「お前の料理は味が薄い」と追放されましたが、祈りで熱効率を100%にしていただけでした。私が消えた祖国は燃料不足で自滅寸前だそうですが、今さら泣きつかれても騎士様の心とスープを温めるのに忙しいんです!
「ただ祈っているだけのぐうたら女など、この国には不要だ。湯を沸かすだけの聖女より、派手な奇跡を起こせる聖女が見つかったのだ。お前には、出て行って貰う!」
この国の聖女である私に、この国の王子で婚約者でもある男が言う。
私は息を吐く。
「分かりました。すぐに出て行きますわ」
私は王子の目の前で淡々と荷造りをする。
聖女の衣装や小物ばかりで、私の本当の私物など、たかが知れていた。
私のこの国での二十年はたったこれだけ、旅行鞄一つ分の荷物になった。
あっという間に荷造りをすると、王子を一瞥もせずに部屋を出る。
「それから、お前の料理は味が薄い」
部屋を出る直前に王子の声が背中に届く。
なっ!?
なんですってー!!
聞き捨てならない台詞に、振り返って言い返しそうになったけど、もう関わりたくない!
私はそのまま城を出る。
生まれた時から私の祈りには力があった。
先の大賢者様が国の危機に私を見つけて、聖女として王宮に迎え入れられた。
望んだわけでもないのに、聖女と言われて王宮に閉じ込められて、好きでもない王子の婚約者にさせられて……、一切の自由が無かったのに。
大賢者様が亡くなってから風向きが変わった。
私の能力が本当に必要なのか? と言う議論がされて、一生懸命に祈っても、休息時間の過ごし方の批判ばかり。
こんな所にいてあげる必要なんて無かったんだもの、王子に追放されて清々している。
……ただ、ちょっと国の外まで歩くのは大変。
追放するなら、魔王領地の境まで送ってよーー!!
パタッ
私は少し疲れてしまった。
地面に横になる。
固い岩がゴロゴロして、寝心地が悪い。
でもちょっと眠るだけ。
少し寝たらすぐ起きる……。
……そしたら、すぐに出発するから……。
……。
「……まさか、こんな所で聖女を拾えるとは——」
私は大きく力強い手で抱き抱えられる。
消えゆく意識の奥で、安心感に包まれる——。
◆◇◆
私が目覚めるとふかふかのベッドの上だった。
王宮のベッドよりも数段良いものだ。
聖女と呼ばれても名ばかりで、大事にされていなかった私の部屋のベッドは安物だった。
いや、今はベッドの質よりも、私は地面に倒れたはずだけど……。
ここは一体どこなの!?
慌てて起き上がると、部屋に黒衣の騎士が入って来た所だった。
「目覚めたのか、聖女よ」
それは倒れた後に聞こえた声。
この人が助けてくれた!?
「——!」
私は、命の恩人を前にして、何も言えなかった。
黒い身体から禍々しいオーラが立ち上っている。
人間ではないことはすぐに分かった。
魔王軍の魔物だ、それもかなりの大物——。
私はゴクリと唾を飲み込む。
でも、恐れる事はない、私は自ら魔王領地に踏み入ろうとしていたのだから。
「……魔王様に会わせて下さい」
私は持てる勇気を振り絞って言った。
黒衣の騎士は、まあ待てと言う。
「目覚めたばかりだ、もう少し落ち着いてからにしよう」
騎士様は、見た目と違って優しいことを言う。
パンとスープの簡単な食事が運ばれてくる。
魔王領の食事はどんな物かと恐る恐る見たが、人間の物と変わらない見た目だった。
お腹が空いていたので、警戒もそこそこに食べてしまう。
そして、後悔する。
不味い……。
中まで火が通っていないパンと、ほとんど生のままの野菜の入ったスープ。
調味料で誤魔化そうとしてるのか、しょっぱ過ぎる。
これが魔物の好みなの!?
でも、食べないと空腹で魔王と対面しても勝てる気がしない。
私はぬるいスープで無理矢理お腹に流し込む。
国を喜んで追放された事を、ちょっとだけ後悔した……。
「食事は終わったか。では、魔王様の所まで案内しよう」
けれど、騎士様が私の手を取って丁寧に接してくれる。
この扱い! やっぱり追放されて良かった!
◆◇◆
「お前が聖女か」
魔王様の前で私は跪いていた。
「よくやった、暗黒騎士よ」
魔王様は私の横にいる黒衣の騎士に呼びかける。
——暗黒騎士!?
