天使と悪魔
お試しで書いたものです。
後々修正版を出すかもしれません。
「お母様。何か御用でしょうか?」
崖の淵の大きな城は大きく、立派だったが薄暗く、どこか不気味だった。大きな黒い羽根を持つ少女が灰色の城のテラスに立っていた人物の前に降り立つ。
テラスの上に立っていた人も同じく大きな羽をもっていて、少女がテラスの手摺に足を付けるのを確認すると、口を開いた。
「レイラ。お主に任務を与える。最近人間界に入り浸っている天使が居るらしいのじゃ。其方の任務はその天使をたぶらかせ、天使共の大いなる秘宝を奪うことじゃ。」
「了解です。行ってまいります、お母様。」
そう言うと、少女の体はそのまま後ろに体が傾いていき崖の闇の中に吸い込まれるように消えていった。
..................
「おや、そこのお嬢さん。此処の町へ来るのは初めてかい?」
街中で突然声をかけられ、振り向いた少女は少し恥じらうような笑みを浮かべて言う。
「ええ、実はそうなんです。近々お祭りがあると聞いて、興味があったんです。今宿屋を探しているところで。どこかいいところを知ってますか?」
「それなら一本隣の通りにある銀の宿がおすすめだよ。あそこの上さんの料理は美味いし、値段も手ごろなんだ。それになんてったってあそこにはお風呂があるからな。」
「まあ、そうなんですか。親切に、ありがとうございます。」
「これくらい普通さ。お嬢さんは別嬪さんだから特別にリンゴを一つやるよ。」
「ほんとですか!色々とありがとうございます。では。」
先程の果物屋のおじさんに言われた通りに歩くと、言っていたとおり銀の宿と看板を下げた大きめの建物が見えてきた。
チェックインを済ませ、充てられた部屋に入るとフッと息を吐く。愛想の良さそうな優しげな表情は空気も凍りそうな冷たい表情になった。
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最近できた友人と祭りを回っていた青年ははしゃぎすぎて前を見てなかったためか、一人の少女にぶつかってしまった。
「わぁ。すみません、こちらの不注意で。大丈夫ですか?」
「はい。こちらこそ申し訳ありません。」
青年は強い違和感を感じて、気付いたら去ろうとした少女の手をつかんでいた。
「待って...お詫びに、何かおごるよ。」
「いえそんな、大丈夫です。」
そんな青年を友人たちは冷やかした。
「おいおい、惚れたのか?」
「確かにすげぇ美人だもんな」
「お前そういうのがタイプだったのか?」
「そっ、そんなんじゃないよ。ただなんか、見た瞬間に違和感があって...」
困ったように眉を下げる青年。違和感の正体がわからなかった。
「一目惚れか?」
「ヒューヒュー」
「手を離していただけますか?」
少女は冷ややかにそう言った。
「あっ、ごめん。」
慌てて青年が手を離すと、少女は礼をして去っていった。そんな少女を唖然と見送る青年。違和感の正体はまだわからなかった。
そんな様子の青年をやはりからかう友人たちだった。
「振られちまったな。」
「な、可哀想によ。」
「だからほんとにそんなんじゃないって。もう。ほら、次はあっちのほうに行こう。」
「そうだな。なんか奢ってやるよ。」
そう言って少女の進んだ方向とは逆の方向を指さした。
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少女がカフェで一人、お茶を飲んでいると上から声がかかった。
「すみません。相席いいですか。」
「っ!ええ、どうぞ。」
「ふふっ。また会ったね。」
「そうですね。」
少女の返事は素っ気ない。
「それで?こんなところで何をしているのかな?悪魔さんは。」
「そちらのほうこそ。人間界に何の用ですか?天使さん。」
「あれ?気が付いていたの?」
「もちろんですわ。そちらのほうこそ最初は気が付いてないようでしたが?」
少女はフッと馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「うっ、それは...」
「それで?悪魔である私をどうするつもりですか?」
「...拘束して天界に連れて行かないといけない。」
青年は顔を顰めて答えた。
「あら、そちらのほうがよっぽど悪魔みたいですね?わたくしは何もしていないというのに。酷いですわ。」
よよよと泣きまねをする少女に言葉を詰まらせる青年。実際、その通りだと思った。
「...」
「やだ、返す言葉もなくて?情けないですわね、仮にも守護天使第一席の一人息子だというのに。」
悪魔の少女は完全に天使を馬鹿にしきっていた。
「何でそれを!?」
「フッ。いいこと?わたくしはただバカンスを楽しみに来ただけです。心配なら貴方も一緒に同行すればいいですわ。一週間もすれば帰りますから。」
「わかった。妙な真似をしたらすぐに拘束する。」
