無人タクシー
仕事を終えて会社を出ると、もう日付が変わっていた。
しかし、ひでー一日だったな、と溜息をつく。繁忙期はいつも非道いもんだが今日は特に酷かった。なんで営業はこんな無茶な納期を呑んだんだろ。
まぁ、大口の顧客の「お願い」を無下に出来ないのは分かるが、もうちょっと手心というか、ねぇ?
それでも上役としてはナニか思うところがあったのだろうか。本日はご苦労さん残業代への色付けだ、などと言われて上司から一〇〇〇円と刻印された大昔の記念硬貨をもらった。今でも十分通用するぞ、などと何処か得意げだった。
けれど、こんなんで癒やされるほど積もり積もった疲労は安くないのである。
まぁ、くれるものはありがたく頂くけれど。
あと六時間もすれば夜が明ける。終電はとうに無くなっているし、駅のホームで始発を待つ訳にもいかない。っていうかそんな時間なら、もう明日の出勤時間の方が切羽詰まっていて自分の部屋に帰る余裕なんて何処にも無いのである。
いや、明日と言うよりも既に今日なんだけどね。
電車が無いから帰りの足は必然的に深夜タクシーって話に為る。割高になるけれどまぁ仕方が無い。飯はともかくシャワーくらい浴びて三、四時間でもいいから眠りたかった。
スマホで当てになりそうなタクシー会社を検索する。だけどどれも予約済みか営業終了で「空き無し」だった。おいおい、なんて間の悪さだよ。
通勤に使っている電車の駅は徒歩で一〇分足らず。駅前に行けば個人タクシーの一台でも居るんじゃないか。そういう仄かな期待を寄せてやって来たのは良いものの、真っ暗な駅の真っ暗な駅前にはがらんとした人気の無い空間が広がっているだけだった。
誰も居ないどころか走っているクルマすら無い。まるで世界に自分だけが取り残されている感じ。自分の足音がやけに耳に付く。
ロータリーの中央に素っ気なく突っ立っている古い街灯の明かりがやけに白々しくて物悲しかった。
「なんだよ。駅どころかタクシー乗り場すら真っ暗じゃないか」
駅のすぐ脇で営業するタクシー会社は見つけたものの肝心の車両は真っ暗な駐車場の奥で、「本日の営業は終了しました」な顔つきでキチンと行儀良く並んで居るだけだった。事務所も当然真っ暗で、呼んだところで誰かが出て来そうな気配はない。
終電過ぎたら降りて来る客も居ないから、会社としても無駄な就業時間は作らないってか。まったくなんてこったい。都会だったら深夜専業のタクシードライバーだって居ると言うのに。これだから中途半端な地方都市はイヤなんだよ。
駅沿いに大通りを歩きながら、偶然流しのタクシーが通るのを待つか?だけどそれはかなりの幸運を要求されるぞ。それよりもネットカフェでも探し当ててソコで仮眠をとる方が確実かも。でもこの小さな町にそんな小洒落たものが在ったかな?
さてどうしたもんだ、と途方に暮れていると、急に眩い明かりがロータリーの中に入ってきた。目を眇めて手をかざす。屋根の上に黄色いアンドンが見えた。個人タクシーである。
オレは迷わず手を挙げた。
タクシーはするりと滑らかな動きでオレの前に停車した。
夜目にも随分と古くさい型に見えた。セダンスタイルなのは兎も角、なんというか全体的に野暮ったい。そして銀色のゴツいバンパーが街灯の白い明かりを反射して、ぬらっとした艶を醸し出していた。それが余計に時代がかった印象を強くするのだ。
今どきテッチンバンパーとは珍しい。
がちゃり、とドアが開いた。真っ暗な車内に乗り込むと「どちらまで」と声が聞こえた。
「ああ、川向こうの西本町まで」
「はい、西本町ですね」
軽い業務口調で返事が在って、ばしゃんとドアが閉まった。
行き先を告げて思わずほっとする。
ヘタをすれば当て所なく夜道を歩くところだったのだ。このクルマを掴まえられたのはまさに幸運。今日は、いやいやもう日付が変わっているから昨日か。昨日はアレだけ仕事で酷使されたのだ。これ位の見返りがあってもおかしくないんじゃないか。
そんなふうにも思った。
だけれどもキチンとシートに腰を下ろした瞬間、オレはギョッとして固まる羽目になった。
何故ならば、運転席には誰も乗っていなかったからである。
ソレはやけに時代がかった運転席だった。
