・霊帝翔麒(3)
下界へと降りていくエレベーターの中で、朱明は唐突に口を開いた。
「……君と翔麒様は、いつから関わりがあるんだ」
「幼い頃に、傍にいてくださったのが霊帝様です」
秀慧は、人前で友の名を呼びはしない。
「三年程でしたが、私にとって随分と支えになりました」
翔麒の立場を思えば、面会している事をひけらかすどころか、友である事すら軽々しく口外は出来ない。それを弁えて決して態度を崩さない青年に、朱明は言い様のない感情を覚えていた。
「あの方は過去をほとんど話されないし、常に霊帝である姿勢を崩さない」
朱明は壁を見据えたまま、呟く様に言った。
彼女が八霊衆となり翔麒と出会ったのは、彼が霊帝になる五年程前のことだ。
少年の面影を残す若さでありながら、すでに人の上に立つ者としての風格を併せ持った男だった。次期霊帝の養育に関わる事もまた、優れた能力を持つ八霊衆らの勤め。徐々に接する機会が増えるにつれて彼の誰も寄せ付けない孤高さと、全てを見透かす様な眼差しに惹かれていった。
「国を守る要として、それが正しい姿なのだろう。……けれど、時には一人の人間らしくあって欲しいと思う」
やがて翔麒が霊帝としての役目を引き継いだ頃、一般人であるにも関わらず、例外的に天宙楼最上部への出入りを許可されたのが秀慧だった。
「君だけだろうな。あの方が本当の自分を晒せるのは」
彼が友である秀慧に向ける笑みを垣間見る度に、心臓に小さな針を刺すような痛みを感じる己の心が、どう仕様もなく苦い。
「朱明課長……?」
秀慧は朱明に言葉を返せなかった。彼女が何を思ってそんな言葉を口にしたのかを、諮りかねたのだ。
「忘れてくれ。わたしの独り言だ」
自嘲の混じった声を零しながら、朱明は胸中に潜む濁とした感情に蓋をした。