花ことば(クリス視点)
お茶会をし、アリシアから薔薇を受け取ってから数日が経ったある日、学園でライラと会った。
「先日はありがとうございました」
そう言われ、返事をしようとしたところで
「指は大丈夫でしたか?」
と聞かれた。ライラはわたしの顔を見つめてにっこり微笑んでいる。知らない者が見れば天使のようだとさえ表される彼女のこの笑顔。隙のない綺麗な微笑み…彼女がこの表情をする時は、絶対何かあるのだ。
わたしをからかうつもりかと思い、表情を変えないように意識したが、指と言われて自分の指に視線を向けると、どうしても思い出されてしまう。アリシアの口づけを思い出し、顔が紅潮していくのが自分でもわかった。そんなわたしを満面の笑顔で見つめ続ける彼女。からかわれると思ったが、彼女は特に何も言わなかった。
「ところで、お姉様は殿下にも薔薇をさしあげたのでしょう?何色の薔薇を何本さしあげたのですか?」
彼女は笑顔のまま聞いてきた。
「赤い薔薇を3本もらったが…」
色と本数など、随分細かく聞くものだと不思議に思いつつそう答えると、彼女の目が見開かれる。一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を取り戻した。
「うふふふふ…」
意味ありげに彼女は微笑む。
「言いたいことがあるなら言ってくれないか」
「言いたいことですか…わたくしは、お姉様の可愛らしさを殿下と共有したいだけですわ。あのハプニングで殿下だけお姉様といちゃいちゃしたのはずるいですけれど…。薔薇も手渡しでいただいて…。お姉様がドジも間の悪さも発揮せずに、殿下に薔薇をお渡しできたことは嬉しいですけれど、婚約者ですから、いちゃいちゃしてもよいです、もっとやれとも思いますけれど。それとこれとは別です…ずるいですわ殿下。わたくしの薔薇は侍女が運んで活けておいてくれたのですよ。「綺麗なものを選んだのよ。いつもありがとう」というお言葉はいただきましたし、ちょっとはにかんだお姉様は可愛らしかったですけれど…わたくしもお姉様といちゃいちゃしたいです…。ちなみに、わたくしはオレンジ色の薔薇を8本いただきました」
一通り思いを吐き出して少し落ち着いたのか、「こほん」と彼女がわざとらしく咳ばらいをした。
「失礼致しました、脱線しましたわ。お詫び……ではないですが、殿下にいいものを貸してさしあげます」
にっこり微笑んで渡された本には、ご丁寧にしおりがはさんであった。
ライラに手渡された本のタイトルは「花ことば」。
「お一人でご覧になられたほうがよいかもしれませんわ」
彼女は、満面の笑みでそう告げると去って行った。綺麗な隙のない微笑み…きっと何かを企んでいる。
しおりがはさまれたページをめくると、薔薇の花ことばが書かれたページだった。色と本数それぞれに意味があるらしい。
赤い薔薇が3本…
……
……
思わず手で顔を覆ってしまった。顔が…耳が…とても熱い…。自分で真っ赤になっているのがわかる。
敬称ではなく、「クリス様」と珍しくわたしの名前を呼び、「わたくしの気持ちです」と、そう告げたわたしの婚約者。
王子としてではなく、わたし個人への贈り物…。
「はぁ…」
愛しさにため息が出た。自然と頬が緩む。
見透かされているようでおもしろくないが、ライラの言う通り一人で見てよかった。彼女の企みは成功だ…こんな顔は誰にも見せられない。
熱がひくまで、わたしはしばらく一人の時間を過ごしたのだった。