国にいた時に聞いた、魔王軍最強の騎士の名前だ!
見た目は強そうで最初は驚いたけど、優しい物腰に怖さが薄れていた。
その彼が、魔王軍最強の騎士だったなんて……!
「聖女よ。我々はお前に頼みがあって、探していたのだ」
魔王様が言う。
騎士様は私を攫いに来て、たまたま行き倒れているのを発見したとか。
なんて、タイミング!
なんでも魔王領は資源に乏しく、お湯も沸かせないほどのエネルギー不足なんだと言う。
料理に火も通らないって! あの生焼けパンとスープはそう言う事だったの!?
「……てっきり魔物たちの好みなのかと……」
私が驚いていると、騎士様が説明してくれる。
「魔王軍には魔物もいるが、王国を追い出された人間も多い。この地にある魔力の呪いによって魔物と同じ力を得て、人間と区別されているだけなんだ」
「騎士様も、人間なんですか?」
魔王様はツノが生えた獣の顔で、明らかに魔物という容姿だけど、騎士様は鎧を脱いだら人間なのかもしれない。
「何百年と生きて、人間と言えるかは分からないがな……」
少し自嘲気味に答えた騎士様は、人間味がある——。
だったら、この状況は放ってはおけない!
人間が生焼けのパンやスープを食べるしかないなんて!
魔物だって、ちゃんとした料理の方が好きなら、ちゃんと食べさせてあげるべきでしょう!
「分かりました! 私、魔王様の為に祈ります! 私の力で魔王領を救わせて下さい!」
「おお! 聖女よ、よく決意してくれた!」
魔王に続いて、騎士様も礼を言ってくれる。
「意思も聞かずにいきなり連れて来てしまったのに、すまない」
いえ、むしろ助けて貰ったのはこちらなんだけど、騎士様って、本当に魔王軍の方?
王子より、素敵なんだけど……!
お友だちになれるかしら?
◆◇◆
私は早速祈りを捧げる。
魔王城から円を描くように祈りの力が広がっていく。
まずは魔王城の料理が改善され、お風呂も定期的に入れるようになる。
魔王様がお風呂場で歌う鼻歌が魔王城に響くようになる。
「温かいご飯とお風呂は生活の基本ですね。それだけで毎日が幸せです」
城の侍女たちが話していた。
だんだんと魔王領全体に広がった祈りは、魔王様が作った人間の領地との結界に阻まれる。
すると、領境の人間の村や町が魔王領への編入や停戦を希望してくるようになる。
少しずつ人間と魔物との争いが消えていく——。
ここまで、部屋に籠って祈っていただけの私。
一日中は体力的に祈っていられないから、休憩時間を挟んで、でも限界まで祈り続けた。
休憩時間には、魔王様や騎士様が差し入れて下さったお菓子を食べて、身の回りの世話をしてくれる侍女たちと楽しくおしゃべりしたり、本や雑誌を読んで息抜きしていた。
「聖女が侍女たちから話を聞いたり本で情報を集めて、的確に祈りの地を選んでくれるから、魔王領は何処も豊かになった」
騎士様が差し入れを持って訪ねてくれた時に、ふいに言う。
「騎士様が喜んで下さってとても嬉しいです。王子には全然分かって頂けなかったのに……」
「追放された国だ。王子の事など、もう考えなくていいだろう。君はここに俺たちとずっといるんだ」
“俺たちと“と騎士様は言っているのに、”俺と“と言ってるように聞こえてドキッとする。
「お、王子の事はどうでもいいんです! 国民の事を考えたら、時間が経つほど薪が手に入らなくなるし、困ることが増えると思うんです……。怒って出て来てしまったのは浅はかでした」
魔王領の生活が豊かになるたびに、祖国の事が気になっていた。
私が居なくなった国では、逆向きの事が起こっているはずだ……。
「……魔王軍に降伏する町も増えている。このまま人間の国を征服していけば、聖女の力が及ぶ範囲も増える」
騎士様が私を慰めるように言ってくれる。
「……はい! 私、騎士様が早く征服出来るように、全力でサポートします!」
そう言って、出来立てのスープを皿によそった。
最近は祈りの時間に余裕が出来て、本当にしたかった息抜きも出来るようになっていた。
王宮に大きな調理場を借りて沢山作ったから、騎士様の配下の方々にも順番によそっていく。
