ep2
◇
バカだバカだとガエル様のことを思って居たけど、まさか此処までとわ。
(天然物で真正だったのね。)
と、今までガエル様と全く話が通じなかった謎が解け、わたしは妙に納得してしまった。
謎の美少女オデットさんは、平民だったらしい。
勢い込んで王都のタウンハウスへ乗り込んだ父親であるログブレース伯爵は、烈火のごとく怒りガエル様を叱り飛ばしたのだが、ガエル様の手下2人の手引きで、オデットさんと二人、愛の逃避行の旅に出たのだった。ついでに手下2人もガエル様とオデットさんに着いて行った。
結局、クレソン領でガエル様の続報待ちだったわたしと家族たちは、王立ロイス貴族学院の卒院式にも出れず(学費を支払ってくれたのはログブレース伯爵家ですが‥‥)ただただ暢気に兄や妹と穏やかな盛夏の残り火を眺めていた。
わたしがガエル様と婚約してから、クレソン家に何かと注文の多いログブレース伯爵家だったので、(平民と駆け落ち騒動の収拾しようと王都のタウンハウスに詰めて居た為)面倒な命令が飛んでこない心穏やかな日々に両親は感涙し、神に感謝の祈りを捧げていた。
こうして一度目のわたしの婚約は、婚姻式前に新郎不在で、めでたく解消された。
予定していた婚姻式の方は、ログブレース伯爵家が迷惑料として教会に相当な寄付をし、両家の結婚披露宴の方は、招待状を届けていた家々に詫び状と粗品を送り届けた。掛った費用はログブレース伯爵家が負担してくれたので、クレソン子爵家の皆はウキウキで後始末を終わらせた。
ログブレース伯爵家では、次男へ嫡子継承手続きが大変そうであるが、もはや他人事。
王都や地元で「婚約者に逃げられた子爵令嬢」と噂されていたらしいけど、アレと結婚する方が最悪だったので、学院時代からの友人たちの心配する問い合わせには、ヘラヘラと楽しく躱していた。
卒院したら、地方の下位貴族令嬢であるわたしが、王都に出向く用は全くないので、社交界?何ソレ美味しいの?てなモノである。
社交シーズンに王都へ出向くのは、高位貴族たちだけですし。
そう油断して、日々是好日を過ごしていたわたしに青天の霹靂である。
婚約者に逃げられたと言う瑕疵付きのわたしに、新たな婚約の話が降って湧いた。
◇
現王家より古い由緒正しきベッカレ伯爵家から、嫡子のカイン様との婚約話だ。
「いや、何で?」と、真顔で父に問い掛けたわたしは悪くない。
しかもベッカレ家の領地は、フローラル王国の中央から上の北東部にあり、我がクレソン家の領地は南部よりにあって、領地が滅茶苦茶離れている。
そしてクレソン子爵家は、ソコソコ穀物が収穫出来る位で、目立ってお得なモノは無い。
反対にベッカレ伯爵領は、山々に囲まれ希少な鉱石や材木が採れ、王家が道路の普請を手伝い(資金提供)、大切にしている領地なのだ。
有力貴族とのベッカレ伯爵家とクレソン子爵家では、天と地ほどの差がある。
寄り親である元婚約者のログブレース伯爵様伝手で、来た話だったりするので、驚きが二倍だ。
やっと一度目の災難から運良く逃れられたのに、再度、上位貴族から断れない災難が降って来た。
「お父様、断れませんよね?」
「相手が相手だし、断れないなぁ、ニコル。」
「どうしてウチのニコルは、断れない高位貴族の嫡男とばかり婚約のお話が来るのかしら?ニコルは私に似て、地味で面白味の無い容姿なのに。お胸もスッキリし過ぎているから、高位貴族の方々が求める花嫁候補に程遠い娘なのに。不思議よね?」
(豊かなバストとギュッと締ったウエストと立派なヒップが淑女の理想体型とされている。)
「お母様、それは事実だけど、口に出すなんてあんまりです!!」
瘦せ気味な角ばった顔を俯かせて、父は溜息を吐いた。
母は、大きなお胸を揺らし、左手で丸い頬と顎を支えて、顔に疑問符を浮かべていた。
正式に婚約解消をされてから、未だ三ヶ月しか経っていないのに、新たな嵐の幕が上がる。嫌な予感を感じつつ、わたしと小心者家族たちは、身を寄せ合って怯えていた。
◇
我がクレソン家の憂鬱は兎も角、あっと言う間に、カイン様と婚約が決まり互いの両親が揃い、王都での初顔合わせ。
高位貴族は、婚約が決まったら王家に届けなければ成らないので、わたしたち一家はベッカレ伯爵家のタウンハウスへと招かれていた。やっと両家の親と当人たちが顔合わせだ。それ迄は、ログブレース伯爵様達が、ベッカレ伯爵家とクレソン子爵家の仲立ちをしてくれていた。元婚約者の家であるログブレース伯爵家の思惑は不明だけども。
王都の大きく瀟洒なタウンハウスの応接室に、ベッカレ伯爵ご夫妻と当人であるカイン様たちが泰然として、緊張感丸出しのわたしたち親子を出迎えた。
ベッカレ家の皆様は流石です。
皆様、顔が良い。
もしかして美形しか高位貴族に、なれないのでしょうか?