ダッシュボードに埋め込まれた表示付きのレバーが勝手にガシャンと横に倒れて、ズラリと並んだ機械式カウンターの数字がリセットされ一〇〇に為った。
ハンドルの根元から生えているコラムシフトのレバーが、これまたひとりでにガコガコと動いてギヤを入れるとクルマは走り始める。
そして誰も握っていないのにハンドルがくるりと回り、タクシーは手慣れた走りで駅のロータリーから抜け出していったのである。
「あ、あのう」
オレは助手席のヘッドレストにしがみついて、誰も居ない運転席を覗き込みながら「声の主」に尋ねるのだ。
「なんで走っているんでしょう」
「え、お客さんが西本町とおっしゃったんですよ」
無人の運転席、いや古くさいダッシュボードのラジオスピーカーからそんな返事があった。
「いえ、行き先はソレで間違いないです。それよりも、オレはちょっと納得出来なくて。どうして運転手も居ないのにクルマが走っているのかなぁって」
「ああ、ご心配には及びません。ちゃんと安全運転で走りますから。深夜だからといって無茶無謀はしませんよ。一昔前には神風タクシーなんてやつも居ましたが、ありゃあプロ意識に欠けますね。ノルマの為にお客さんをないがしろにするなんて本末転倒です。しかしわたしはそんな無法はいたしません。ご安心なさってください」
「い、いえ。そうじゃなくってですね……」
「それとも運賃にご不安が?確かに最近また初乗りが値上げしました。その点は心苦しく思って居ます。ですが分かって下さい。こちとら生活がかかっておりますので。特にこうやって深夜までやってるとなると、深夜割り増しすら欲しくなるほどで。東京オリンピックの開催に合せて、タクシーとその運転手もどーんと増えたでしょう。同業他社とのつばぜり合いもキビシイんですわ」
ん?タクシーって今増えてたかな。ちょっと前のニュースではコロナ禍で乗務員がめちゃ減って、タクシー業界は人手不足って言ってたような。
それに東京オリンピックって何年前の話だよ。
小首を傾げるオレにラジオからの声は語り続ける。
「お客さんもこの時間だというのに酒臭くも無いし、キチンと背広も着込んでいらっしゃる。お仕事だったのでしょう?」
お互い深夜まで身を粉にする同輩ではないですか、どうかご理解お願いします、などと恐縮して話すのだ。そしてそんな口調とは裏腹に、クルマは滑らかに夜の町を流れてゆくのである。
そして時折その窓の外から何かが覗き込むのだ。
止まっている時じゃない。決まって空いた道を走っている時にだ。それは大抵輪郭がボンヤリしていて、おばあさんの顔に似た何かだった。
最初はバイクにでも乗って追いかけて居るのかと思ったけれど違う。おばあさんは自分の足で走っているのだ。
なんで、なんで走ってクルマに追いつけるんだよ。クルマの速度はもう普通じゃ無いぞ。街灯の明かりや青信号が、スゴイ勢いで後ろに吹っ飛んで行くくらいの速度だぞ。
「シツコイやつだな」とラジオからまた運転手の声が聞こえた。そしてクルマは更に加速する。アクセルを踏み込んだのだ。走るおばあさんはジリジリと引き離されて、やがて消えて行った。
運転手が居ないから後部座席からでもスピードメーターはよく見えて、一二〇とかの辺りを針が指していた。
ちょっとスピード出しすぎかなと思ったが、覗き込まれ続けるのもイヤなので黙って居た。それに何よりこんな場所で降りて、クルマにすら追い付く何かに追いかけ回されたくはなかった。
おばあさんが居なくなっても「ちょっと気に為るナニか」は矢継ぎ早にやって来る。
火の着いたボールみたいな塊がフロントガラスに当たっては、ヒトの悲鳴みたいな軋んだ音を立てていた。ガラスに走る白い筋が爪痕のように見えるのは、きっと光の錯覚だ。
二股の尻尾の猫を跳ねたのもきっとそう。だって轢いたと思った途端、煙のように消えて失せたから。
おいてけ、とか、返せ戻せ、とか、そんな声が聞こえるのも風鳴りや幻聴じゃないかな。「振り返るな」とか耳元で囁く声もきっとそうだ。
ご親切に忠告どうも。
このクルマはひょっとして、昨今流行の自動運転的なヤツなんじゃなかろうか。AIとかドローンとかその手の技術を駆使した先進技術ナンタラで走っていて、オレはたまたまそれを拾ったダケなのでは?