「よろしくてよ。ではさっそく予定なのですが。この後服を買いに行きますので、ついて来たいならそれを早く飲んでください。」
天使が飲んでいた紅茶を指さした。
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カフェから出た二人は道を並んで歩いていた。
「そういえば、お名前はなんというのですか?」
「...ジャック。君は?」
「レイラよ。」
「そっか。美しい黒髪の君にはピッタリの名前だね。」
そう言って笑う楽しそうにジャックにレイラは怪訝な表情を浮かべた。
それ以外に二人の間に会話はほとんどなく、無言のまま服や装飾などを売っている店の多い通りについた。
「まずはあちらのお店に行きますわ。」
「うん。」
レイラは行きたい店を指差し、ジャックのほうを振り返る。
しばらく店内を見て、何も買わずに出るレイラにジャックは無言でついていった。
「次はそちらへ。」
「うん。」
「あちらにも行きましょう。」
「うん」
「あっ、次はあそこへ行きます。」
「うん...えっ?」
しばらく同じことを繰り返していたが、今度レイラが指差したのは女性の下着などを売っているお店だった。
「何ですか?」
「え?いや、僕も入るの?」
「え?そちらが監視すると仰ったのでしょう?別にわたくしはどちらでもいいけれど?」
そう言って初心なジャックを見てニヤニヤするレイラ。
「くッ...覚えてろ。」
「まぁ、ついて来るのですか?頑張りますね。」
笑いをこらえながら店内に入っていったレイラの後についていった。
レイラは胸が大きい。というより人々を堕落させるための悪魔だからか、なんとも蠱惑的な体つきをしていた。
「この下着可愛いですね。でもこのサイズだと入りません。もう少し小さくなりませんかね?あとほんの少しでいいのですが...」
レイラが小さく呟いたのを聞いて顔を上げたジャックは反射的にレイラの胸部に視線が行く。
レイラは両手で胸を押し上げ、ムニムニと形を変えていた。
「なッ。君には恥じらいはないのかっ!」
「なんですか。ああ、天使はこういうのに弱いと聞きますね。」
「だからその、はッ、破廉恥な行為をやめろ!」
「そうですね。貴方がそんなに恥ずかしがるせいでこっちまで恥ずかしくなってきました。」
そう言う彼女の頬は少し赤くなっていた。
——可愛い...って何考えてるんだ、僕は!!彼女は悪魔だ。決して油断してはいけない相手のはずなんだ...——
結局下着屋では何も買わず、通りに戻ってきた。
「あのドレス...綺麗ですね。」
レイラが指差した方向には店の中に淡い水色のドレスが展示されていた。
「気に入ったなら買えばいいじゃん。」
「いえ、わたくしにあのような明るい色。似合いませんから。」
自虐的に笑う彼女は黒い髪に蒼がかった紫色の瞳を持っていた。悪魔は総じて暗い色を纏っている種族だ。
眩しそうにドレスを見る彼女は自分が着ることはない明るい色に憧れている様に見えた。
「そうかな。きっと似合うよ、君なら。何を着ても似合うと思う。」
思わず言ってしまった本心はお世辞に取られてしまった。
「気を使わなくてもいいですよ。行きましょう」
困ったように眉を下げてそう言うと、レイラはまた歩き始めた。それでもまだあのドレスが気になるのか、ちらちらとドレスのほうに視線が動いていた。
「お世辞じゃないよ。本当にそう思っている。」
ジャックはレイラを置いて店に向かい、数分後、袋を持って出てきた。
「ほら。僕から君に。あげるよ。」
強引に袋を手渡されたレイラは困惑していた。
——わたくしが...着ていいのでしょうか?本当に?——
「ありがとう...ございます。」
「大丈夫だよ、それくらい。」
..................
しばらく店を回り続け、そろそろ夕飯の時間かという頃...
「今日はありがとうございました。わたくしは宿に戻りますが、貴方はどうされますか?」
「いや、こちらこそ...ずっと監視していたようなもんだし...僕も宿に戻るよ。明日の予定は何かある?」
「そうですか...明日の予定はまだ決めていません。どうしましょうか?」
「じゃあ明日は僕が君の宿に行くよ。何かあったらその時教えて?」
「はい。わかりました。では。」
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「お母様。対象と接触出来ました。」
「そうか。ならばあとは秘宝を手に入れるだけじゃ。其方なら出来ると童は信じとるぞ、我が娘よ。期待を裏切らないでくれ。」
「はい、お母様。」
プツリと音を立てて部屋は静かになった。レイラは手に持っていた通信用の魔法水晶を机に置くと、部屋の隅の机に置いてあったリンゴを取り、呪文を唱えた。
........................
