第二章〜「追憶」〜
あのとき僕は大学二年生だった。大学はというと○○大学の工学部である化学科に在学していた。なぜこの大学なのか?ということに対しては特にこれと言って理由はない。
いま考えても僕はあまり物事に関心がない高校生だったと思う。
高校三年生の時、僕の周りでは進路の話をすることが多くなっていた。当然それは自分の行きたい大学や受験などの話しである。
僕の通っていた高校は進学校の一つであったため、高校卒業後の進路は大学へ行くというのが一般的。実は僕が大学進学を決めた理由はただそれだけの理由なのである。ようするにみんな大学に行くというのが普通だから僕もなんとなく大学に行くという感じ。振り返ってみるとかなり適当だったなと思っている。でも当時の僕はそんな考えしか持てない人間だったのだ。
ちなみに大学に行くためには受験という関門をクリアしなければならない。大学受験はまさに受験戦争という名にふさわしいもの。
しかし、みんなが受験戦争に巻き込まれている中、僕にとっての受験とはまるで他人事のような感じでしかなかった。
その理由については僕の場合、学校の成績がまぁいい方だったので、大学への受験方法は指定校推薦というものを使ったからである。指定校推薦とはある一定の成績があれば確実に大学に入ることができる受験制度のこと。
ただ、それだけに僕の進学した大学のレベルはあまり高くはない。よくある模試のランキングの中ではだいたい真ん中くらいの位置にいる大学だと思う。僕の周りでは有名大学に入るというのを目指している人が多かったのだけれど、それに対して僕はあまり共感を得られなかった。レベルの高い大学に入って何がしたいんだろうと思っていたのかもしれない。
そうして僕は大学に入学した。さらにこの大学に入学すると同時に僕は一人暮らしを始めた。
大学に入学するというのは年齢でいうと十八ということになる。高校を卒業してもなお、大学を卒業するまで親になんでも面倒をみてもらうというのはどうかと思っていたからだ。なので親に無理を言って一人暮らしをさせてもらうことしたわけ。きっとそのときの僕はそれが親孝行の一つであるとでも思っていたのだと思う。
アパートは大学から歩いて十五分くらいの場所。アパートの見た目は築十五年を超えるであろうという古さ。しかし、部屋の中はというと意外と綺麗だった。きっと部屋のなかだけ改装でもしたのだろう。
大学生活が始まり、一人暮らしていて困ることがたくさん起きた。それはお金である。家賃は親が払ってくれると言ってくれたが、それ以外の食費や光熱費といった必要経費はもちろん自腹。その収入源を確保しなければ生きていけない。始めのうちは貯金をやりくりしていたがそれもだんだん少なってきていた。そのため僕は生きていくためになんとかしなければならないと考えていた。
大学生のアルバイトとは普通、コンビニとか居酒屋とか家庭教師なんかが普通だと思う。けれど僕のアルバイトの場合はちょっと違った。
化学科に在学しているため学生実験というのは必ずやらなければならない講義の一つ。そこで僕は担当の教授になぜかいたく気に入られてしまった。その教授いわく僕は実験をこなすセンスがいいらしい。自分ではあまり気づかないけれど。
ということで学生実験の担当教授が兼任している研究機関(これは大学内にある研究施設のこと)で僕は助手をやることになってしまったのである。助手といってもそれほど大げさなものではなく、担当教授のいない間に研究の補佐をするというもの。
実験とは理系の人間しか触れることがないので世間一般的には難しいものと考えられているが、実際は簡単なもの。薬品なんかは正確に測ったりして混ぜたりするだけ。実験のほとんどが待ち時間に費やされるのである。そのため、教授が忙しいときやなんかに代わりに時間のかかる実験などをするというのが僕の仕事になる。
給料に関してあまり期待はしていなかったのだが、貰った時にはさすがにびっくりさせられた。時給に換算すると三千円くらいかな。大学の教授というレベルを初めて知った瞬間であった。まぁこんなことは他ではないと思うけど。これにより僕は一人暮らしでも生きていくことができるようになったわけ。
たいてい始めのうちはほぼ毎日に近いくらい研究施設に顔を出していた。そのときはそれ以外やることがなかったのである。
ただ、そのおかげで実験のテクニックは少しずつ磨かれていた。さらに教授が実験レポートの書き方など逐一指導してくるので嫌でも実験レポートを書く実力も備わっていった。
