第二章 鍵を握る者
騒然とした周囲に悠真はどうすべきか判断を迷っていた。庇ってくれている妖精らしき彼女は微かだが肩を震わせている。
多分、相当な勇気が必要だったんだろうな。
彼女の心情を察して、悠真は心を痛める。ふと、気がついてみてみれば、彼女は周りにいる天族とは違い、すごく澄んだ空気を醸し出していた。
「レミ様、お願いします。貴女様ならおわかりでしょう?この人が濁った心を持っていないことに」
「そうですね。おそらく、この世界に来れた時点でその方は天界に似合わぬ心を持ってはいないでしょう」
まっすぐに悠真を見つめて、レミは言う。悠真はその視線をすんなりと外して、ルフィアに声をかけた。
「こんなことして、君の立場は大丈夫なの?」
「人の心配より自分の心配したら?この世界では人は悪魔と同じ扱いなんだから」
「うーん、魔界での食べ物扱いも結構哀しかったけど、これはこれで苦しいものだな。でも、そこまで気にしてないよ。重要な人には伝わってるみたいだし」
にっこりと笑う悠真にルフィアは内心で呆れた。こんな時にそんな呑気なことを考えられるのはおそらくそんなに多くはないだろう。
彼がこんな性格なのは先ほどのやり取りで何となく理解できていたが、実際に目のあたりにすると溜息をつきたくなる。
「ってか、貴方もしかして私の時みたいに他の人までナンパ的な挨拶をしたわけじゃないでしょうね?」
「ぎく、何故それを知っている!ってか、俺のことは悠真でいいよ。貴方なんて呼ばれたらなんか首筋がかゆいから」
「………」
やはり事の重大さに気づいていない悠真に一瞬言葉を失う。一から説明しようと口を開いた瞬間、その言葉は後ろから放たれた言葉によって切られる。
「ルフィア、まだレミ様との話は済んでいないだろう?」
「!!も、申し訳ございません!」
弾かれたように振り返り、ルフィアは頭を低くした。未だに冷たい視線を送り続ける銀髪の男に悠真は眉をひそめた。
他の者とは雰囲気が異なるからか、何処か意味深な存在に見える。悠真は彼から視線を動かし、レミの方を見る。
「あの、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
悠真が口を開く度に周囲の天族が騒ぐ。天然危険物のような扱いに舌打ちしそうになるが、それは止めて、目の前にいるレミにだけに集中した。
「魔界とも天界とも波長が合う人なんているんでしょうか?」
悠真は魔界との波長を合致して魔界へ訪れた。その波長が天界とも合致するという話は聞かない。そもそも魔界と天界の性質は真逆である。そんな世界を行き来できる人間など普通はいないと思うだろう。
だからこそ、先ほどレミも驚いたのだと悠真は思っていた。しかし、珍しいと言っただけで彼女は何もおかしいとは言わない。
「悠真さん、と仰いましたね」
「はい」
「貴方はとても素直な心を持っていらっしゃいます。それは時に純粋で時に残酷なほど」
「?」
言っている内容が掴めず、悠真は顔を顰めた。けれど、純粋で残酷、その二つのキーワードが気になって先を視線で促した。
彼女はうっすらと優しい笑みを彼に向けて静かな口調で説明を始める。
「魔界に行ける者、天界に行ける者、それぞれその世界の波長と合った者にしか訪れることはできません」
既に理解している内容を復唱され、思わず口を開きかけたが、レミはしかし、と重い声音でその言葉を遮る。咄嗟に口を閉じて身を引いた。
「それは正の力と負の力の波長のことです」
「はい?」
説明されても理解できない。そんなもどかしい状況が魔界に来てから幾度となくある。最近はそんなこともないだろうと思っていた矢先にまたこれだ。そろそろ悠真も頭の引き出しがパンクしそうだ。
「魔界に訪れるには、負の力の波長が魔界と一致しなければなりません。逆に天界に訪れるには正の力の波長が天界と一致しなければなりません。正と負、それらの力の性質は逆で、波長も違います」
「じゃぁ、俺はその両方の波長を偶然までも持ってしまったってこと?」
「その通りです」
一種の超常現象だと言えるだろう。魔界と天界、それらに波長が合った者が現れることすらほとんど有り得ないことだというのに、その両方と波長を合わせた者が生まれてきたことは本当におかしいとも思えるべきだろう。
悠真は俺すげーっと心無い感動を内心で呟いて隣りで縮こまっているルフィアを見た。何故ここまで怯えているのか未だに悠真は理解できない。
「悠真さん、ルフィア」
「「は、はい!」」
レミは二人を落ち着かせるためか、一段と穏やかな笑みを向けて、神殿の方へ身体を向ける。刹那、周囲の天族と脇に控えていた銀髪の男の表情が一変し、息をひそめた。
「中へ入って下さい。ここでは落ち着いて話もできませんでしょう?」
周囲の反対の声やざわめきを一切無視して、レミは二人を神殿内へ招き入れた。
大きなテーブルが置かれた広間に通され、しばらく座って待っているようにと言われた悠真とルフィア。悠真は椅子に、リルフィアはテーブルに腰掛けて誰もいないその広い空間をしげしげと眺めた。
同じ行動を取る彼女に悠真は不思議に思って瞬きを繰り返す。
「もしかしてここに入ったことないの?」
「当り前だよ!ここはごく限られた天族しか入れない特別な建物なんだから!」
あ、魔界では城のようなものか。でも、あそこは入れないというより、入ったら出られないって言った方が正しいよな?