「おはよう。今日の予定は何か決まった?」
「いえ、特には...ジャックさん。リンゴはお好きですか?貰ったものなのですがわたくしリンゴはあまり好きではなくて...よけれは食べてください。」
「そう?じゃあ頂くよ。」
「ありがとうございます。」
ジャックはリンゴを受け取るとそのまま噛り付いた。咀嚼して飲み込む。次の瞬間、彼の体がフラッと傾いた。レイラは彼が倒れる前に受け止めると、顔を覗き込んで聞いた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。ねぇ。君のことをもっと知りたいな。何でリンゴが嫌いなの?」
「ふふふ。リンゴは魔界では術や呪をかけやすい果物として知られているので、悪魔は他人からもらったリンゴは決して口にはしないのですよ。リンゴだけではなく、バラ科の植物などは大抵が警戒対象です。何があるかわかりませんから。」
——白雪姫や野獣のように...
「へぇ。そうなんだ。他には?もっと教えてよ、君のことを。」
「そうですね。今日は予定がありませんし、わたくしのお部屋でお話ししましょう?」
「うん。」
「わたくしは―—で、―—なので、それで―—。」
「うん。へぇ―—、僕も―—で、嬉しいなぁ。」
「ええ。―—ですが、―—ですから―—なんです。」
しばらく楽し気に話をしていると、ふとジャックがレイラの長い髪に指を絡めて真剣な表情でレイラを見つめる。
「ジャック?」
「突然ごめんね。君のことが好きだな。まだ出会ってそんなに立っていないのに、どうしようもなく君に惹かれてしまったみたい。」
そう言って、迷惑だよね、困った顔をするジャックにレイラは驚き恥じらう少女の顔を浮かべて嬉しそうに答えた。
「そうなんですか?では運命ですね。実はわたくしも貴方に惹かれておりました。ふふっ、これで両思いですね。」
「本当?それは嬉しいなぁ。ありがとうレイラ、大好きだよ。」
頬を赤く染め、照れたように笑うジャックの耳元に口を寄せ、レイラも大好きだと伝える。
―—ええ、ジャック。わたくしも大好きですわ。
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ジャックは、次の日の朝、レイラの泊まっている宿に向かった。
「おはようレイラ。今日は一緒にデートしよう?お祭りは今日が最後だから。盛大に終わりを祝うんだって。」
「ええ、喜んで。楽しみですわ。」
しばらく部屋で談笑し、そろそろ出かけようかという頃にレイラが立ち上がった。
「出かける前に着替えてきますわ。」
「わかった。僕はここで待ってるよ。」
レイラが奥の部屋に入っていくのを見届けるとジャックは部屋を見回した。ふと机の上にいてある水晶が目に入って、もっとよく見ようと近づいた。手を伸ばした所で——
「お待たせしました。行きましょう。」
レイラが戻ってきた。ジャックは慌てて手を引っ込めるとレイラの方へ振り向く。
「あっ、着てくれたんだ、そのドレス。僕が思った通り、よく似合ってるよ。可愛い。」
そう言って見せた笑顔は自然だった。
「本当ですか?よかった...本当は少し不安で。でもあなたがそう言ってくれたので、嬉しいです。」
ふわりと花開くような笑みを浮かべたレイラの目は、ジャックの手が水晶に触れようとしていたのを見逃さなかった。
「不安になることはないよ。君は何でも似合う。可愛いよ。」
「貴方はかならずそう言うではありませんか。」
「事実だからね。」
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「あちらの露店に行きたいです。」
「いいよ、行こっか。人が多いからはぐれないように手をつなごう。」
「はい。」
「まあ、綺麗なイヤリングですわ。」
レイラが指差したイヤリングは羽の形をした硝子でできたイヤリングだった。
「本当、綺麗だね。」
ジャックがイヤリングに手を伸ばす。すると、店の人が声をかけた。
「おや、お客さん、目が高い!そちらは聖魔法がかけられていてね。呪術などを跳ね返すのさ——」
「何ですって?まってください、ジャック——」
イヤリングを手に持ったジャックが振り返る。
「どうかしたの、レイラ?」
「え?いえ...何でもありません。いきなり声を上げてすみませんでした。」
「そう?ならいいけど。」
イヤリングをレイラの耳に持っていくと一人納得したような顔つきで頷いて、店員のところへ行き、お金を支払った。
「ほら、僕からのプレゼント。レイラは可愛いから何でも似合うね。」
レイラのところに戻ってきて、小包に入ったイヤリングを手渡した。
「ありがとうございます。今、つけてもいいですか?」
「もちろんだよ。」
「つけてくれますか?」
「ッうん!もちろんだよ。」