アルバイトも波に乗ってきた頃、僕は大学生活にもだいぶ慣れていた。友達も自然とできた。僕自身思うことだが、僕の性格はあまりよくないと思っている。物事にあまり関心を持たない方だからね。けれど、不思議と友達はできていき、僕は頼られることが多くなっていく。これは高校時代でも同じだった。世の中はなんとも不思議だ。
あるとき友達の一人、相田優二がサークルに入らないかと誘ってきた。相田優二という男は僕が大学で一番最初に話した相手だった。それ以来何かと大学では一緒に過ごすようになり友達という関係になったというわけ。
誘ってきたサークルはというと、典型的なテニスサークルというもの。僕は高校時代バスケットボール部に所属していたためテニスなんてやったことはない。優二にそう伝えたのだが、どうしても一緒にというのでとりあえず入ってみた。
その後、入ってみたはいいがやっぱりテニスというものは性に合わないらしいというのがわかった。辞めるということを優二に伝えたのだが、いるだけでいいから辞めないでくれと頼んできたので、いるだけにした。どうも優二いわく僕がいるのといないのとじゃ全然違うらしい。そのとき優二が言っていることはまったくもってよくわからなかったけど。
こうして一年があっという間に過ぎ、僕は大学二年生になっていた。
そして季節は冬。
十二月のある日、僕は食堂で昼食のカツカレー(この大学の学食ではベスト3に入るほどの人気らしい)を食べながら、アルバイトでお世話になっている教授の実験のデータやらを整理していた。すると相田優二が僕のところにやってきた。
「おう。昼飯食べながらなにしてんの?」
と僕の向い側の席に座ると優二は話しかけてきた。
「教授の実験のデータを整理しているところだよ」
「うわ、いつも大変そうだな」
「そうだね」
優二とは一年間大学でつるんでいたのでだいたいのことはわかる。きっとこんな会話をしてくるときには、僕に何か頼みごとを持ってきたに違いない。そして案の定…
「あのさ、頼み事があるんだけど…」
ほらやっぱり。
わかりやすいやつ。
「今度サークルの忘年会があるんだけど、参加してくれない?」
僕は一年生のときにサークルを辞めようと思って以来、サークルの活動にはほとんど参加していない。ただ、優二に頼まれたときには特に予定がない限り、飲み会なんかのイベントには参加するようにしている。今回も僕には予定はないので参加することにした。
「ああ、わかったよ」
「おう、サンキュな。日程は今週の土曜の午後七時にいつもの居酒屋だから」
「了解」
そう言うと優二は颯爽と食堂を出て行った。
涙が通過した頬をぬぐい、僕は信号を渡り会社へ戻った。会社に戻ると残った軽い仕事を終え、いつもより早く会社を出ることにした。
すると僕の上司である田上さんという人が声をかけてきた。
「今日はもう帰り? 天気もあんな感じだし今日は一杯やっていかないか?」
僕はいつも上司の誘いを断ることはないのだが、今の僕にはその誘いを受ける余裕がなかった。
「すみません、今日はちょっと用事がありまして…」
そう言って上司の誘いを珍しく断ると、会社を逃げるようにして後にした。
外に出るとさっきよりもたくさんの雪が降り出していた。会社から持ち出した傘をさすと、僕は迷わず歩き出した。
行き先は公園。会社からだいたい二十分くらいのところで、駅からすれば5分くらいの場所にある。その公園はあまり広いものではなく、公園の中心に噴水が置かれ、その周りにはいくつかベンチがあるだけ。主に犬なんかの散歩に使われる程度の公園。
僕がこの公園に行くのは一年ぶり。それも去年ちょうど今日と同じような日に訪れたのだ。
公園に着くと、公園の前にある自動販売機で僕は温かいミルクティーを買った。
それから公園に入り、噴水を見つけると噴水の前に立ちそれを見上げる。こんな寒い日なのにこの噴水の水は流れ続けている。まぁ流し続けないと、この寒さなので凍ってしまうからなのだろう。
まだ温かいミルクティーで寒くなった手を温めると、僕はミルクティーを飲んだ。
温かな甘い味が口の中に広がるのと同時に、ミルクティーは僕の体を優しくあたためた。
ここから見える景色はあの日からまったく変わっていない。
そう思いながら僕はそっと目を閉じた。
ちょっと長くなった感じがありますが、一生懸命に書きました。
これからだんだんと物語が進んでいきます。
もしよければまた読んでもらえると光栄です。