某国の人形姫
むかしむかしのお話。
とある公爵家に一人の少女が産まれました。
母親譲りの美しい金髪に、父親譲りの整った顔立ち。
十年もすれば国一番の美女になるだろうとまで言われていました。
少女には、兄が三人いました。
彼らはとても明るく活発な性格でしたが、少女は静かでおとなしい性格でした。
それでも、少女は家族の愛を受けてすくすくと育っていきました。
そんな少女は、六歳の頃に王国の王子に見初められます。
それを特に喜んだのは、少女の両親でした。
少女が王子にふさわしい女性となる様に、さまざまな教師を呼び、教育を施していきます。
少女はそれに反発することもなく、熱心に取り組みました。
今までより厳しくなったことにもめげず、ひたすらに。
そうすることで王子と添い遂げられると信じて。
少女が十二歳になり、王国が定めた学園へ入学する頃には、その美貌もあって、周囲の人を魅了する令嬢となっていました。
ただ、おとなしく物静かな性格が変わることは無かったようです。
王子との距離はこの六年間でさらに縮まり、他人の入る隙間など無いと思われるほどの仲睦まじさでした。
誰もが、王子の妃になるのは少女だと信じて疑わなかった頃、とある変化が訪れました。
それは、少女と王子が学園を卒業する最後の年に入学してきた一人の平民が原因でした。
学園に平民が入学するのは別段おかしい事ではありません。
むしろ生徒の大半が平民であるため、学園に通う貴族の子供たちが特に何かを感じることは無いはずでした。
問題となったのは、その平民の行動でした。
きっかけは、危ない所を助けてもらったとか、何かを手伝ってもらったとか、そんな些細なことだったのでしょう。
それ以降、彼女は王子に付きまとうようになりました。
王子も最初の頃は煙たがっていたようですが、そのあけすけな人柄に絆されたのか、次第に心を開くようになりました。
それに危機感をもったのは、少女と仲のいい生徒たちでした。
なんとかして王子から彼女を引き離せないかと考え、時には実行していました。
が、それを窘めたのは、他でもない少女自身でした。
これ以降、彼女をイジメようとする者はいなくなりました。
それをきっかけに、王子と彼女はさらに距離を縮めていきます。
学園の外で二人がデートしていたという話も、二度や三度ではなくなりました。
それでも、周りの心配をよそに、少女は一切行動を起こしませんでした。
気づけば、王子と彼女が仲良く歩いているのを少女が微笑みながら見ている、そんな状態も日常茶飯事となっていました。
そして卒業式。
王子の隣にいる女性が将来の妃になる、と噂されていた当日。
誰もが予想していた通りになりました。
王子の隣にいたのは、平民の彼女でした。
それは、王子が少女ではなく彼女を選んだという、決定的な事実となりました。
その日以降、何もしなかったせいで愛する男性を奪われてしまった女性の事を、少女に対する皮肉もこめて、『人形姫』と貴族の間では呼ぶようになりました。
それから数か月後。
王子は、正式に婚約者を発表しました。
相手は、少女でした。
卒業式でのことを知っていた人々は困惑しました。
なぜ平民の彼女ではなくなったのか、なぜ人形姫と裏で呼ばれるようになった少女が選ばれたのか。
様々な憶測が飛び交っていましたが、その真実がついに語られることはありませんでした。
数十年後、王子は国王となり、少女は王妃として国王を支えていくことになりました。
長く平和が続くと思われていました。
しかし、革命が起こり、国内は荒れていきます。
とうとう国王と王妃は捕まり、見せしめの為と称して処刑されることとなりました。
処刑が行われる当日。
そこには、処刑を一目見ようとする国民がたくさん集まっていました。
そして、処刑の時刻になりました。
先ず処刑台に現れたのは、国王でした。
彼の顔は憔悴しきっていました。
処刑人が王に何か話しかけていましたが、首を振り、答えようとはしません。
国民の罵声が響く中、処刑は執行され、王は命を落としました。
あまりにもあっけない最後でした。
次に現れたのは王妃でした。
その瞬間、その場は静まり返りました。
現れた彼女は、囚人服を着ているにも関わらず、むしろ、囚人服がより彼女の美しさを際立たさせていました。
その場で静かに微笑んでいる彼女は、まるで聖女の様でした。
その場にいた全員が、彼女に見惚れてしまったのです。
しかし、だからといって刑が免れるというわけではありません。
王妃もまた、処刑人の言葉に何も返さず、ただ首を振りました。
そして、その命が零れ落ちる瞬間まで、その微笑みを絶やすことはありませんでした。
処刑が執行されたあともその場は静まり返り、ただ苦い雰囲気があたりに拡がっていました。
それから、数カ月もしないうちに国は亡びました。
なんと、王国を昔から狙っていた隣国が、攻めて来たからでした。
隣国の王は国民に向かって言いました。
「人形姫と言われた王妃が生きているうちはおとなしくしておいてやろうと思っていたのに、馬鹿なことをしたものだ」
その後、人形姫と言われ蔑まれていた少女は、『亡国の人形姫』と呼ばれ、その功績も醜聞もわからないまま、人々の間で語り継がれていくこととなるのでした。
おしまい