そう言ったときにジャックが嬉しそうに笑う姿にレイラはほっとした。
「ほら、ついたよ。」
「ありがとうございます。」
ーーその時ーー
「キャァアアアアア!誰か!」
女性の裂くような悲鳴が聞こえてきた。かなり近い。
「何事だ!?」
「女性が襲われているようです。」
淡々としたレイラの声は女性のことなどどうでも良さそうだった。
「なんだと!ああ、僕が助けに行ってくるから、君はここで待ってて。」
「何故ジャックが行かないといけないんですか?」
「それは...僕が天使だからだよ。人々を助ける義務がある。」
悲しそうな表情をするレイラに、それでもジャックは助けに行くと言い、考えを変えなかった。
女性を襲っていたのは暗い紺色の髪の男だった。しかし頭からは大きな赤黒い角が生えていて、背には一対の大きな羽があった。―—悪魔だ。他の人々は悪魔に怯え、誰一人、女性を助ける勇気のある者はいなかった
―—しかも結構高位の...ちっ、人間の姿じゃむりだ。―—
刹那、眩い光が通りを照らし、光が消えるとそこには―—
「あれは...」
「天使様だ!」
「天使様が女性を助けに来たぞ!」
大きな白い羽根を持つ天使の姿に戻ったジャックは光の弓を構えると、真っ直ぐ悪魔の男に向けて矢を放った。矢が腹部を貫通した悪魔はその場に膝をつくと苦し気な声を上げる。
「ッぐぅゔゔ―—なんだ貴様ァ!何故天使がこんな所に居やがる!?」
「そういう君こそ。何故悪魔が人間界にいるんだい?」
激昂した悪魔に、冷静に問うジャック。驚くことに、返事は帰ってきた。
「レイラの糞が人間界に来たと聞いたからだ!あの野郎この俺の婚約者なのに俺の許可なく人間界に来やがって!許さねぇ!」
「レイラ?」
ジャックがそう呟くと、いきなり悪魔の男が苦しみだした。
「ふッ..グゥッゔう―—あ゛あ゛あレイ゛ラ貴様ァよくも!」
ジャックが振り返ると、冷たい目をしたレイラが悪魔の男を見下ろしていた。レイラも悪魔の姿になっていた。黒い大きな羽がばさりと広がり、起きた風で漆黒の髪が舞う。頭の上には光の加減で暗い蒼にも見える黒い角が生えていた。不思議とその姿は恐ろしくなくて、でも浮かべた冷たい表情に思わず息をのんだ。
「ユーベル。いつから貴方はそんなに偉くなったのですか。」
レイラが前に出した拳を捻るとユーベルと呼ばれた悪魔が吹き飛んだ。そして、そのまま拳を上げると、ぐったりとしたユーベルが空中に立っているレイラとジャックのもとに上がってくる。
「さぁ。教えてくださる?貴方はいつ、わたくしにそのようなことを申す立場になったのですか?」
「ヒッ!なんだと、てめぇ!」
「わきまえなさい、ユーベル。」
レイラが拳を締めると、ユーベルはまた苦しみだした。レイラはその様子をなんの表情も浮かべず冷たい目で見る。
「レ、レイラ...?」
戸惑ったようにジャックがレイラを呼ぶと、レイラはハッとしたように目を見開き、悲し気な表情でジャックを見た。しばらく見つめあっていたが、レイラが先に眼を逸らした。
「ジャック...ごめんなさい。」
それだけ言うと、レイラはユーベルとともに消えた。消える直前、レイラの右目から一筋涙が零れているのを見て、そして、追いかけることが出来ない自分を恥じ、言いようのない怒りを感じていた。
―—転移魔法!!これじゃあ追えない...でも...―—
その時、ジャックに耳に歓声が聞こえる。
「万歳!天使様が悪魔を追い払ってくれたぞ!!」
「天使様万歳!」
歓声を聞いてふらふらと地上に降下していったジャックに、先程襲われていた女性が近づいた。
「天使様。おかげで助かりました。本当にありがとうございます。」
「そんな...当り前のことをしただけだよ。大丈夫だった?」
「はい。私は大丈夫です。」
そう言った女性はそれでも心配そうに眉を寄せると、ジャックの耳元でささやいた。
「天使様は...あなたは大丈夫ですか?深く傷ついているように見えます。」
「僕は...大丈夫だよ。心配をかけて悪いね。」
「いえそんな、滅相もございません。大丈夫ならいいのですが...」
ジャックはそれでも心配そうな顔をする女性に本当に自分は大丈夫だと伝え、その場を去った。まだ歓声が煩かったが、ジャックが去ると、徐々に収まっていった。
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「レイラ。任務を失敗したと聞いておるが。」
「お母様!...わたくしには、出来ません。」
「彼の事を愛してしまったのか?」
「うぅ...はい。」
「ふふっ。そうか。ならばよいのじゃ、それでよい。よくやった。」
その顔は、慈愛に満ちた母親の顔だった。
「え?」
..............................
