良い天気
この男は、自分の仕事が何を生んでいるのかを知らなかった。
「は〜......かったるい」
上司から配られる数百枚の小さな正方形のシート。それを指定された場所に貼り付ける。
それだけの仕事だ。
やりがいなんてどこにも無い。
「自分の作品を見た人々の笑顔が僕のやりがいなんだ」
そんな綺麗事を吐かす同僚もいたが、この男はそんな感性など持ち合わせていなかった。
それに男の作品を見た人々は、笑わない。
むしろ顔をしかめ、文句を言う。
(俺だって、こんな色じゃなきゃ同僚みたいに...)
何度思った文句か、数える気も失せた。
同僚にはいつも白や青基調のシートが配られる。爽やかで、透き通った色だ。
そして、男には黒や灰色が配られる。
嫌な色だ。暗くて陰気で。人の心を曇らせる。
その日もいつもと同じだった。
相変わらずの暗い色のシートが配られた。文句を押し込みながらも指定された場所にそれらを貼っていく。
ただ黙々と。邪念を打ち消すように。
全てのシートを貼り終え、少し休憩していると、下の方から声が聞こえてきた。
男の作ったモノを見た人々の声だ。
(はいはい、どうせいつもの)
諦めか保険か。男はそう心で呟きそちらに耳を傾けた。
「は?最悪なんですけど」「うわっ。まじかよ」「なんか頭痛くなってきた」
(………予想通り……)
だが、少しだけ、本当に少しだけ心が痛んだ。
結局、男の仕事が人々に喜ばれることはないのだ。
チラリと隣の同僚を見るといつもと同じように感謝されていた。
(...お前だって)
出かかった言葉を慌てて引っ込める。
自分が言えた立場では無かったから。
よく晴れた雲一つない晴天の日だったと思う。同僚が、貼って完成させたモノが大勢を殺した。
その時は可哀想だなと思うだけだった。まだ、自分が貼って作ったモノが人々に忌まれていなかったから。
今でも鮮明に思い出せる。どんよりと黒い雲が、一面を覆っていた。慌てて剥がそうとしたが、もう遅かった。
(140000、254786、35216、524、69875 、32、1425………)
数え出したらキリがない。だが、覚えてる数だけでも同僚よりもはるかに多かった。
そんな自分が、人々に認められたいなどと思うのは烏滸がましいにも程がある。
そんなことは分かっているのだ。
でも………
(…気持ち悪っ)
そこまで考えて、心の中で吐き捨てた。
その時だ。小さな声が男の耳に引っかかった。
「やったー」
かき消されそうなほど小さな声だ。
「私これの匂い好きなんだよね」「これで、農作物がよく育つ」「音が良いよね」
胸から込み上げてくる何かを押さえながら男はそちらに耳を傾ける。
「恵みの雨だ」
その一言が、心にあった乾きを潤してくれた気がした。
(あぁ……)
自分の作った天気が喜ばれるというのは……
それから男は「空を貼る」という仕事に、少しのやりがいを感じるようになった。
相変わらず、配られるシートは黒基調ばかりだし文句も多い。が、「恵みの雨だ」という言葉を男は知っている。
今日も男は、空を貼る。




