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第一章 一話「鎌倉へようこそ」

第一話 「鎌倉へようこそ」


目が覚めた時点で、何かがおかしかった。

天井が違う。ベットも違う。


佐藤悠斗(21歳、大学3年生、特に取り柄のない陰キャ大学生)はゆっくり瞼を開いた。

天井は木。古い木。丸太を組んだだけの、もう本当に木っきれな天井。光は隙間からにじみ込んできていて、現代的な天井灯のかけらもない。


(…何ですか、これ)

心の中でツッコんだが、誰も返してこない。当然だ。ここには誰もいない。


僕はゆっくり起き上がった。ごわごわした布団から出ると、床は土だった。いや、畳だ。でも、現代の畳とは違う。色が褪せていて、なんだか荒い。


(昨日、何があった?)

思い出そうとした。コンビニでのシフトを終えて。バイト先の前の横断歩道で。スマホを見ながら歩いていて…そして…

何も思い出せない。その後の記憶がない。真っ白。

僕は立ち上がった。膝が痛い。手も痛い。体中が痛い。疲れている。すごく疲れている。


(ここ、どこ?)

小さな部屋だった。いや「小屋」という方が正しいかもしれない。壁は板張り。窓は穴。障子とかそういう洒落たものではなく、単なる穴で、布切れが掛かっているだけだ。

僕は穴の方に近づいた。

その瞬間、外の風景が目に入った。


(…え?)

周囲にあるのは、古い家ばかり。木造の、本当に古い家。そしてそこかしこに見える人間たちの格好が、現代のものではない。皆、着物を着ている。いや、和服。江戸時代ですか?いや、もっと古い?

僕の心臓が高鳴った。


(これ、コスプレ?大がかりなイベント?)

スマホを確認しようとした。ポケットに手を入れたが、ポケットがない。なぜなら、今着ている服が現代の服ではなく、すっかり時代物の粗末な着物に変わっていたから。


(…ああ、ああああ)

僕は息が浅くなった。パニックだ。あれだ、YouTubeで見たようなタイムスリップドラマのやつだ。いや、そんなわけない。現実にそんなことあるわけない。

でも、ここは確実に現代ではない。

小屋の外に出た。すると、すぐに誰かが僕に気づいた。作業をしていた中年の男が振り返り、眉をひそめた。


「おい、お前何してんだ」

言葉はなんとか分かった。日本語だ。でも、アクセントが違う。テンポが違う。


「あ、あの…ここ、どこですか」

僕は口ごもった。声が出ない。体が震えている。

男はじっと僕を見た。その目は警戒と不審が混ざったもので、決して優しくない。


「何言ってんだ、お前。昨日と同じこと言ってる」

(昨日?)

僕は記憶を探った。昨日、この場所にいたのか?でも、昨日の記憶がない。


「あの…昨日は…」

「覚えてねえのか。それとも、ふざけてるのか」男の声が低くなった。僕は本能的に身を引いた。


その時だった。別の声が聞こえた。より高い声。女性の声。

「太郎、その子、また言い出したのか」

太郎という名の男の奥から、中年の女性が現れた。背が低く、顔は無表情。でも、その目は太郎より数倍危険な雰囲気を持っていた。

「かみさん、何だあの子。頭でも狂ったのか。昨日だって『ここどこですか』ってわめいてたぞ」

(昨日…わめいていた?)


僕は自分の記憶の欠落に戸惑った。でも、目の前の状況は嘘ではない。本当にここにいる。本当にこの人たちは自分を見ている。

女性が歩み寄った。そしてじっと僕の顔を見た。


「お前、本当に何も覚えてねえのか」

僕は首を縦に振った。正直に答えるしかない。

「馬鹿野郎」

女性は言った。その一言に、僕の心は完全に凍りついた。


「昨日お前を引き取った時だって、金を払ってるんだよ。この家のもんが飯を食わせて、寝床を与えてるんだ。それなのに『ここどこですか』だ。ふざけるな」


(金を払った?)

僕は何も理解できなかった。何をどう聞いても、状況が説明できない。

「お前、昨日、村で捕まってたじゃねえか。借金を返せねえってわめいてた。その後、ここの若様が『奉公人として雇ってやる。代わりに借金を肩代わりさせてもらう』って言ったんだ」

女性の言葉で、少しだけ状況が見えた。でも、まだ完全ではない。


「借金…?俺、そんなの…」

「知らねえ知らねえばっかり。いい加減にしろ」

女性が手を上げた。僕は反射的に身を縮めた。が、実際の打撃は来なかった。代わりに、女性は指で僕を指した。


「これからお前は、この家の奉公人だ。朝は早い。夜は遅い。給金なんか出ねえ。飯は一日二杯の粥。たまに野菜。気に入らねえなら逃げてもいいが、その時は役所に返送するだけだ。分かったか」

(粥…?給金出ない…?)


僕の意識が薄れ始めた。これは現実ではないのかもしれない。悪い夢なのかもしれない。でも、痛みは本当だ。空気も本当だ。この女性の視線も本当だ。


「返事をしろ」

女性が怒鳴った。

「あ、はい…分かりました」

僕は呆然と答えた。

「そんで、昨日からお前は台所の手伝いをしろ。かまどの火の番と、野菜の処理だ。男連中がやってみろと言ったら、やれ。分かったな」

「はい…」


女性は踵を返して去っていった。太郎と呼ばれた男も、僕に一瞥をくれただけで、仕事に戻った。

僕は残された。

その時、初めて僕は周囲の音を意識した。遠くから聞こえる馬の鳴き声。鳥の声。人間の声。そして、匂い。現代にはない、古い匂い。動物の匂い。土の匂い。


「おい、お前。さっさと来い」

奥の方から、別の声がした。今度は若い男の声だ。

僕は足を動かした。あるいは、動かされたと言うべきかもしれない。自分の意志というより、状況に押し流されるまま。


その時、僕はまだ完全には理解していなかった。

昨日の自分は、本当に何もなかった。スマホもない。財布もない。家族もいない。友人もいない。知っている言葉も、知っている文化も。あるのは、現代という時代で学んだ知識だけ。それが、ここでどれほどの価値を持つのか。

あるいはむしろ、どれほどの障害になるのか。

それを、僕が知るのはまだ先のことだった。

Gr3njaと申します。 素人ながらの初めての作品です。

お手柔らかにお願いします。

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