」
「はい」
ビョルンが微笑むとエヴァも微笑み返した。