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第三章〜「出会い」〜

 


 優二と約束した忘年会当日。僕は忘年会に間に合うギリギリの時間に家を出た。

 今日の天気予報は「雪」らしい。確率はなんと六十パーセント。

もし雪が降るとなると今年の冬初めての雪になる。天気予報をしっかりチェックしていたので忘年会には傘を持っていった。


 忘年会の会場であるいつもの居酒屋に歩いて向かっていると、やっぱり雪が降ってきた。

 天気予報は的中。

 天気予報が当たったおかげで僕の傘はその存在意義を発揮した。

 天気予報士は今日の天気を当てることができ、きっと満足な仕事ができたと思う。ただ、いつも当てることができるとは限らない。稀に外れることがあるのだが、外れたことに対して世間からたたかれるようだ。なんとも微妙な仕事をしてるんだなと勝手に考えながら僕は居酒屋へ歩き続けた。



 僕には考え事をしながら歩く癖があるせいか、時間が本当にギリギリになってきた。

 腕時計を見ると残り5分たらず。

 やばい…。

 今はちょうど公園の前。目指す居酒屋はこの公園の先である。

 いつもは公園を横切らないで行くのだが、今の状況ではそうはいかない。横切らないと5分以上かかってしまう。しかし、横切る場合は5分もかからない。経験とはこういうときのためにあるものだ。

 遅刻すると優二はうるさい。おまけに遅刻するといつも罰ゲームをさせるのだ。あの罰ゲームは昔受けたことがあるが、たまったもんじゃない。なので僕は最終手段として公園を横切ることを決めた。

 ちなみにこの公園はあまり広いものではなく、公園の中心に噴水が置かれ、その周りにはいくつかベンチがあるだけ。たいていいつも犬の散歩などに利用されるようだ。



 だんだんと雪の降る量が増してく。

 この状態だと明日は積もるかもしれない。

 さすがにこの天気では公園には誰もいない。当たり前か、雪の中で散歩をする人なんていたら珍しい人間だ。



 公園の中心の広場を横切ろうとすると噴水の前に人がいるのを見つけた。その女性は噴水を見上げているところだった。

 傘もささずに雪の降る中に立っている。

 その光景を見て僕は立ち止まった。

 彼女は白いコートを着ていて、髪は黒くストレート、長さは肩甲骨くらい。雪の降る中に傘もささずに立っているわけだから頭の上にはちょっと雪が積もっていた。

 しかし、その後姿はなんとも雪の降る景色に似合っていた。

 一瞬ではあるが僕の時間が止まっているように思えた。

 そのことに気がつくと僕は遅刻ギリギリなことを思い出し、その場を後にして居酒屋へ急いだ。それにしてもこの雪の中に傘もささずに立っているなんて不思議である。



 居酒屋へ着いた時には息が切れていた。ちょっと走っただけなのに息が切れるなんて運動不足を物語っているに違いない。

 店の前で呼吸を整えていると中から優二が顔を出した。

「遅刻ギリギリだな。まぁ今回はセーフにしとくよ」

 助かった…。

罰ゲームを回避することができたようだ。

「ああ、すまん」

 僕はそう言うと居酒屋の中へ入った。





 何時間経過しただろう。

居酒屋の中ではサークルのメンバー達のどんちゃん騒ぎが続く。毎回、開始からそのテンションがずっと衰えないことに驚かされる。

 僕はいつもそのテンションの渦の中心から離れた場所にいる。

 そのことに対して昔、優二にノリが悪いと言われたことがあった。もちろん僕も充分わかっていた。僕はなんともこの空気に馴染むことができないのである。

 そのため飲み会の場ではひたすらお酒を飲み、となりに座っている人の話を聞いていたりする。それは聞き手に回っていた方が気が楽だと思うからだ。

 しかし、そんなところが女性に対しては受けがいいらしい。それも以前に優二に言われたことがあった。なんでも自分の話を聞いてくれる人がいるというのはとても助かるのだそうだ。女性の心はなんとも不思議である。


 腕時計を見るともうすでに十時を回っている。そろそろお開きになると思っていると、優二が僕の方に近づいてきた。

「これから二次会やるみたいだけど行くかい?」

 う…。

 またこれが続くのはさすがにうんざりである。そのため僕は軽く嘘をついて断ることにした。

「すまんな。今日はやることがある」

「そうか。じゃまたな」

 優二はそう僕に告げるとまたテンションの渦の中心に舞い戻っていた。



 店を出ると寒さが身にしみる。

ホロ酔い状態だったため一瞬にして酔いが覚めた気がした。

 外の天気はまだちょっと雪が降り続いている。傘をさすと僕は帰宅することにした。


 公園の前に差し掛かると僕は足を止めていた。先ほどの光景を思い出したである。

公園の中に一人で噴水を見上げていた女性。

雪の景色に似合っていたあの後ろ姿。


 まさかなと思いつつも公園の中に入っていく。

すると、あのときの彼女がまだ噴水の前に立っていた。

え…?

