第五章 彼の性格
以前一度閉ざされたはずの門。
けれどまた開かれた門。
知らないところで起こり始めている異常。一体何が原因で、何が解決方法なのか、悠真にはわからない。悠真はやっと戻って来たレイズとルフィアの三人でその話をし、ある相談を持ちかけた。
「なぁ、レイズ。レミ様と二人で話すことはできないかな?」
「え?あ、シンバがいちゃ困る話?」
「あぁ、うん。多分話そうとするとあいつ邪魔しそうだし、落ち着いて彼女と話せない。レイズならどうにかできないかと思って。この事実、レミ様にもちゃんと知っててもらわないといけないし」
歯切れ悪く言う悠真。少し珍しいとも思えるが、相手がシンバなら仕方ないことだろう。レイズはやってみる、と可愛らしい笑みを彼に向けた。悠真は急にとてつもない眠気に襲われてベッドに腰かける。数時間前に眠ったばかりなのだが、おかしいなぁっと内心でぼやきながら、それでも我慢できず、深い眠りについた。
それから何時間たったのか、ゆっくりと目を開けると窓にはカーテンがひかれ、いつの間にか薄暗くなっている部屋。首を回せば椅子に腰かけたまま眠るレイズに寝床で安らかに眠るルフィアの二人が見えた。おそらく悠真につられたのだろう。
「大丈夫ですか?お疲れだったみたいですが」
「!?」
声がした方へ顔を向けるとそこにはレミが椅子に腰かけて悠真の様子を窺っていた。レイズが大人になったような落ち着いた笑みはやはり大人の魅力を感じさせる。一瞬ドキリとしたのは内緒で悠真は思わず周りを見渡す。しかし、何処にもシンバの姿は見えない。
「シンバは?」
「何か、疲れていそうなので私が休ませました。シンバに御用でしたか?」
「あ、いえ。実はレミ様にお話ししたいことがあって」
こんなチャンスを使わないわけにはいかない。悠真は少し慌て気味にこれまでのことをレミに順を追って話した。天界にそんなことが起きていたなど全く知らなかった彼女は酷く驚いたように目を瞠り、ただ黙って悠真の話を聞いていた。
「そんな、信じられません。まさか天界にそんなことが起きていたなんて。では、何故悠真さんはこの世界に来れたのでしょうか?」
「それは、俺にもわかりません。でも、今まで起きたことを考えれば、不思議ではない気もしますし、逆に可笑しいとも思える。魔界も、天界も、結局どちらも俺には未だに理解できない変な空間だ」
そう語る悠真の顔は何故か穏やかで、レミは目を丸くした。普通なら未知なる空間は恐怖にしかならない。しかし、悠真の中では恐怖ではない。
レイズの話から大体の悠真の性格を知るレミは、知ったからこそ彼のことが理解できなくなった。自分の生命を狙った妖怪も、危険だと知れば庇う。自分にとってデメリットしかないような魔界にも、不便さを感じないならちょくちょく来たいとも思う。自分とは違う力を持ち、違う考え方を持つ種族に素直に反応し、素直に怒り、素直に喜ぶ。それは魔族でも、天族であってもできることのない屈託のない素直さと純粋さ。
「本当、皆貴方のことを好きになるはずですね」
「え?」
そして、自分の良さに気付かないこの鈍感さ。おかしくてレミは吹き出してしまった。
話が脱線してしまったが、レミは改めて今回のことについて考える。門が暴走、シンバが封じて、また出現。その間にかなりの年月がかかっているため、門自身が自ら力を蓄えたことも考えられる。しかし、あまりにもタイミングが良すぎる。
「もしかしたら、誰かが何かの目的で…」
「誰が?ってか、そんなこと誰かができるの?天界の人には門の存在だって信じている人が少かったし、シンバは門自体を恐れていた。何かが目的だって言っても、その目的自体が想像つかないよ」
謎は深まるばかりだ。けれど、レミは少し思案して、慎重に考えられる人物の名前を上げた。
「魔界の、魔王というのは?」
「伯凰さん?!いや、いくら何でも本当に理由がわからないし、あの人はそんな混乱を招くようなこと絶対に………しないとは言い切れないけど、いや、かなり言えないけど、でも、ねぇ?」
「私も、その方のことを知っているわけではないので、こんなこと言いたくありませんが、魔界と天界は意外にも繋がりは深いのです。魔界から天界に来ることも、天界から魔界に訪れることも、どちらも可能ですし、レイズのように一人は必ず天族を魔界に送っています。天界で門が異常を起こしたのなら、繋がりの深い魔界にも何か異常が起きているかもしれません。その異常を戻すため、こちらの門を戻した、と言う考えもできなくはないでしょう?」
