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表の顔と裏の顔

作者: 安達邦夫


1.


午後の陽射しを浴びて観葉植物が元気がない。つけたままのテレビからは、通販の女の声がしている。 あー、またか!

耳触りな声が、まくしたてている。商品をこれでもかという売り込みに対し、揶揄する俺の心の声。何回も執拗にアピールしてくる甲高い声が嫌で堪らない。 絶対に彼女にはしたくないタイプだ。 リリーン♪ 古風な黒電話が鳴った。携帯電話を持たない俺の唯一の通信手段。

俺は、相手の涼やかな声音に何度か相づちを打つと、受話器を戻した。


数分後、事務所のドアをコツコツとノックすると、伏し目がちに依頼人は入ってきた。

俺は、「お掛けください」と声をかけて、立ち上がる。

背後で唯一の調度である古いソファに腰を下ろした。コーヒーを入れながら、それとなく観察した。

事務員らしい地味なグレーの制服。同じ膝丈のスカート。黒縁メガネに今流行りのボブというのだろうか。おとなしそうな30になるかならないかくらいの女性。

結婚指輪はない。彼女は大変緊張して、ガチガチだった。このような場所に来るためにどんな理由があるにしろさぞかし勇気が要ったことだろう。俺は、ゆっくりと、コーヒーをテープルに置いた。横に小分けにしたシュガーとミルクを添えてある。

彼女の向かいに座ると、切り出した。

「まずは、お話をうかがましょう」なるべく優しい声を出したつもりだが、成功したかは定かではない。 彼女は、しきりに目をこすり、時折目をしばたいて話した。

彼女の話はこうだ。最近、婚約者の様子がおかしい。時々考え事をしてる。 彼女が、話し掛けても上の空だ等云々(うんぬん)。

俺は、これは彼氏の浮気調査だなと思いつつも、話に付き合ってやった。

というのも、最後に調査料金の話をすると豹変し、沙汰止みにしようとする輩が、最近とみに多いからなのだ。

あるいは、心配事を相談して満足してしまうのかも知れない。コーヒー代だけ置いて帰るのもいる。ここは、お子様相談室ではないのだ。などとは言えない。しがない探偵事務所に過ぎないが、矜持プライドは保たねばならない。 そう言えば、さんざん冷やかして帰りがけに逆ギレした客のことを思い出したら、腹がたってきた。

「あのぅ」向かいの事務服の女性が心配そうに見つめている。

「あっ失礼、コーヒーですか?」と我にもなくとんちんかんなことを口走ったらしい。

見ると、口をおさえ、クスクス笑いを堪えている。

それで緊張がとれたらしい。安心して任せてくださいと、料金説明も途中だったが、彼女はすべてお任せします。よろしくお願いしますと頭を下げた。それでは1週間ですね。(もちろん彼氏の素行調査の期間である)と言って、彼女は銀行の封筒を置いて行った。 前金である。分厚い手触りにニヤリとする。俺は、彼女の地味な服装やメガネも、早々に変装であることに気づいていた。そして、かなりの美形であることもである。

彼女はとても用心深い性格のようだ。

そして、勇気もある。俺は、秘かに好感を持ったのである。


1週間が過ぎた。俺は、カメラ盗聴器などを駆使して、調査報告をまとめた。パソコンで打ち出した報告書と写真をファイルにした。

翌日彼女はやって来た。今回は予想外に黄色が鮮やかなワンピース(蝶がプリントされている)だった。パンブスは紫色である。

髪もきれいな女性らしい髪形になっている。女性の髪形の変化は、決意の現れである。胸には、ネックレス。高そうなダイアが散りばめられキラキラしている。とても同じ人物には見えないが、特徴的なほくろが唇にあった。まさかつけぼくろではあるまい。笑った時に見たはしばみ色の瞳もだ。

メガネはなかった。

俺は、一応フェミニストだ。レディには飲み物をすすめるが、彼女は、これから彼氏(フィアンセと言った)に会うからと辞退した。

俺の見たところ父親はかなりの資産家である。成宮という名前は、あちこちに土地を持つ大手の不動産業の会長の名前を連想させた。

俺は、彼女に報告書を渡した。特に説明する必要はないだろう。後は、彼女が判断すればいい。


俺は、横浜にいた。まとまった入金がある日には、少しだけ贅沢をする。

中華街でレタスチャーハンを頬張ってると、俺を呼ぶ声が聞こえた。

荒井様、お電話です。

俺は、立ち上り受話器を握った。知り合いの人物からだった。

あの依頼人はやはり資産家の娘だった。気になるので、調べてくれるよう頼んでいたのだ。

どうやら、次期社長の座を狙っていた派閥がいて、令嬢と婚約まで漕ぎ着けたのだが、破談になった。

俺は、席に戻るとチャーハンを平らげ、中華スープと小籠包を注文した。

そう言えば、あの娘賢そうな顔をしてたと思った。


終わり





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