「まさか! こんな大量のスープがこんな短時間で完成するなんて! さすが聖女様です」
なんだかんだで喜んでもらえている。
魔王領は、人間の国と比べても薪が少ないし、ずっと料理に苦労していたのだ。
私の祈りには、炎の伝わる範囲を広げる力がある。
普通は鍋の底の直接炎が当たる所にしか熱が届かないけれど、祈りでより広範囲に熱を届ける事で早くお湯を沸かす事ができる。
無駄になっている熱を直接水に届ける事で、薪の量が少なくて済む超省エネ魔法の祈りなのだ。
温かいスープを食べて貰えて、喜んでもらえるのはとっても嬉しい。
だけど、ちょっと寂しい。
私が本当に喜んで欲しい事は……。
「すごいな……。こんな自然で美味いスープは初めてだ……」
騎士様がつぶやく。
思わず漏らしたと言うような言い方。
私は、思いがけず欲しかった言葉を貰えてドキッとした。
騎士様はその事に気付かない。
騎士様が夢中で食べる姿を横目で見ながら、騎士様との友情の芽生えにニヤニヤが止まらなくなった。
◆◇◆
「冷たッ!?」
王子の叫びが城に響いた。
「どう言う事だ! 風呂の湯が氷のように冷たいではないか!」
「なんだこの硬さは! 野菜に、全く火が通っていない! スープも冷た過ぎる!」
先の大賢者の弟子が言う。
「聖女様の祈りが無くなったからでしょう。二十年前の薪不足の際に、先の大賢者が探し出した、超省エネ魔法を使える聖女様だったのです。彼女がいなくては、この国の森林の規模では湯を沸かす事も出来ません」
「聖女がいるだろう! 派手な魔法が使える新しい聖女が!」
新しい聖女で、王子の妻になった女は奇跡を起こす。
彼女の祈りが色とりどりの光になって城の空に花を咲かせる。
国民の受けが良く、湯沸かし聖女より王国への支持を集められる。
しかし、光が消えてしまえばそれまでだった。
湯沸かし聖女がいれば一ヶ月は持った薪を消費して、新しい聖女の奇跡は終わった。
「だから、先の大賢者も私も言っていたのです。聖女がいなくなった後の事を考え、森を育てていかなければいけないと! それを、聖女がいるから少ない薪で生活できるからと、かえって森を減らして、それが当たり前であるかのように聖女を蔑ろにする。
これでは国が傾くのも当然です!」
聖女が居なくなり、エネルギー効率に悪くなった国では、急速な木の伐採が進んでいる。
同じ湯を沸かすのにも聖女がいた頃の三倍以上の薪が必要だ。
城の木々の並びが美しかった庭園も見る影もなくなっていた。
「うるさい! うるさい!」
王子も王たちも、先の大賢者の弟子の言う事など今更聞けなかった。
城の外では、風呂に入れない、洗濯も水のみでするようになり、感染症が蔓延しだしていた。
これから冬に向けての暖房も心配だ。
急激に木を切り倒した場所では、雨で土砂が崩れ、田畑への水の供給が滞って、次の収穫期の影響もどれほどか分からない……。
国が壊れていく中で、王子は未だに元の生活を維持しようと薪を数倍のスピードで消費し続けた。
クションッ
「薪が足りないぞ!」
◆◇◆
先の大賢者様の弟子の賢者の話に私は震える。
王子、あなたはなんて、バカなの!?
ただでさえ少なかった薪を自分の為に使って、国民を飢えさせるなんて!
魔王様との違いに泣きたくなる。
魔王様は毎日でもお風呂に入れると言うのに、
「魔王領での薪の生産量が確保できるまでは贅沢は出来ない」
そう言って、週に二、三度しかお風呂に入っていただけない。
感染症が流行らないように、民には毎日でもお風呂に入るようにお触れを出して、私も入らせて貰っているけど。
みんな、魔王様の鼻歌を毎日でも聞けるように、資源の生産を考えている。
それで騎士様は最近あまり城に姿を見せてくれない。
時折届く差し入れで、元気な事は分かっているけど……。
『君に似合うだろうから贈る』
手紙と宝石よりも、会ってお話ししたいのに。
「聖女様。どうか、祖国の国民をお助け下さい」
賢者様がおでこを床につけて頼む。
それは、私も助けたいけど……、魔王様の結界をどうにかしなくてはいけない……。
そうだ!
