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五話 手

夏ホラー企画、8月10日という投稿締切日までの完結に間に合いませんでした。

言い訳はしません。「まだ大丈夫だろう」の野郎の誘惑に負けました。あぁあ。

企画主催の百物語さん、応援してます。最後まで頑張ってください。ごめんなさいm(__)m

「これを渡しておく」

 橋本から渡されたのは、乾いた血のついたハンドガンだった。誰のものかというのは、聞かなかった。

 10秒ほどのいい加減な銃のレクチャーを受けた後、AKを構える橋本を先頭に、俺達は向かって右側の通路を進み始めた。

 関節のない腕はゆらりと廊下の窓にぺたぺたと手形をつけていたが、俺達の気配を感じた最寄の一つが、その動きを止めた。

「来るぞ。捕まったら終わりだ。一気に駆け抜ける」

 橋本の背中が言った。

 そして、言葉が終るや否や、動きを止めていた腕が、俺達の方に150キロ越えストレートのボールのように突っ込んできた。

「ひっ」

 同じくハンドガンを手にしていたらしい金髪が闇雲に撃った。当たらない。窓が割れた。

 その音に誘われるように廊下の端々まで展開していたどぶ色の腕が、一斉に飛んできた。それぞれが競い合うように、互いをぬめぬめと絡ませながら。

「走れっ」

 橋本の射撃は正確だった。ほとんど限界まで引き寄せたところで銃を連射し、最初の一本の血肉を迸らせる。前方に押し寄せる腕の流星群をたった一人で相手にしていた。

 俺は言われた通りにした。ドアの前を通り過ぎる時、ちらりとその中を見た。なぜか異様に暗いドアの向こう、俺は確かに教室を埋め尽くすほどの大きさの、鼓動するナニカを見た。橋本のすぐ裏まで着くと、

「ああああっ」

 叫び声。調子が外れているため、誰のの叫び声かわからなかったが、予想はつく。

 金髪が後ろから来た一本に胴体を巻かれていた。

「たすっ助けてっやだっ、おい自衛隊だろなんとかしろっ」

 細い腕からは予想もつかない力がかけられているらしく、金髪はそれを解くことができない。その中に金髪に対する愛おしさを垣間見た俺は、銃を固く握りなおす。

「早く来い」

 遅れて着いた一本が、金髪のふとももに蛇のように絡みつく。わが子をあやす様に、変色した手のひらでひざの辺りを辺りをなでた。一本、また一本と数は増えていき、とうとう関節ごとに区切られた金髪の部位がすべて巻かれた。金髪が失禁してそれが腕のいくつかを伝ったが、腕は数か月も干ばつが続いていた地域に降り注いだ雨に打たれたように、うれしそうに身を震わせた。そして、金髪はそれぞれの腕に引きこまれ始めた。無論それらはやがて集束することなく、はやくも一番手前の教室の引き戸のところで金髪は背中を反らされるはめになっている。

「あっ、あっ、あっ」

 カチカチと、マガジンの空になった金髪の銃が空しく音を奏でる。その様子を突っ立って見ていた俺は、裏から小突かれた。

「早く来い。なにぼさっとしてる」

 橋本の顔を見て、そのまま前方を見た。ミミズのようにくねらせながら床であがいている腕、一か所に集中砲火をあびてちぎれた腕、すでに引っ込んでいる腕など、ほとんど全滅に近かった。ペンキの入ったバケツをいくつも撒いたかと思わせるほど、血が廊下中に飛び散っている。1−1から1−3までの昇降口を区切りとした右側通路の教室の引き戸からは、いまは何も出てきていない。

 橋本の後をついていくと、俺は初めて、窓の向こうにも校舎があることに気づいた。

「寄宿舎だ」

 1−1の教卓側のドアに銃を突きつけた橋本は、なにもないことがわかると、安堵したように言った。

 渡り廊下へ続く曲がり角を通り過ぎ、職員室の前も通り過ぎる。妙な作りをしていると思ったが、廊下の端っこには職員用玄関があり、この場所はフェンスの倒れた場所からは隠れていた。受付まであるようだ。そして、その隣、職員室と玄関に挟まれる形で、校長室と上のプレートに書かれた、凝った趣向が鼻につくドアが佇んでいた。

「おとりか」

 俺は玄関の外に見える雑草の目立つ景色を眺めながら言った。肉の引き裂かれる音が後ろから聞こえたので、俺は“驚いた”。

「なにがだ」

 ドアには鍵がかけられているらしく、橋本がなにやら細工しているのが見て取れた。

「金髪と俺」

 カチャリ。

 鍵が開いた。

「ここを突破しようとしたのは、初めてじゃないだろ。お前は前方だけを見て、後ろは気にしなかった。獲物を一つ捕まえたら他は放っておく、ってのは、あの化け物の習性か?」

 俺は銃を橋本の後頭部に向ける。橋本は答えず、振り向きざまに銃口の熱くなったAKを俺の眉間に突きつけた。“俺は迷わず引き金を引いた”が、くじの外れを知らせるカチリという音がしただけで、思っていたことは起こらなかった。

「その通りだ。そして、あの変異体には、もう一つの習性がある」

 橋本が空いた手で校長室のドアを開けると同時に、沈黙を保っていた引き戸から、どぶ色の細いものが束になって、開いたドアの面積を目一杯使って飛び出してきた。数百はあろうかという束の先端には、手に混じって人の顔もついていた。

「これから逃げるのは至難の技だったよ!」

 橋本は俺に前蹴りを食らわすと、ドアの向こうに消えようとした。左から迫る死線の中に、自衛隊のキャップをかぶった黄ばんだ顔がいくつか見え、俺はそいつらが橋本の名を弱弱しく呼ぶのを確かに聞いた。ドアの向いの壁にぶつかりむせる俺を、目の前の逃げ道が見捨てようとしている――


 橋本の残酷な笑みに空しく助けを伸ばした俺の手を、見えない火に焼かれている左手が掴んだ。


読んでいただきありがとうございましたm(__)m

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