お姉様とわたしとプリラム草
一瞬何が起きたかわからず、お姉様に叩かれた手を見つめて呆然としてしまいました。いつの間にか殿下が側に来ており、わたしを背にかばうような位置に立ってお姉様と対峙しておられます。
「アリシア、どうしてこんなひどいことを…どうして妹に意地悪をするんだ」
殿下がそう声を荒げました。
意地悪…?お姉様は意地悪なんてしませんのに、殿下は何をおっしゃっているのでしょう?
「なんのことか、わかりません」
お姉様がそう返します。お姉様は意地悪などしていませんから、当然の返事でした。
「きみは性格が悪いんだな。わたしの耳にも入っているぞ、ライラにいつも意地悪をしていると。突き飛ばして転ばせたり、ワンピースにジュースをかけたり。他にもお菓子をとりあげたり、ライラの人形を壊したこともあるそうじゃないか。それに、たった今ライラを叩いたじゃないか。しっかりこの目で見たぞ。なんのことかわからないなど、よく言えたものだ。本当に性格が悪い。こんな人がわたしの婚約者だなんて、本当に最低だ」
殿下がそう言い捨てました。
わたしが殿下の言葉を理解できないでいる間に、お姉様は走り去ってしまいました。顔を歪ませて、泣きそうなお顔をされていました。お姉様がひどく傷ついたのがわかります。
お姉様を傷つけた殿下は「表情ひとつ変えないとは」などと言っています。
あんなに傷ついたお顔をされていたのに…。お姉様の表情の変化がわからないくせに、知らないのに偉そうに。自分は正しいつもりなのが伝わってきました。
「殿下、お姉様のなさったことには何か理由があるのだと思います」
そう伝えました。お姉様は優しいのです。絶対に理由があるはずなのです。
「ライラは優しいな。かばわなくてよいのだぞ」
殿下はそう言うばかりで、わたしの話を聞こうともしてくれませんでした。
殿下が帰られて、お姉様のお部屋にうかがいましたが「ライラに会いたくない」と、顔を見せてはくださいませんでした。お姉様は泣いておられます。…わたしも泣きそうです。
落ち込んでいると、セバスがなぐさめてくれました。
お姉様はわたしのことが嫌いになった訳ではない。落ち着けばまた遊んでくださる。セバスがそう言うので信じて待つことにしました。
それにしても、腹が立ちます。殿下は何なのでしょうか。お姉様を泣かせて…許せません。
大っっ嫌いです殿下。
お姉様の行動の理由は、セバスが教えてくれました。わたしが触ろうとしたあの花はプリラム草というのだと。根っこが薬の原料になるのだけれど、その花や茎を触るとかぶれてしまうそうです。お姉様がまだ幼いとき、やはりあのかわいい青い花に惹かれ、触ってしまったのだそうです。そして、痛痒くてとてもつらい思いをしたのだと…。
やはり、お姉様は優しいです。わたしがつらい思いをしないように守ってくださいました。
やはり、理由があったのです。
殿下が言っていた、「突き飛ばして転ばせた、ワンピースにジュースをかけた」のは、お姉様のいつものうっかりドジでつまずいた結果ですし、「お菓子をとりあげた」のは、わたしが以前お腹を壊した材料が入っていたからです。料理人はわたしがお腹を壊したことを知りませんでしたし、わたしはその日出されたお菓子にそれが入っていることを知りませんでした。お姉様が教えてくださったので、今ではその材料が入ったお菓子は出されなくなりました。「人形を壊した」のも、ただ間が悪かっただけなのです。
お姉様は意地悪なんてならさないのに。
本当に殿下許せません。
お姉様を泣かせた…その仕返しをして差し上げようと思います。わたしの大好きなお姉様を泣かせたのです。
お姉様の優しさを、身をもって思い知っていただこうと思います。
よりによって、殿下の目の前でバシッとやってしまったアリシア。安定の間の悪さです…。そして誤解されるお約束…。
ライラの中で殿下の評価は駄々下がってマイナス評価へ急降下です…。