元婚約者であったガエル様は、性格が合わな過ぎて、イケメンと思えなかったのですが、縁が切れて見れば、そこそこの容姿でした。
それに引き換え我が家の面々は、安心出来る素朴な容姿。
前面に居る緊張感漂う美麗な面々より、父や母の様子に目をやるとホンワカと和みます。
『ザ・田舎者』を体現できる貴族は、クレソン子爵家のみ。農主夫妻と紹介されても違和感なしです。
しかし、此れ程美麗な方々の血に、わたしの素朴な田舎顔の血を混ぜても良いのだろうか?そんな不安を憶える中、ガチガチの初回顔合わせは終了した。
豪く若いリリアーヌ・ベッカレ伯爵夫人。
エノク・ベッカレ伯爵様の説明で、後妻であることを知った。
前夫人、カイン様の母君は、病で亡くなり、現ベッカレ伯爵夫人は30歳。29歳のカイン様とは、1歳違いだとか。ベッカレ伯爵様は、47歳で良いお年でした。(50歳過ぎると老年なので)爛々と光る琥珀色の瞳は肉食獣を想わされゾクリとする妖しい魅力に溢れた男性でした。
そしてカイン様は、父親であるベッカレ伯爵様と顔付は似て居るのですが、雰囲気が異なり中性的な趣がでした。親子で良く似た琥珀色の瞳とリーフグリーンの髪色をし、魅入ってしまう端整な容姿にわたしたちは、ついつい言葉数が減って行きました。当然、緊張もありましたが。
リリアーヌ・ベッカレ伯爵夫人も見目麗しく上品な方でした。ライトグレーの髪にブルーグレーの瞳は、儚げな美女でした。生命力溢れるベッカレ伯爵家の親子と全く違う色味と空気感が、彼女を薄幸そうに見せていた。
──────お父様、お母様、わたしはベッカレ伯爵家に嫁いで良いのでしょうか?
そんな飲み込めない大きなインパクトの初顔合わせを終え、十日後に婚約者同士の2度目の顔合わせが決まった。
顔合わせが二回目と言うことで、今回はベッカレ伯爵邸のサロンで、カイン様と気楽に(出来るかどうかは別にして)逢う予定だ。
3月の旧新年祭が過ぎ、聖ユリウス顕現祭が終わって人々の賑わいも落ち着いた頃。巨大な王宮を中心として歪な六角形を成している王都パルスには、白や黄色のミモザの花々が石畳の街路を柔らかに彩って居た。王都の貴族街は、歴代の国王から区画を割り振られ授かった高位貴族(伯爵、辺境伯、侯爵、公爵など)たちのタウンハウスが立ち並んでいる。
整備された石畳の街路から開け放たれた門扉を馬車で潜り、玄関アプローチをゆっくりと進み、使用人達が数人並ぶポーチへと降り立った。
スラリとしたカイン様が従僕に変わって、出迎えの挨拶をし、わたしの手を取り優雅にポーチから玄関へとエスコートをした。
流れるようにサロンへエスコートされ、アイリスが織り込まれた絨毯の上を歩き、シックなテーブルやソファーが配置された場所まで案内され、わたしは独り掛け用のソファーへと、カイン様の手で促さる侭に腰を降ろした。
そして迎いに置かれた猫脚のシューズロングソファーには、薄いリーフグリーン色の髪を耳元の両サイドで三つ編みを垂らして居る可愛らしい少女が、ちょこんと座っていた。
眼は子猫のようにパッチリと開き、琥珀色の瞳をキラキラと輝かせ、此方を見ていた。
「ああ。紹介するよ、彼女は妹のマノン。マノン・ベッカレだ。現在12歳に成ったのに、未だ未だ子供で困っている。来年は王立ロイス貴族学院へ通うのに心配だよ。」
「大丈夫ですわ、お兄さま。ワタシはもう立派な大人の。お兄さまだって知っているでしょう?」
ピッタリと密着して隣りに座っているカイン様の腕に、マノン嬢は両の小さく細い腕を絡めて、クスクスと笑い、左隣を見上げて意味ありげな視線をカイン様に送っていた。
一瞬、わたしの胸に嫌悪感が過ったのは、マノン嬢の仕草が艶めかしく見えた気がしたからだ。
わたしは思わぬ感情に慌てて(12歳の少女に対して少しばかり考え過ぎだわ。)と自分を諫めた。
「‥‥‥お二人は、仲が宜しいのですね?」
わたしは、カイン様にマノン嬢へ自分を紹介して下さるよう、敢えて問い掛けてみた。幾らサロンのプライベートな空間と言え、初対面で立場が上の彼女に紹介無しで、自ら名乗る訳には行かない。それは学院の淑女科でしつこく教わったマナーだった。(家庭教師の居なかったわたしには新鮮な知識だった。)
「そうだったね。申し訳ない。マノン。彼女は、ニコル・クレソン子爵令嬢だよ。私の婚約者だ。」
「お兄さまの?ふーん。周囲で余り見たことの無いタイプね。異母姉さまや弟のアベル。そしてお兄さまとも全く違うのね。お母さまと同じかしら?」
「そうだね、マノン。リリアーヌと同じかもね。」
「クスクス。」
カイン様とマノン嬢は互いに分かり合う言葉で会話を続け、小さく笑い合う。
此の疎外感は何?
そこへメイドがカートでティーセットを運んで来て、わたしやカイン様、マノン嬢にサーブする。
繊細にチューベローズを描いたティーカップとソーサラーをカイン様が手にしようとすると「いつもみたいに」と可愛らしい声でマノン嬢が強請ると、カイン様はカップを置き、両手を広げてマノン嬢の両脇を持ち、自分の膝の上に横抱きをした。そして彼女の小さく紅い唇へ、手にしたティーカップを近付け、優しく紅茶を給餌し始めた。驚いて声を出さなかったわたしを褒めて欲しい。
カイン様って、シスコンが過ぎるのでは無いのかしら?
兄妹で、いちゃつく様を横目で見ながら、わたしは2度目の婚約者に深くなる失望感を抱かずには居られなかった。
俺様婚約者の次はシスコン婚約者なの???
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