すらすらと語られた新たな情報に悠真ははぁっと相槌を打つ。確かに魔界と天界は性質が正反対なだけで、原理は同じ。そのため繋がりは深い。天界に地球の何かが影響してきたのなら、魔界にも何らかの影響が来てもおかしくない。それを直すため、止むを得ず天界にも何か細工をした、と考えても不思議ではないだろう。
「うーん、そうだなぁ。どっちにしても、ここでそれを悩んでても意味ないか。とりあえずレミさんは一応こちらの方でも何か手がかりになるものはないか調べといてもらえませんか?」
「はい。喜んで。天界についてここまで心配して下さって本当にありがとうございます。レイズが来たことですし、おそらく明日には悠真さんも元の世界に戻れますよ」
レミは静かに部屋を後にして、悠真はルフィアとレイズ、二人の寝顔を見ながら、悩み始めた。このまま地球に戻ってもいいのか。
自分がいたところで問題が解決するとは思えないが、このまま無責任に戻ってもこの人達に失礼じゃないのかと不安になっているのだ。しかし、悠真が残ることは他の天族に不安を与える。ここはひとまず地球に帰るのが正解か、と思い直し、もう一眠りすることにした。
そして、すっかり寝すぎた悠真とレイズ、ルフィアの三人はがんがんと鈍く痛い頭を押さえながら森の中へと進んでいく。その後ろにレミとシンバもついて。
「本当にこっちに門があるのか?」
「門は地球側、天界側どちらかは固定なの。だから、地球の方で天界の門が聖域を転々としているなら、天界の方はずっと同じ場所にあるんだよ。逆に言えば魔界の方は地球は樹海でしたっけ?そこで固定なら、魔界の方の門は色々な場所に移動するんです」
次第に増えていく異世界情報。比例して、高校で習った何かを忘れているような気がする、と悠真は苦笑した。進んでいく先は確かに最初悠真がいたあの場所だ。シンバもそこに近付く度に険しい表情になっていく。ふと、悠真はちょっとした疑問を小声でルフィアに問い掛けた。
「あのさ、ここの人達っているもああなの?」
「何が?」
「人間とかそういうのああいう風に嫌悪するのかなって」
その言葉にあぁ、と呟いて彼女は押し黙る。あの時のことを思い出してしまったのか、少し淋しそうな目をしていた。暫くすると、やっと頷いて肯定した。
「私が来た時にはもう皆あんな状態だったよ」
「でも、私が魔界に行ってしまう前はそんなんじゃありませんでしたよ。レミ様もそう仰ってましたし」
話を聞いていたレイズがやんわりと否定した。ルフィアが来るずっと前にはまだ皆が彼女達のように澄んだ心を持っていた。そう考えるなら、性格が変わってしまったのも、門の影響かも知れない。そう思い、悠真は溜め息をついた。
そして、五人は問題のその場所に辿り着いた。
「ここです」
言われて悠真は初めて気付いた。門という存在を主張する異様な力を。レイズやレミ、鵺や伯凰を見た時に感じるあの力と同じように、門の力もはっきりと感じることができる。それは、確かに何か不思議なもので、鵺よりも入り混じり、レイズよりも澄んだように感じる。
「これさ、また封印しちゃえばいいんじゃねぇ?」
「え!?」
思い切った彼の提案に四人とも目を丸くした。悠真はずっと疑問に思っていたことを思い切って口にする。
「だってさ、どうして天界や魔界には門が必要なんだ?人間がこの世界に来て何になるのさ。大体、何で門があるのかも不思議なんだよねぇ。地球に魔力が充満して、事故で魔界に行くっていうのは別に納得できるけど、わざわざいつでも行ける門があるっていうのは、理由がわからないんだよ。ないと駄目とか、そういった理由がないなら、また封印しちゃえばいいじゃん」
容易な考えだと悠真自身も思う。けれど、彼等の不安を取り除くため、懸命に出した答えがこれだったのだ。ここに紫がいたらまた呆れられるのだろうなぁっと、想像しながら悠真は四人の顔を見る。誰もが驚いた顔をしていたが、レイズがすぐに元のあの笑顔を悠真に向ける。
「そうですね、私は賛成です。本当、悠真さんはよくそんなことを考えますね」
レイズに否定されなかったことに少しだけ安堵して、悠真はレミと向き合った。視線が合ったことで、やっと彼女は表情を戻した。
「悠真さん、確かにそれもいいかもしれません。ですが、門を封じれる人なんて貴方以外にはいません」
「え?俺できんの?」