ラジオからの声だって、オレの気付かないところにカメラとかマイクとかが在って無線通話で話しているのだ。
そして窓の外に見え隠れするハッキリとは見えない何者かは、疲れきったオレが見る幻覚なのだ。得体の知れない声もそう。極度の疲労はヒトに在りもしない世界を垣間見せるらしいから。
うん、そう考えれば辻褄は合う。いや、そうであって欲しい。そうに違いない。そうだそうだ、絶対そうだ。
オレは何度も自分に言い聞かせた。
だってそうじゃなければ……そうじゃなければこのクルマは……
何かが見える度に急に冷え込んで身震いするのも、冷房を利かせ過ぎているせいに違いなかった。
道中は色々と不安が在ったけれど、タクシーは無事オレの住むアパートの脇に到着した。
「七四〇円です」
その料金に「えっ」と耳を疑った。会社からここまで料金は万を覚悟していたからだ。
カードで支払おうとしたら「なんですかソレ」と聞き返されたので、料金用のトレイに千円札を乗せたら今度は「お客さん、おふざけは困りますよ」と言われた。そんなおもちゃはしまって下さい、警察とかに見咎められたらマズいでしょう、などとおっしゃる。
いや、このお札は確かに旧札だけど、ホンモノ……昨晩もコレでコンビニの支払い済ませたし。
仕方が無いので小銭を振り絞って揃えると、五〇〇円玉もダメだと突っ返された。どれだけシビアな金銭感覚。っていうか、ちょっと時代錯誤だろう。
っていうか、百円と十円玉だけじゃあ料金払えないぞ。
仕方が無いのでダメ元で、上司からもらった一〇〇〇円の記念コインを出してみた。
「えっ、これは」
ラジオの声が詰る。そして「よろしいんですかお客さん」と聞き返すのだ。何故聞き返すのか今ひとつ分からなかったが、「どうぞ」と言ったら、気付かぬ内にトレイの上に数枚のお札が乗っていた。
お釣りです、などと言う。
「いやいや、お釣りが払った料金より多いってどういうコトですか」
おかしいでしょうと返そうとしたのだが「相場ですよ」と逆に押し返された。
「いま、コレは人気で簡単には手に入らないんです。ヘタするとこのお釣りでも少ないかも知れません」
何処か苦笑したニュアンスにこれ以上辞退するのも気が引けて、ありがたく受け取るとタクシーを降りた。
「お客さんも仕事、頑張って下さい」
ドアが閉じる前に掛けられた台詞が妙に弾んでいて、オレはテールランプが見えなくなるまで見送ってから自分の部屋に戻った。
「また懐かしいもの持ってるな」
コインの蒐集家として知れる上司に、昨日のタクシーでお釣りとして渡されたコインを見せたらそんな返事が返ってきた。
「昔の五〇円玉はこれだったんだよ。今でも使えるが最近は先ず見ないな」
「じゃあ本物なんですね」
それは確かに五〇円玉なのだが百円玉よりも大きく、そしてゴツい代物で、ぱっと見、異様な迫力があった。
そして昨日上司がくれた「1964年の東京オリンピック記念硬貨」のことも聞いた。一〇〇〇円硬貨だが、現在では最低でも四、五倍の値段が付くという。しかも当時はコインコレクションの火付け役だったらしく、更に破格の値付けもあったのだとか。
「まぁ、この手のものは欲しがる者が付ける値段だからな」
一般的な常識の範疇外、普通の者から見れば異世界の常識だろう、などとおっしゃる。
「硬貨だけに限らない。どんな種類の蒐集家だってその行き先は茨の道。魑魅魍魎が闊歩する人外魔境だよ」
そして上司は肩を竦めて苦笑するのだ。
もしかしてひょっとして、あのタクシー運転手のオリンピックは「第一回目の東京オリンピック」だったってコトなの、か?
昨日もらったお釣りのお札は聖徳太子と伊藤博文で、五〇円玉は巨大なアレだし十円玉はギザ付きだった。いま現在でもアチコチ探せば見つかるだろうけれど、釣り銭で全てが雁首そろえて当時のおカネっていうのはちょっと在り得ないだろう。
そしてふと思うのだ。オレがあのタクシーを拾ったのも、上司から譲ってもらえた記念硬貨のせいなんじゃないかなぁ、と。
あのコインを持って居たからこそ、あのタクシーを拾えた。
あの運転手もきっとコインコレクターに違いない。ナニしろ一目でソレと看破していたしね。お望みのブツを捜す為に、日々あちこち彷徨い続けて居るのだ。きっと。
それこそ自分の成仏すら諦めてしまうほどに。
「あ、まさか」
ひょっとして、ひょっとしてもしかして。
昨日タクシーに追いすがって来ていたおばあさんやよく分からない者達も、実はあのタクシーと同類。コインのコレクターだった、とか?
「……」
いや違う、そうじゃない!
オレは慌てて頭を振った。
冗談じゃない、違う違う。昨晩オレが乗ったのは、どこかの企業がドローン的な無人タクシーを実用化させる為の運用試験に居合わせたダケ。そう、それダケ。
格安だったのもそのせい。ちょっとおかしげな風景が見えたような気がするのも、妙な声が聞こえたのも疲れたオレの錯覚なんだ。
積み重なった疲労が過労になってセイシンを病ませた挙げ句、幻惑させているんだ。
何度もしつこく自分に言い聞かせて、昨夜のことはもう二度と考えまいと心に誓った。




