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第3話 vsタコ

ワールドマップの1歩とエリアマップの1歩は違う。

田丸はそれを実感した。

ゲームでの東の洞窟は、セラレーラの町のすぐ左にあったはずだが、

2、3kmは歩いただろう。

ひたすら何もない草原の中の道を歩くのみで、退屈だった。


その間に初戦闘も済ませた。

出てきたのは全てゲーム内の最弱モンスターのジェリーだったので、

難なく倒すことができた。

ジェリーとは、ゼリー状の小さな体に可愛げのある顔がついたモンスターで、

ドラファンシリーズのマスコット的存在としても知られている。

プレイしたことがなくても、このモンスターだけは知っている層も多いようだ。


武器を何も持っていないので蹴って攻撃していたのだが、

ブヨブヨとした触感がどことなく生々しくて、

その上可愛い顔までついているので、罪悪感が湧いて仕方がなかった。

しかし、どういうメカニズムで動くのかも分からないそのゼリー状の体がなかなかの勢いで飛んでくるので、攻撃を受けてしまうと普通の服装なのも相まって結構痛かった。


ゲーム内ではいろいろなコマンドが出て

自分の与えたダメージや受けたダメージを把握できるが、

今のところそれが全くない。

しかし、プレイした経験に照らし合わせて考えると、

HP25のジェリーに3回攻撃すると倒せるので、

自分の一撃がだいたい9ダメージくらいであることは分かった。


だが、自分のことは全く分からない。

この攻撃でどれほどのダメージを負うのか。

HPはどれほど残っているのか。

この服に防御力はあるのか。


そんな事を考えながら歩いていると、

東の洞窟の入口と思わしき洞穴が見えた。

近づいてみると、横に立っている看板に

「セラレーラ東の洞窟 危険 入るな」

と書いてあった。

ここだ。

田丸は入っていった。


幅が5m、高さが3mほどの洞窟で、

壁には松明がかけられていた。

薄暗いが、視界がきかないわけではない。


ハマっていた頃、このゲームの設定集というのも買って読んでいた。

その中では、この洞窟は奥の湖が釣りの名所なのだが、

よく人間がゴミを捨てていくので、湖のぬしである

オクタゴン(最初のボスの水色のタコ)がいよいよ怒って

入ってきた人間を襲い始めたということらしい。


読んでいた頃はなるほどなあ、と思っていたが、

ゲームの中でそのことに関する言及はない。

一体本当なのかはハッキリしないが、

子供心にその設定集は、ゲームの世界観をよりリアルにするものだった。



この洞窟には、先ほどのジェリーに加えて、

バットラーというコウモリ型のモンスターも現れる。

バットラーもジェリーと同じく、デフォルメされたような可愛らしいモンスターであり、

特別強いわけではないが、ジェリーよりもステータスが高いので油断はできない。

しかも、田丸は少し疲れていた。

これがHPの減少によるものなのか、ただ単に体力を使っただけなのかは分からない。

だが、これまで何度もダメージを受けているので、

HPはそれなりに減っているのは確かだった。


そろそろ分かれ道のはずだ。

そこで宝箱のルートに行って薬草を取ろう。

そう思い、田丸は真ん中の道へ入った。

奥にたどり着くと、宝箱がある。

「よかった。いろいろイレギュラーはあったけど、基本はゲーム通りみたいだ」

宝箱を開けると、薬草と思われる草が入っていた。

見た目にはただの雑草とそう変わらないものであり、

野生のものを採ってくることなどは難しそうだ。

「そういえば、薬草ってどう使うんだ?」

ゲーム内では、『つかう』のコマンドを選ぶだけで、

HPを20ほど回復できる。

しかし、目の前にコマンドはない。


HPは減っているはずだ。

ボス戦の前に回復しておきたい。

でも、回復方法が分からない。


「……こうかな」

右手に薬草を握り締め、掲げてみる。

何の効果もない。


風邪をひいたときよろしく、首筋に巻きつけてみる。

何の効果もない。


申し訳程度に舐めてみる。

苦い。


「どうすりゃいいんだよ!」


たしか、オクタゴンのHPは、70はあったはず。

どう攻撃をしても、数回は攻撃を受けることになる。

1撃で5ダメージだが、それは初期装備での話。

この服じゃ、きっと革の鎧より防御力は低いし、

盾も持っていない。

1レベルでの主人公のHPは30。

これでは、勝てない。


しかし、街を出てから数時間が経過している。

今から戻って装備を整えた場合、もしもの事があるかもしれない。

どうにか、オクタゴンを倒す方法を考えなければ。

考えろ。ここはあのゲームとは少し違う、イレギュラーな世界だ。




「タココココ!助けに来たか人間!