意外な言葉に悠真は目を丸くした。そのことを知らなかったことに更に四人は驚く。今までの流れでそういった特別なことは悠真にしかできないと、彼自身も気付いていると思ったからだ。ルフィアは悠真の前に飛んでいき、目線を合わせて説明をした。
「門は天界と限りなく近い存在。だから、門自身に何か手を加えるということは天界に何かを加えるということ。それは天界の波長に限りなく近い力でなければ駄目だということなのよ」
「なるほど、だから俺か。でもさ、俺じゃなくても天界の門に何か力を加えられる人はいるよ。しかもすごく身近にさ」
悠真はルフィアを自分の肩に乗せてにっこりと無邪気な笑顔で言った。問うような視線を送る皆に、彼は視線でそれが誰なのか示した。悠真の視線の先には、銀色の髮をした、固い表情をする彼。そう、シンバだ。これには流石に彼も動揺を隠せない。
「な、俺にそんなことできるわけがないだろう!」
「できるさ。俺よりも澄んだ心を持ってるんだから。それに、シンバは一度門を救ってる」
この世界の人達で門の異常に気付いたのは彼だけだ。その門を一時的でも封じたのも彼だ。悠真が言っていることは一応事実を見て、見つけ出した答えだ。
「門は多分苦しんでいた。人の気持ちに左右され、自分の力が弱まり、制御できないそれに苦しんでいた。そこで、助けを呼んだ。自分の波長に限りなく近い、自分の力に限りなく近い、シンバをな。俺、難しいことはわからないけど、これだけは言える。お前の力と、門の力は色が限りなく似ている。もちろん一緒じゃないけど、シンバなら大丈夫だろ」
一体何の根拠があるのか、何処からそんな自信が湧くのか、彼には理解できなかった。悠真はいつもそうだった。自分については自信がなくても、人についてなら何故か底抜けな自信を持っている。しかも、それを他人にもそう思い込ませてしまう、何らかの説得力を持って。
「お前、何でそこまでこの世界や、他人のためにできるんだ?」
誰もが最初は疑問に思う。
天界も魔界も人とは関わりがない世界。生きていても死んだ後でも本来なら来ることのない、知ることのない世界。特に天界は門を封じてしまったら悠真が来ることはおそらくない。そんな世界を何故ここまで気にするのか。
「何でだろうなぁ、まぁ…俺だからかなぁ?こういう性格になったから、気になるんだよ。それよりも、何よりレイズもルフィアもレミ様もシンバも、天界も…皆好きだしさ。幸せでいてもらいたいじゃん」
にっこりといつもの無邪気な顔をシンバに向ける。清々しいほどきっぱりと彼は好きだと言った。自分までその枠に入ってると思わなかったのか、シンバは暫く目を瞠っていたが、ふと口元を和ませて微笑した。
彼のその様子にルフィアはもちろん、レミでさえも驚いたように視線が釘付けになる。
悠真は門の力を感じる場所に手を延ばした。瞬間、悠真の天力を微かに感じとり、門が姿を現す。それはシンデレラ城にあるようなファンシーな門で、天界にはぴったりだが、門だけというのが少し場違いだった。
「じゃぁ、俺…行くね。最後までいられなくてごめんな」
「御元気で、悠真さん」
「また会えることを祈っていますわ」
「門ならお前の望み通り俺が封じてやるから、一生来るな」
レイズ、レミ、シンバの順で悠真に挨拶をする。最後にルフィアが悠真の前に飛んで行き、目線を合わせた。小さいが、本当に綺麗な顔が悠真に向けられている。
「また、会えるよね?」
「会えるさ!天界と魔界の繋がりは深いなら、いつか必ず会いに行くよ」
門を封じるということは悠真がこの世界に訪れるのは無に等しい。しかし、天界と魔界の繋がりは深い。それなら魔界から天界に行くことは今回のレイズのように可能なはず。
ルフィアは涙を流しながら笑う。そして、そっと近付いて悠真の唇に自分の小さな唇を重ねた。
「なっ!」
「好きだよ、悠真。貴方のお陰で人間を誤解しないで済んだ。私、たとえ魔界であっても、悠真がいるなら必ず会いに行くよ」
真っ赤に頬を染めながらルフィアは言う。悠真は生まれて初めての告白にドキドキと胸を高鳴らせて、後退りした。
「「「「あ……」」」」
「あ?あ、あぁあぁぁああ!」
そして彼は後ろにあった門に気付かず、そのまま下がり、上手い具合に扉を開けて、いつものあの感覚を味わいながら妙な別れをしたのだった。
ちょっと、サブタイトル適当ですが、許して下さい。
少し詰め込み過ぎましたが、五章終わりました!次は終章に入り、第四シリーズ終了になります!そして、次のシリーズがいよいよ最後になります!
最後までお付き合いして頂けると嬉しいです。