・秀慧と澪李(1)
――時を遡る事、五十数年前。
「さて、それではお互いに自己紹介をしてもらおうか」
上司の言葉に促され、青年は澪李に向かって軽く会釈をした。
「私は秀慧という。よろしく頼む」
感情を見せない無表情さと抑揚の少ない声。端正と言えば聞こえが良いが、整い過ぎた色白の顔は温かみがなく、一見すると随分と冷たい男に見える。それが、破妖省『八霊課』に配属された澪李が、相棒となる秀慧に対して抱いた最初の印象だった。
「アタシは澪李。呼び方は澪でも澪李でも好きな方でどうぞ」
彼女は不意に、隙のない動作で間合いを詰めて彼の顔を覗き込んだ。
「ところで秀慧、アンタは具合でも悪いの?」
青年の瞳は、多彩な瞳の色を持つ清華人でも稀な金色。無表情さと相まって人間臭さを感じさせない雰囲気を醸し出している。
「悪くはないが」
作り物めいていて近寄り難い雰囲気の外見に反して、秀慧の気配は穏やかで、返ってきた声にも棘や揺らぎはない。
「そう? もうちょっとハキハキした方が良いよ? アタシ達は対になるんだからさ、意思疎通がしやすい方が良いじゃないか」
性格に難があるというのではなくて、単に大人しく表情が乏しいのかもしれない。澪李は曇りの無い笑みを浮かべ、両手で肩をポンと叩いた。
彼女の言う『対』とは、破妖省で妖魔に対抗する実働部隊の最小単位である。
封術によって瘴気の拡散を防ぎ、妖魔の動きを鈍らせる『封術師』と、卓越した武術をもって妖魔を打破する『武術師』の二人一組で行動する事を指す。
「気をつけているつもりでも、……何かと誤解される」
その片割れ、封術師である秀慧は申し訳なさそうに瞳を伏せた。
「あーうん、個性ってやつだよね。アタシはアンタの逆で、元気が良すぎて怒られるほうだから。気を悪くしないでくれると嬉しいよ。宜しくね秀慧」
落ち込んだらしい彼の仕草に苦笑しながら澪李が差し出した手と、それに続く腕は、女性にしては硬く引き締まっていて逞しい。
「貴女の足を引っ張らぬよう、努力する」
たおやかさのかけらもない彼女の骨ばった手を、白くしなやかな秀慧の手が遠慮がちに握る。
「最初からなに言ってんの。封術がなくちゃ武術師は安心して戦えないんだからさ。お互いに頑張ろうね!」
力強く握り返し、更に勢いよく振りながら満面の笑みを見せる澪李。その瞳に宿る生命力に溢れる煌きに、秀慧は眩しそうに目を細めてしっかりと頷いた。
「ああ。そうだな」
「それから『貴女』なんて畏まり過ぎでムズムズするからさ、もうちょっとこう、砕けようよ。慧ったら」
「……うむ」
あけすけで遠慮というものを知らない澪李の言動に、秀慧は途中からついてゆけなくなり、頷く事しか出来ていなかった。カラカラと周囲を憚らず笑う明るい彼女と、控え目であまり笑う事をしない秀慧は、まるで太陽と月だった。
「澪李、君は本当に元気の良い子だね。見ていて楽しい事といったらない」
――そんな二人のやり取りを見ていた朱明が、堪えきれずに肩を震わせて笑い出した。
「何だか褒められてない気がします。課長……」
彼女らの上司となった朱明は、赤みがかった鮮やかな髪と瞳に加えて、艶のある美貌を持った女性だ。年下である澪李から見ても、まだ十分に若いと言える容姿だが、修羅場を潜り抜けた猛者達を従えるだけの気概を持ち合わせた女傑として知られている。
「褒めているさ。ククク、いや、すまないね。本当に楽しいものだから。秀慧、手綱を取るのは大変だろうが、これから楽しい業務になりそうだな」
「はい。心して掛かります」
二人のやり取りに、澪李は思わず声を上げてしまう。
「ええっ! 慧、アタシが相手じゃ不満なの?」
「……不満という事はない」
「心して掛かるとかちょっと何か違うんじゃない? これじゃまるでアタシが問題児みたいじゃないか」
「そんなことは言っていない」
「もー、なんか納得で出来ないんだけど」
詰め寄って膨れっ面をする澪李と、無表情を崩さず生真面目に言い返す秀慧のやり取りに、朱明がまた楽しそうに笑みを零す。
「良いコンビになりそうだな。期待しているよ」
――こうして彼らは出会い、破妖師としての一歩を踏み出したのだった。