「……魔王様! お願いします! 私に暗黒騎士様をお貸しください! 必ず、人間の国を征服して参ります!」
◆◇◆
私は騎士様と魔王軍と、祖国に帰ってきた。
緑に覆われた美しい国は見る影も無かった。
灰色になってしまった街の隅に倒れた小さな人影が見える……。
「——!」
思わず目を逸らしてしまう。
これは私のした結果でもあるんだ……。
「私も自分の能力が当たり前過ぎて、ここまでの事を引き起こすとは思っていませんでした……。先の大賢者様には聞いていたけど、言われていたことをやっていただけ……」
「以前の魔王領もこんな光景が溢れていた。君が魔王軍に来た事で救われた命もあるんだ」
騎士様が慰めてくださる。
「騎士様に拾っていただかなければ、私は死んでいました。どちらの国も同じ光景が広がるだけだったんですね。騎士様に拾っていただけて良かった……」
私は騎士様に感謝の笑顔を向けた。
前向きに考える事にします。
私は、騎士様のおかげでどちらの国も救う事が出来るんですもの!
「私がみんなを救えたら、全部、二人の力ですね!」
「まさか! 君だけの力だ……」
騎士様は驚いていた。
「騎士様にも、魔王様にも、皆さんにも、祈る場所と時間をいただけて私の力は発揮できるんです」
「……魔王様と、皆さん……」
……追放されたからって理由もあるから、王子のお陰でもあるのが少し癪だ。
まあ、お礼はさせていただきましょう!
楽しみです!
魔王様にお願いして、一時的に解いて貰った結界の先に、私の祈りが届くようになる。
灰色の街で、人々は温かい料理に戦意を無くし、戦わずして私たちは王城まで来た。
「この、裏切り者が! 湯を沸かすしか出来ないくせに国を乗っ取りに来るとは、どこが聖女だと言うんだ!」
王子が私に叫ぶ。
私に向かって投げつけられた陶器を騎士様が防いでくれた。
「無能な王子よ…」
騎士様に睨まれて王子と奥の王や王妃も腰が抜けたように動けず、その場で震えている。
私は騎士様にここは任せてと言って前へ出る。
「帰って来る気になったか、また湯を沸かす祈りを捧げる事を許可する!」
王子が尊大に言う。
「王子、お湯を沸かすということは、命を繋ぐということなのです」
私はずっと言いたかった事を言う。
「私の料理の味が薄いとおっしゃったけど、素材に火が通れば肉や野菜そのものの素材の味で料理は美味しくなるんです。
当たり前の価値が分からず余計な物に浪費して民を苦しめた、あなたに王子の資格はありません!」
「なっ!? 聖女如きが……!!」
反論しようとも、私の後ろには暗黒騎士様がいる。
それだけじゃなく、城に大臣や使用人、貴族や国民が、もうあなたを要らないと言っているの。
「追放……は可哀想だから、この国で平民として、暮らす事だけは許しましょう。木を大事に育てて下さい。あなた方王族には、私の力は及びませんから!」
私がニッコリ笑うと、王子は絶望したように膝と手を床につけた。
ざまぁ! ですわ!
◆◇◆
私は魔王城の自分の部屋に戻っていた。
この半年で溜まった荷物をどうやって運ぼうか悩んでいた。
騎士様に頂いた差し入れがとっても多い。
魔王領では友人に物を贈る風習があるんだと思う。
キラキラ光る指輪はまだはめていないけど、騎士様と友情の証に大事にしたい。
半分くらい荷造りが終わった時に、騎士様が訪ねてくる。
「なんだ、これは……」
荷造りで散らかった部屋を見て驚いている。
「王子もいなくなって、賢者様に国に戻って来て欲しいと言われたんです。だから、急いで戻る準備をしているんです」
私はさっきの指輪を取り出す。
「騎士様からの友情の証、ずっと大事にしますね!」
明るく言ったつもりなのに、何故か涙がこぼれ落ちた。
「この指輪は友情の証ではない」
「え!? 私、騎士様の友達になれていなかったんですか!?」
そうか……。
騎士様は誰にでも優しい方なんだ……、勘違いしていました……。
「人間の世界では、結婚の申し込みに指輪を贈るんだろう?」
「え? 私には、生まれた時から婚約者が決まっていたから、よくわからないけど、確かそうだったと思います……」
少しだけ沈黙があった。
「聖女、君をあんな国には帰さない。君の料理も、君自身も、俺だけのものにする——」
ええ!!
鎧をとった騎士様の顔が私に近づく。
想像してた通りの魅力的な顔立ちだった。
「聖女のおかげで、俺の初めての恋の熱が全部届きそうだ」
私は騎士様の愛に熱せられてしまう——。