だが手遅れだぁ!貴様になどオレサマが倒せるはずもないからなぁ!」

オクタゴンがゲーム通りのセリフを述べる。

こいつこんな声なのか。声帯どうなってるんだ。

首長の息子はオクタゴンの触手に捕らえられている。


「そいつはどうかな?」

田丸は松明をオクタゴンに向ける。


「なにぃ!?そんな、卑怯だぞ!」


田丸は攻略本も読んだことがあった。

読んだのは全クリ後であったが、

まだ自分の知らないこともあるかもしれないと思ったからだ。

「知らないこと」の中にオクタゴンに関することもあった。


主人公がオクタゴンに挑む時点では炎属性の技は覚えていないが、

オクタゴンには炎属性が弱点として設定されている。

たぶん、終盤で出てくるオクタゴンの色違いのモンスターの

弱点が炎属性なので、一緒に設定されたのだろう。

ゲーム内で松明は武器として扱われていないが、

火がついているので炎属性ということでいけるだろうと考えていた。

どうやらその狙いはビンゴだったようだ。



「子供を人質に取るようなやつ相手に卑怯もクソもない!行くぞ!」

田丸が松明を手に殴りかかる。

「それならこうだ!」

オクタゴンが後ろの湖に飛び込んだ。


ゲームでは、戦闘中にオクタゴンが取る行動は、

攻撃と、水属性ダメージを与える水鉄砲だけだ。

しかし、目の前のオクタゴンは、奥の湖の真ん中に陣取っている。

こちらがイレギュラーな行動を取れるということは、

相手も同じようなことが出来るということなのだろう。


「チューッ!!!」

オクタゴンが水鉄砲を撃ってきた。

水の砲丸が足元に着弾し、岩が砕ける。

最初とはいえさすがボスキャラだ。

ジェリーなんかとは攻撃力が違う。

当たってしまえば大ダメージは避けられない。


田丸は焦っていた。

これでは一方的に攻撃されるだけだ。

ゲームと違ってターン制バトルでもないようだ。

これまで攻撃した後に相手の攻撃を待っていたのがバカらしい。

今のところ遠距離攻撃の手段はない。


「……おい、水鉄砲はどうした?MPでも足りないか?」


「うるさい!1発打つのにちょっと時間かかるんタコ!」

すぐ殺してやるから待つタコ!」

どうやら、速射はできないようだ。

しかしチャンスとまではいかない。

攻撃の手段がないことに変わりはないのだ。


「どうしたどうした?攻撃できないタコ?

とっととシッポ巻いて逃げるか、恐怖で漏らしてしまえばいいタコ!」


「うるせえ!この程度で漏らしてたまるかよ!今年で25なんだぞ!」


「じゃあ喰らって死ね!チューッ!」

水鉄砲が飛んでくるが、1発だけなので避けるのは容易い。


「ラチがあかないタコ!とっとと帰れ!

このガキは殺すタコがな!」


「そうご期待通りにしてたまるかよ!」

松明を投げつけようとするが、避けられたらおしまいだ。

なんとか引きとどまる。


「チューッ!!」

数秒の間を置いて、再び水鉄砲が飛んでくる。

しかし見当違いの方向へ飛んでいく。


「どうした、コントロールが狂っちまったか!?」


「レヴァンさん!危ない!よけて!」

首長の息子の突然の警告に慌てて右に避けると、

立っていた場所に岩が落ちてきた。


「助かった!ありがとう!

……お前、タコだがアホじゃないみたいだな」


「そりゃどうもタコ。

ほらほら、今のはビビったタコ?おしっこジョバーしちゃうタコ?」


「さっきからうるせえな、俺が漏らすわけ……」

そう言いかけたところで、田丸はいきなり湖のそばまで駆け出し、

チャックを開けた。


「お前、まさか……」


「そのまさかだ!お望み通りにしてやる!」


「やめろぉーーーー!」


田丸はそのまま湖に向け放尿した。

モラルに反する行為であり、教師としては実に相応しくない行動だが、

この状況で咎める者はいない。


「きたねえ!お前、余計に汚してくれやがって!許さん!」


オクタゴンが陸に飛び上がり、

怒りのままに触手を叩きつけてくるが、それを躱して

松明で触手を叩く。

「ギャーーーー!いってーーーー!」

痛みからか首長の息子の拘束が解ける。

そのまま抱きあげてオクタゴンから離れた。

これで首長の息子は救った。


「クソぉ……よくも……」

オクタゴンは怒りのあまりか、震えている。


「いやまあ、こっちも悪かったよ。

俺らが湖を汚しちまったんだよな?」


「お前……なんでそれを?」

どうやら設定集の通りのようだ。


「それは設定集……じゃない、何となく分かったんだよ。

トドメを刺すことはしない。

街の人間にここを掃除するように頼むから、

人間を襲うのはやめてくれないか?」


「オシッコかけといてよく言うタコ……

分かった、それで改善するならもうこれっきりにするタコ。

だが、また汚すようなことがあれば許さんタコ」


「ああ、キツく言っとくから。な?」


「分かった分かった、早く帰れタコ。

ばっちいからしばらく底の方で寝てるタコ。じゃあな」


オクタゴンは湖の底の方へ沈んでいった。


ゲームではオクタゴンをそのまま倒すだけなのだが、

田丸は設定集を読んでから、その結末にモヤモヤしていた。

今回はゲームと違ってそのまま逃がしたが、気持ち的にスッキリしていた。


(モンスターを倒すだけが勇者じゃないのかもな……)


「レヴァンさん!ありがとう!」


「おう、これからは危ないマネはすんなよ?


「うん!」


(衛兵という雇われの身で、首長の息子にタメ口を聞いてしまったが

大丈夫だろうか。教師の感覚で話してしまった)


「それにしてもレヴァンさん、いつもは敬語なのにどうしたの?」


やってしまった、と田丸は思ったが、

息子は笑顔で、


「でも、いつも人間ぽくなかったし、今日のレヴァンさん新鮮!

本当のレヴァンさんってそんな感じなんだね!」

と言った。


レヴァンじゃなくて中学校教師なんだけどなあ、と

田丸が苦笑いしていると、

湖のあたりの空間にヒビが入りだした。

その隙間から、光が溢れている。

あの、サークル社での光と同じようだ。

まさか、あれもこれも夢ではないのか、

そんなことを考えているうちに、

ひび割れた空間に穴が空き、田丸はその中へ吸い込まれていった。


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