第1話 社会科見学
今日、市立聖堂院中学校の2年生は社会科見学で、大手ゲーム会社のサークル社の本社ビルに来ていた。
2年3組は、超人気ゲーム『ドラゴンファンタジー5』の次世代機リメイク版の体験ルームにいた。
担任の田丸欽一は、このゲームのオリジナルバージョンを発売当時プレイしていた。
あの時はちょうど小学生で、寝る時間も惜しんでゲームして、学校でよく寝ていたのを覚えている。
当時はドット絵で、それから8年後に3D版が発売された。
3D版発売から10年後の今、大幅にグラフィックが向上した次世代機版が発売されようとしている。
リメイク版はプレイしていないが、子供の頃に慣れ親しんだゲームがこのように新しい技術を注ぎ込まれて今の子供たちにプレイされるのは非常に嬉しかった。
「はい、それでは誰か体験版のプレイヤーになってほしいんですけど、やりたい子はいるかなー?」
サークル社の社員が呼びかけるが、誰も手を挙げない。
仕方ない。今の子供たちは消極的なのだ。
そう思い、田丸がクラス委員の桐生孝介を指名しようとしかけた瞬間、
「やっても、いいですか」
手を挙げたのは、普段積極的ではないはずの赤嶺龍斗だった。
彼は、授業中に発言をするタイプでもないし、特に目立つようなタイプでもない。
しかし彼がゲーム好きというのは、毎日提出する教師と生徒の間の日記で知っていた。
「はい、それではディスプレイの前に座ってください。
体験版ですので、10分で終わります。
他の皆さんは前にあるスクリーンをご覧下さい」
社員がそう案内すると、一番前にある席にリュウトが座る。
スクリーンには、見たことのない景色が広がっていた。
おそらく、ゲームの中で最初に訪れる事になるセラレーラの町のようだが、あの頃の2Dのドット絵と比べるとまるで別物だ。
本当にこの中で暮らすこともできそうなほどに緻密に作られている。
感動している田丸に対して、次世代機のグラフィックに慣れ親しんでいる子供たちは特に大きなリアクションを取ってはいなかった。
それは、プレイしているリュウトも同じだった。
主人公のグラフィックは大幅に変わっていて、
原作では可愛らしいドット絵だったのだが、モニターに映る主人公の姿は細身のイケメンに変わっていた。
持っている剣も何やら仰々しい装飾の付いたものだ。
正直、田丸の思っていた主人公のイメージとは違っていたので少しショックだったが、こういうのが今の売れ線なのだろうと思い、納得することにした。
「では、門を出て、東にある洞窟に入ってみましょう」
覚えている。
セラレーラの町の町長の息子が洞窟に探検しに行って戻らないのでその子を助けに行くのがこの冒険の始まりだ。
体験版なのでその辺は省かれているのだろうが、田丸はゲームのストーリーを思い起こしていた。
リュウトの操る主人公が洞窟に入る。
ゲームの中の最初のダンジョンなので、難易度はかなり低いし、道に迷うこともない。
しかし、原作とは違って、モンスターがマップ上をうろうろしている。
今流行りのシンボルエンカウントというやつだ。
田丸がプレイしていた当時はランダムエンカウントだったので、パーティーが全滅しかけてダンジョンから逃げる途中に強い敵とエンカウントして全滅した事が何度もある。
今はそういう難しいところは削られているんだなあと田丸は少し残念な気持ちになった。
リュウトは敵シンボルをスイスイすり抜けていく。
個人的には戦闘シーンを見てみたかったのだが、無駄な戦闘を避けたいというのなら仕方がない。
そしてあっという間にボスの部屋の目の前までたどり着いた。
この洞窟、途中で3つの分かれ道が出てくるのだが、左から行き止まり、宝箱、正解ルートとなっている。
宝箱の中身も薬草なので、正直わざわざ行く意味はない。
3本のうちから1回で正解ルートに行ったということは、リュウトはこのゲームをプレイしたことがあるのだろうか。
せいぜい3分の1なのでただの偶然かもしれないが、ゲーム好きのリュウトのことなのでプレイ経験があってもおかしくはない。
いよいよボスとの戦いだ。
この洞窟のボスは青っぽいタコみたいなモンスターだ。
しかし、スクリーンに出てきたのは、巨大な、禍々しい、黒いドラゴンだった。
最初のボスにしては、あまりに仰々しい。まるでラスボスみたいだ。
「あれ?こんなモンスターいました?
この洞窟のボスって青いタコみたいなやつのはずじゃ……」
田丸は気になってついつい社員に尋ねた。
「ああ、一応ネタバレ防止ってことで没になったモンスターをここだけ採用したんですよ。
ステータスは調整してあるので見た目と違って楽に倒せますよ」
「見たことないと思ったら没モンスターだったんですね、なるほど」
リュウトの操る主人公が3回ほど攻撃すると簡単にボスは倒れた。
すると、いきなりリュウトの前にあるディスプレイと、一同の前にあるスクリーンが強い光を発し始めた。
「へえ、最新のゲームってこんな演出があるんですね」
「いや、こんなプログラムは無いはずですが……」
光は強さを増し、部屋が揺れ始めた。
最初は「おー」と感嘆の声を上げていた生徒たちだが、違和感に気付いたのか、悲鳴が次第に上がりはじめる。
「これはさすがにおかしいですよね!?なんですかコレ!?」
「分かりません!もう何が何だか!」
悲鳴と揺れが頂点を迎えようとする中で、田丸は意識を失った。