 僕は慌てて腕時計を見る。午後十時過ぎ。忘年会の開始時間とほぼ同じくらいに公園を横切ったのだから、そのときは午後七時前のはず。そう考えると彼女はこの寒い雪の中に三時間ちょっとも立っていたことになる。



 普段ならこんなこと僕はしないだろう。だって僕自身驚いているのだから。まだ酔いが覚めていなかったのかもしれない。


僕は彼女の近くに歩み寄り、彼女の頭の上に傘を差し出したのだ。



 僕は傘を差し出すと彼女に話しかけていた。

「もしかしてずっとここにいたの?」

 そう言って彼女の返答を待つ。しかし、彼女は僕を見ようともせず噴水を見続けている。

 そして、沈黙…。

 しばらく僕も黙って噴水を見上げていると、

「ええ、そうよ」

 たった一行もない台詞を彼女は噴水を見続けたままさらりと答えた。僕はここにずっと立っていた理由を聞いてみたかったが、それは初対面の人に対してあまりにも失礼だと思うのでやめておいた。

 ふと彼女の手を見てみると彼女は手袋をしていなかった。さすがにこの季節に手袋なしではきつい。

「ねぇ、寒くないの?」

 と今度は彼女にそう聞いてみた。

 また沈黙…。

 他人から見たら酔っ払いがナンパしていると思われてもおかしくない。変な話だが僕自身もそう見られても仕方がないと気づいている。

「ええ、寒いわね」

 しばらくの沈黙の後、彼女はそう僕に言ったが、彼女の顔はやっぱり噴水を見続けたままだった。おまけに台詞は一言。

 素っ気無い反応である。

しかし、この寒い中ずっと立たせておくわけにはいかない。それは誰もが思うことだろう。

「温かいコーヒーなんてどう?」

 この場から離れるきっかけになればと思って聞いてみた。

 すると彼女は多少考えたのか、しばらくの沈黙の後、僕の顔を見て今度は笑顔で答えた。

「じゃ、温かいミルクティーをお願い」

 素っ気無い反応を期待していたので、笑顔で言われたときには正直びっくりした。

 しかし、反応してくれたことに対して僕はホッとしていた。

 僕が提案したコーヒーはあっさりと拒否されてしまったけど…。


 彼女に僕が持っていた傘を渡すと、僕は公園の前にある自動販売機まで走って行った。走って行ったので途中雪に足を取られてこけてしまった。誰もいない公園でよかったと、このときほど思ったことはなかったね。

 自動販売機にはちょうどコーヒーとミルクティーがあった。自動販売機に硬貨を入れるとガタンという音と共に飲み物が出てくる。二つの缶を両手に持つと、僕は彼女の元へまた走って戻った。両手に持った二つの缶はとても温かい。心地よいぬくもりを感じた。


 彼女のいる場所へ戻ると雪はちょうどやんでいた。

「はい、どうぞ」

 そう言って僕は彼女にミルクティーを渡すと、噴水のふちに積もった雪を払い、腰掛けて座った。すると彼女も僕の隣に腰掛けた。そして彼女がミルクティーを飲むのを確認してから僕も缶コーヒーを飲んだ。冷えた体がコーヒーによって温められる。

「ああ、おいしい」

 彼女はミルクティーを飲むとそうつぶやく。

 彼女の吐く息が白く舞い上がる。

 横から見ても彼女の姿はやっぱり雪景色と似合っていた。


 噴水からの水の流れる音が夜の静寂と合わさってとてもきれいだと感じた。その音を感じていると今度は彼女から僕に話しかけてきた。

「私の名前はね、綾瀬空って言うの。あなたの名前は?」

 きれいな名前だと思った。

「…ああ、久瀬拓海って言うんだ」

「たくみ? もしかして海って漢字使ってたりするのかな?」

「そうだけど…」

「偶然ね。私は空って漢字使うもの。空と海かぁ、なんか名前に接点があるのって親近感わくね」

 そう言うと彼女は僕に微笑んだ。その笑顔はさきほど素っ気無い反応をしていた彼女のものとは思えない笑顔だと思った。

 

「ありがとう、あなた優しいのね」

 そう言うと彼女はまたミルクティーを一口飲んだ。

 このとき僕は彼女のこの『ありがとう』という言葉はコーヒーのお礼だと思っていた。

「どういたしまして」

 僕はそう言うと彼女に微笑んだ。



 これが彼女との初めての出会いだった。






なかなかスムーズに更新するのは難しいですね。けど、頑張って少しずつ更新を増やしていく予定です。

もしよければ感想など、もらえるととてもうれしいです。

これからのことに役に立ててばと思っています。

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