1章 記録保持者 第一話
ーーーーーこの記憶はなんだろう。
熱を持った硝煙の香り、むせ返るほどの血生臭さ、あとは一人の女の子と思しき泣き声、あるいは男の子だったかもしれない。
赤々と燃え上がる灼熱の獄炎は泣き噦る子を捕らえるように囲み、燃やし尽くしてしまった。
だがどうしてだろう、人の燃える臭いはどこか心地良く感じられた、狂ってしまったのだろうか。
熱気を感じ前を向く、目の前には先程人を焼いたばかりの獄炎が赤々と燃え盛っていた、それに気付いたときにはすでに遅く、皮膚に炎が燃え移っていた。
熱い!痛い!そう声を出そうとするが声が出ない、もう喉が焼けただれているのだろうか、不思議ともう痛みも感じない。
「悪魔に相応しい最後だ」
どこからかそう聞こえた、自分が何者で何をしたかなど覚えても居ない、思い出そうとすると頭が痛い。
燃え盛る炎の中で薄れゆく意識はもう限界に達していた。
視界が暗転する。
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はっ、と眼が覚める。
肌に冷たいモノを感じ、ふとそこを見る。
冷や汗だろうかベッドまでびっしょり濡れていた。
「またあの夢か...いったいこれで何度目だよ。そろそろ診療科にでも相談するべきなのか」
そんなコトを呟きながら今日もまたベッドから起き上がる。
ふと時計を見ると透き通ったガラスの針は朝の8時を過ぎた辺りを指している。
学院の入学式まではあと30分程度しかない。
「やべっ!絶対間に合わねぇ!終わった、俺の学園生活は遅刻から始まるんだぁぁぁぁぁ!」
俺、御剣 新八は今日から【ロドネイド魔術高等学院】に入学することになっている、のだがなかなか校則が厳しいと聞く。
その中で遅刻なんてしようものなら、などと考えるだけでも恐ろしい。
急いで靴を履き、真新しい肌着に身を通し、学院に向かって全速力で走った。
結果努力は報われずに、今こうしてチャイムの鳴り終えた静かな門の前に立ち尽くしているのだ。
入学早々に恥を忍んで門を潜る、果たして先生達に歩いて来たことを悟らせて良いものかと考え、一つ悪知恵を働かせた。
新八はわざとらしく息を切らせてあからさまに、やむなく遅刻してしまったんです、と言わんばかりの下手な演技をしながら職員室のドアをノックした。
「失礼します!今年からここでお世話になる御剣 新八ですっ!道が混んでいて!止むを得ずに!すいません!すいません!本当にすいません!」
などと若干テンパり気味の謝罪と状況説明をして、これからどうすれば良いかを聞こうとしたときだった。新八は自らの耳を疑った。
「御剣先生、初日から遅刻ですか?まぁ取り敢えず御剣先生もいらっしゃったので自己紹介を」
校長の発した言葉はまるで新八にとっては的外れであり、形容しがたいような大きさのハテナマークで頭の中がいっぱいいっぱいだった。
「ちょっ、ちょっと待って!校長先生、今なんて...?」
「いや、だから御剣先生お早く席に、と」
新八は状況を理解できず、いや、理解などできるはずが無かったのだ、当たり前と言えば当たり前である。
教えるられる立場だったはずがいきなり逆転してしまったのだ。
自分でも物分かりは良いほうだと思っては居たのだが、今回ばかりはどうも理解ができない、ことは無かったのだが信じるまではそれなりの時間を要しただろう。
しばしの静寂が辺りを包んだ。
恐らく新八にはその数秒が永遠にも感じられたことだろう、が、その永遠にも唐突な終わりの合図が飛んでくる。
「御剣先生?自己紹介をして貰ってよろしいですか?」
校長先生は優しく新八にそう問いかける。
その声で新八は我に返り足早に自分の席だろう空席に腰掛け軽く自己紹介をしようとする、そうするとなぜか周りがどよめきだすのが分かった。
その時だった、職員室のドアが開き一人の教師と思われる女性が入ってきた。
年齢は20前半といったとこだろうか、その金髪慧眼の容姿端麗な整った顔立ちは恐らく男性、いや、老若男女問わずに見惚れてしまう程の美貌でありながらもどこか妖艶さを感じさせた。
その女性はこちらを向き、こちらにツカツカと歩み寄り、いきなり頭を鷲掴みにされた。
「なんだよっ、いきなり何するんだよ!?」
「新任で、しかも補助の分際で担任の椅子に腰掛けるとは随分新任の立場も上がったものですわねぇ?」
新八は慌てて校長の方に向き直る、すると校長は笑顔で君の席はあっちだよ、と伝わってくるほど必死に指を指していた。
やっちまった、心の中で頭を抱えていた、のだがそろそろ少人数の教員と言えど視線が痛いので直ぐに立ち直り、自分の席に向かう。
今度こそは大丈夫だと安心し、座席に移動し、自己紹介を始める。
「今日からロドネイド魔術高等学院でお世話になる御剣 新八でーす。俺からも言いたいことがあるが校長先生が早く話を進めたそうなんで割愛しまーす、以上!」
新八は昔から敬語や丁寧な言葉遣いが苦手であった、そのため自己紹介もとても教師としての入学ということが伝わっていなかったとは言えど、新任教師のそれでは無かった。
けれども他の教員達は気にすら掛けていなかった、証拠として校長が構わず話を始める。
「御剣先生、自己紹介ありがとうございました。新任の教師ということですのでここのことを説明しますね。ロドネイド魔術高等学院は少人数精鋭教員体制という教育体制をとる学校でして教員数は御剣先生と私を含め6名しか居ないのですよ。」
「ほうほう、それで?何か言いたいことがまだ有りますか?」
「ですので御剣先生には他の教員の方達と仲良くして頂きたいな、と思いまして」
「可能な限り善処しようと思います」
「助かります」
そう言い終わると校長はそそくさと職員室を出て行った。
後ろから、そこの!と声を掛けられて後ろに振り向く、そこには先程新八の頭を鷲掴みにした教員がいた。
「私、ルーゼンベルト=ドワニコフと言いますの、あなたと私は同じ学年の担当で、先程も言ったと思いますがあなたが副担で私が主任ですの、精々迷惑かけないで下さいまし。」
「そんなツンケンした態度だと特殊な性癖を持った方にしか受け入れてもらえないですよ?」
などと軽愚痴を叩いていると凄い形相でこちらを睨むルーゼンベルトの姿があったので、ははっ冗談ですよ、とだけ伝え担当の学年の教室棟まで移動した。
「にしてもバッカみたいに広いなぁ、完全に金の無駄遣いな気もするが実際に中で働くってなったら悪い気はしねぇな。」
独り言を言っていると廊下の窓から見える中庭にそれこそ二、三百メートルはあるだろうかという程の巨木が生えていた。
「それは世界魔術回廊樹、通称ユグドラシルですわ、
樹齢はなんでも数万年を超えているとか。」
「これがあの伝説の...まぁそれは良いんだがなんで外から見えねぇんだ?こんだけデカけりゃ隠せねぇだろ
」
「ユグドラシルはその名の通り世界の魔術回廊を司る神木ですわ。そしてその神木が発する魔力は濃度が高すぎて光すら曲げてしまうの、だから外からは光が湾曲して人間には観測できないのですわ。」
二人がユグドラシルについて語っていると近くのスピーカーからチャイムの音がする、ホームルームの合図のチャイムだ、それを聞いた二人は、やばいっ!、と声を揃えて言うと教室棟に向かって走り出した。