どうしても魔界と比較してしまう。急に黙り込んだ悠真を不思議に思ってルフィアは鼻をつついた。彼女の指が小さいのもあり、かなりくすぐったい。
悠真は思わず鼻を掻いて、視線だけ彼女の方に向けた。
「貴方変わってるよね。人間のくせに妙に心が綺麗だし」
「そうなの?俺いつもこんなんだよ?」
「ふふ、でも貴方みたいな人間は好きよ。あの時はありがとう」
にっこりと笑う彼女はやはり、天使のように可愛らしく、悠真は一瞬ドキリとした。こういった時、女に慣れていない自分を呪うのだ。
それに気づいてか、ルフィアはくすくすと小さく笑った。
「にしても、怖いもの知らずね。いくら天界だからってよく知らない土地にどんどん歩いて行けるよね」
「あぁ、多分魔界での行動がそのまま癖になったんだと思う。あそこは逆に動かなきゃ、死ぬからなぁ」
しみじみと思い出して呟く。どの場所に毒があり、どの場所に妖怪が潜むのかがわからない魔界。そんな世界で唯一安心できるのは伯凰達が住むあの城だけだ。
だから、あの世界に訪れたなら、真っ先にその城に向かって歩き出す。本来なら、その周囲にある森には毒の霧があるのだが、毒を避けようと思えば、次は妖怪に襲われる。それなら、少しばかり気持ち悪くなろうと、城を目指すのが賢明な判断である。
考えてみれば、本当に俺危ない世界を行き来してたんだな。
今更思う。
それに比べ、この世界は随分と平和な場所だ。住んでいる者の違いなのだろうが、ここまでイメージ通りだと悠真は魔界が憐れに思えてくる。
「魔界って、どういう所なの?やっぱり、毒の沼とか、泥の妖怪とか、あ、とても見にくい獣が何匹も合わさったような鵺っていう妖怪がいるって本当??」
「あー、結構その想像は外れてもいないけど、お鵺さんは醜くはないよ。普通の女性っていう、外見」
外見に力が込められていることから、内容は恐ろしいんだと一瞬の内に判断した。それから、待たされている間悠真はルフィアに魔界のことを聞かせる。伯凰のこと、鵺のこと、紫のこと、自分のこと、更には龍一のことまでも。
ルフィアはその全ての話を面白そうに聞き入る。
「じゃぁ、悠真の世界って、こういった自然がそんなにないの?」
「こんなにのどかな場所は俺の国にはあんまりないかな?スイス辺りに行けばあると思うけど…」
「すぅいす?ふぅうん、一度行ってみたいな。悠真がいるなら、絶対何処だって楽しいし!」
すっかり仲良くなった二人は今の状況を忘れて盛り上がっていた。
そして、やっとレミがその広間に姿を現した。もちろん、脇には銀髪の男を連れている。ルフィアはその男の顔を見るなり、顔を青くして悠真の背中に隠れる。
「ルフィア?」
「あの人、私苦手なの。すごく、怖い」
言われて悠真はその男の顔を見る。確かに他の天族とは違い、金髪ではなく、銀色の髪をし、常に険しい表情を送っている。しかし、悠真にはどこにも怖さを感じなかった。
「お待たせ致しました。悠真さん。それではお話をしましょうか?」
「あ、はい」
レミは二人の向かい側に腰をかけて、男はその後ろに佇む。様子からして、男はレミの用心棒なのだろう。悠真はあえて気にせずにじっとレミの方に意識を集中させた。
「改めて、私は天界の族長である、レミと申します。ここにおりますのは私の世話役であるシンバです」
「あ、俺は鷹崎悠真です。よろしくお願いします」
慌てて頭を下げる悠真にレミはにっこりと綺麗な笑みを向ける。それに何かの面影を感じて、悠真は目を細めた。頭の片隅にある画像はついには出ず、レミが口を開いたことで話が始まった。
「先ほどは他の者達が失礼なことを致しました。今までこの世界に人間が来た例など無くて、不安になってしまったのでしょう」
「いえ、そのことについては平気です!気にしないで下さい!」
「ありがとうございます」
ほっと安堵したような表情に、本当に気に病んでいたことが窺える。悠真はいつも苦労しているんだな、と余計な同情を彼女に投げかける。
しかし、脇に控えているシンバに睨まれて、同情の目をやめた。
「あの、俺はどうしたら戻れるんでしょうか?」
「それが、我々の知識では、その方法がわからないのです」
「え!」
絶体絶命。方法がわからないのなら、悠真にはどうすることもできない。困って硬直していると、小さな声でレミは呟いた。
「そういった知識に富んでいた天族は以前にいたのですが…」
「今、何処に?」
「貴方ももしかしたら知っているかもしれません」
その言葉と、レミの顔で悠真は先ほど思案した面影の主が見えた。彼女の白い心と、彼女の髪と、彼女の声と、彼女の雰囲気、その全てが何処かあの子に似ているのだと。
「もしかして、レイズ?」
帰る鍵を握る者は、今魔界にいる。
お久しぶりです。大学のパソコンにて送信しております(笑)
ルフィア、可愛いですね★私、こういったキャラだぁい好きです!
いよいよ話は本題に入ってきます。次は天界にあの人が登場です☆
お楽しみに!