「ジャック!何故此処に居るのですか?」
「此処にいたら、君が来るような気がしたんだ。ほら、君が言っていただろう?覚えているかい?魔界と天界の狭間の森に綺麗な泉があるって。ここに来るのが好きなんだと言っていた。そして僕はいつか君と一緒に行きたい、と答えたんだ。」
ジャックは幻想的な泉の辺に立っていて、真っ直ぐレイラを見つめていた。レイラの顔が歪み、涙が一筋零れた。
「ジャック...ごめんなさい。」
レイラはジャックに駆け寄り、頬にキスをした。リンゴにかけられた呪いを解くキスだ。そのまま地面に崩れ、泣くレイラの肩に手を置いたジャックは、しゃがんで、俯いて嗚咽を漏らすレイラの顔を覗き込んだ。
「レイラ。どうしたの?」
「ジャック...?何故?」
酷く狼狽え、術が、解除が、と呟くレイラにくすりと笑みを漏らすと、ジャックはレイラの頬を両手で包み、目を合わせた。
「レイラはリンゴにかけた術を解いてくれようとしたんだね。優しいから。」
「なっ、何でそのことを!!?」
「ふふっ。そのイヤリング、まだつけていてくれたの?...露店でイヤリングを触ったとき、君の術は解けたよ。でもね、もっと前から知っていた。リンゴに呪いがかかってるって知ってて僕は食べたんだ。」
「何故...!」
「知りたい?」
こつんと額を合わせ、至近距離で微笑むジャックにレイラの心臓はどくどくと鳴っていた。
「そっ、それは...」
「君のことを愛してるから。術なんて関係ないくらいに。君のことを愛してる。君にもらったものなら、たとえそれが毒だったとしても食べるよ。」
そう言ってレイラの涙の痕の残る頬に口付けをした。レイラの顔がぶわりと熱を持ち、真っ白い肌は赤く染まった。また涙がぽろぽろと溢れてくる。
「わ、わたくしは、悪魔なんですよ。人間を、襲う、悪魔なんですよ。」
「レイラは人を襲ったことがあるの?」
「ないです、けど...でも。」
「ならいいんだよ。大丈夫。」
優しくレイラを抱きしめて安心させるようにレイラの額にキスをした。
「でも私は、貴方に呪いをかけて...天使の秘宝を盗もうとしたんですよ!」
「天使の秘宝?それが何か知ってるの?」
いかにも不思議そうに問うジャック。
「いいえ、ですが、お母様に盗るよう、命じられて...それで。」
「ふっ。レイラ、君は...天使の秘宝は僕の心なんだよ。僕の心はもう、君のものだ。君は見事に天使の秘宝を盗ったんだ。」
胸に手を置いて微笑むジャック。
「え?ですがそれは、リンゴで...」
「リンゴを食べる前から僕は君に惹かれていたよ。さっきそう言ったでしょ?どうしたら信じてくれる?」
「そんな...だって。わたくしは悪魔で...貴方は天使で。」
「そんなこと関係ないよ。ねぇ、レイラは僕のこと嫌い?」
レイラはそう問われてふるふると首を横に振った。
「僕のことが好き?」
「はい。」
「じゃあ何も問題はないでしょ?ふふっ。嬉しいなぁ。両想いだね?」
「そう、ですね。」
「そうだよ!だって僕は君のことが好きで、君も僕のこと好きでしょう?」
「ええ...?」
―—これでいいのかしら?
なんだか釈然としない気持ちのままだったが、レイラは結局受け入れた。
「ありがとうレイラ!」
読んでくださりありがとうございますm(__)m