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傾く陽光の下で  作者: 八重崎
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・秀慧と澪李(4)

 秀慧が起き上がれる様になったのは、陽の落ちる頃になってからだった。


「送ってくよ!」


 先輩らと共に巡回報告を終え、一人戻ってきた澪李の申し出を断りきれず、まだふらつく身体を支えられる様にして付き添われての帰宅となった。


 都心に程近い所にある秀慧の自宅は簡素な二階建てで、足を踏み入れた屋内は、人が住んでいるのにしては清潔を通り越して生活感がない空間だった。


「ほんとにここに住んでるの?」

「もう何年か住んでいる」


 入り口から一番近い部屋に入ると、天井から人形の手足や胴体などの部品がびっしりと吊り下げられており、術式や組み立て等のために使うと思しき道具が整然と並べられていた。


「わぁ」


 ある種の異様さを醸し出している室内に澪李は一瞬呆然としたが、これぞ職人の住処といった様相に感嘆の声を上げた。


「アンタ、人形師? これって人形師の道具だよね?」

「ああ」

「へぇぇ。そうなんだ。びっくりだね」


 窓際に立たされた一体の人形に、澪李は視線を止めた。あでやかな衣を羽織ったその人形は、人が持ち得ない美しさを持つ女の顔をしていた。


「綺麗だね。アンタ、こんなのが作れるんだ」


 たおやかで楚々とした雰囲気の人形は、どことなく秀慧に似ていなくもない。やはり親子の様に、人形も造り手に似るのだろう。


「これ、式人形?」

「そうだ」

「ってことは、式人形師なんだね」

「ああ」


 式人形師とは、式神を封じ込めた自動人形を作る特殊な技術を持つ職人の事だ。彼らが造り出す人形は簡易な契約によって主を定める事で、余計な術式を一切踏まずに、何年もの間継続して使役が可能になる。


 自我こそ薄いものの、繊細な作業を覚えさせる事が可能な人形達は、給仕や介護、果ては人体には有害な環境下においての活動等、様々な分野で使役されている。


「式人形師秀慧って、アンタ有名だよね。どっかで見た顔だと思ってたけど、まさか人形師だったなんてね」


 様々な用途の為に数多く造り出されている式人形の中でも、精工で姿形の美しいものは人気が高く、その機能性からもとより高額であるものが、付加価値が付いて更に法外な値を弾き出す。『人形師秀慧』は、そういった付加価値の高い人形を造り出す事で有名な男なのだ。


「思ったよりも名が知れてしまってな……、何かと煩わしいことが多い」

「忙しくなっちゃったって事かぁ。そんなんでどうして封術師になったのさ? 副業持たなくちゃ食べていけないとかでもないでしょ」


 職人達が扱う工具や素材も言わずもがな高価だが、名を上げた人形師ともなれば元手を差し引いてもかなりの利がある。くるりと周囲を見回しつつ不思議そうに澪李が問うと、秀慧は静かな口調で答えた。


「両親が破妖師だったからだ。少しでも二人に近づいてみたかった」

「そっか。アンタの父さんも母さんも、アタシ達と同じだったんだ。今は引退?」

「巡回中に亡くなった。私は式人形師に引き取られて育った」


 巡回中に亡くなったという事は「妖魔に喰われた」という事だ。


 澪李は少しだけ表情を曇らせながら秀慧の顔をじっと見つめた。彼の表情や口調には憎しみも悲しみもなく、まるで日常会話をしている様に変化がない。

 

「両親を亡くしたのは、物心付くか付かないかの頃で、ほとんど覚えてはいないが、ただ、知りたかった」

「そうなんだ……」


 破妖師となるのは生半可な修業では足りない。ましてや人形師としての修業も重ねていたであろう秀慧の立場となれば、それに割ける時間も限られていただろう。表面上からは伺えないとしても、どれ程に強く両親を想い自らを鍛え上げてきたか想像するに難くない。


「友人が破妖に関わっているから、力になれればと思ったのもある。どちらも単純な自己満足でしかないが」


 ゆっくりとした動作で作業用の椅子に腰を下ろし、形の良い唇をわずかに歪めた。


「え、そんなことないよ! 立派じゃないか。思ってもなかなか出来るもんじゃないんだからさ。胸張って良いとこだよ!」

「そうだろうかな。そう言ってもらえるのも何やら、面映い気分だが。……それはそうと、澪李の両親は健在なのか?」

「あ、ああ、えっと、元気なもんだよ。うちは飲食店やってる。店は小さいけど美味しいって皆が言ってくれてるよ。うちの父さんは結構腕良いんだ」


 話を振られて、曇っていた澪李の表情が一変して明るい笑顔に変る。


「貴女の両親なら、随分と快活だろうな」

「ま、快活だね。ちょっと父さんが頑固だから、母さんと喧嘩になっちゃってる時もあるけど、仲良い方だと思うし」

「良い家族なのだな」


 澪李の豊かな表情と煌とした瞳は、周囲を力づける魅力に溢れている。生活感がなく、冷え冷えとしていた部屋が、暖かく明るくなった様だった。


「えへへ。今度、うちの店に御飯食べに行こうよ。なんかご馳走する」

「……うむ、それは良いな」


 秀慧はいつの間にか目を細めて柔らかく微笑んでいた。


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