・秀慧と澪李(3)
――数時間後。
「アンタ、馬鹿なんじゃないのか!」
病院で覚醒した秀慧が最初に見たのは、険しい形相で見下ろしている澪李の姿だった。
「アタシじゃ信用ならないって言うのか!」
顔を紅潮させて怒鳴る声は、微かに震えている。
「……なに、を……っ、そんな……」
「黙れ!」
顔のすぐ横に拳が打ちつけられ、。
「……っ! 澪李っ?」
「アンタ、こんな無理しなくちゃいけないほど、アタシの力を見限ってるのか」
「そんなつもりはない。ただ私は……」
「あんな、真っ青になって倒れるまで頑張らなくていいんだっ!」
澪李の顔が泣きそうに歪んだ。
「澪……」
その表情に息を呑み、やっと彼女の怒る理由に気付いた。
「……すまない。怪我を、させたくなかった」
静かな声で詫びを入れると、澪李は力なくベッドの端に顔を伏せる。
「なに考えてるのさ。武術師のアタシを守ってどうすんの。アタシはアンタと一緒に戦うつもりでいるのにさ、アンタ、違うの?」
「違わないが、これでは言い訳にならないな」
妖魔との戦いにおいて、結界による防御は生命線だ。封術師たる者は、武術師よりも冷静な状況判断を要求されるのだ。澪李の武術師としての技量は申し分ない。妖魔の動きを完璧に封じ込めずとも、十二分に対処できただろう。あの場で限界まで力を振り絞って結界を張った秀慧は、見事に冷静さを欠いていたのである。
「ったく、今度こんな無茶なマネしたらぶっ飛ばすからねっ!」
立ち上がりながら秀慧の鼻先に拳を突きつけて言い放った。吊り上がった瞳には少しだけ涙が滲んでいる。
「そうだな、気をつけなければな。本当に貴女に殴られかねない」
凄まじい剣幕で言葉をぶつけられたものの、悪い気分ではない。
澪李の声や仕草から、彼女の気持ちが痛いほどに理解できたからだ。封術師としての不甲斐なさを責めているのではなく、秀慧の身を案じて怒ったのだ。
「殴るどころじゃ済まないからね。心配でおちおち戦ってらんないよ。まったくもう、ホントびっくりしたんだから」
子供っぽく下唇を突き出した澪李からは、激しい怒気はとうに消えていた。言いたい事を吐き出してしまえば、後を引かない性分なのだろう。
「本当にすまなかった」
「うん、いいよ。先輩達は寝てれば治るって言ってたけど、目が覚めて安心した。顔色まだ悪いから、もう少し寝ててね」
和らいだ声の調子に無意識のうちに強張っていた身体の力が抜けて、秀慧は思わず小さな溜め息をついた。