ep1
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わたしの婚約者で或るベッカレ伯爵家の令息カイン様は、彼の異母妹のマノン嬢と、非常に仲良しだ。マノン嬢は、来年から王立ロイス貴族学院に通う12歳の愛くるしい美少女だった。だから兄であるカイン様が、彼女を猫可愛がりする気持ちも、ちょっぴりだが分かる。
婚約者同士の顔合わせの場でなければ。
琥珀色の瞳に、サラサラ揺れる淡いリーフグリーンの髪。
女性に成る前の危い美しさを醸すマノン嬢。
色合いも顔立ちもカイン様とマノン嬢の端整な顔立ちは、非常に良く似ている。スラリとした30歳のカイン様と幼い12歳のマノン嬢が並び、甲斐甲斐しく世話を焼くカイン様と世話を焼かれるマノン嬢は、親子にすら見えることも或る。
兄妹仲良きことは、善きことかな。
毎回毎回、婚約者の顔合わせに兄妹揃って現れなければ!
招かれてカイン様のお宅に伺い、サロンや四阿でお茶をする時、わたしとカイン様は適切な距離を取り、向かい合って椅子に座る。そして毎回カイン様は、異母妹であるマノン嬢を愛し気に膝抱っこしている。
ありえないと思うわたしは、心が狭いのだろうか?
自分の兄との過ごし方をつい思い出し、ベッカレ家兄妹の仕様に目が宙を彷徨ってしまう。
それとも17歳にして既に2回目の婚約だから、わたしがナーバスに成り過ぎて居るのだろうか?
2回目。
そうカイン様は、実に2人目の婚約者サマなのだ。
もう何か嫌な予感しかしないのよね。
まあそれは、ベッカレ伯爵家から婚約の話がきた当初からだけども。
◇
わたしニコル・クレソンは、フローラル王国のショボい地方の田舎子爵家の次女である。 借金は無いけど、支払うモノを支払えば、トントンだと言う暮らし向き。 本来であれば、わたしは王立ロイス貴族学院に通える暮らし向きでは無い。しかし、寄り親であったログブレース伯爵家の御当主様と元婚約者だったガエル令息が、わたしを気に入り、11歳の頃に婚約が相成った。
嫌でも「ノー」と言えない弱小で寄り子の当クレソン家。
やたらとエラソーな同じ年のガエル様を個人的に苦手としていたなんて、口が裂けても言えません。
わたしの両親が、寄り親であるログブレース伯爵様は苦手だと言えないのと同じ。
そこでわたしにも婚約者として、貴族学院へガエル様と一緒に入学しなさいと、ログブレース伯爵様からの思し召しがあり、学院のある王都パルスへドナドナされた。
今から思えば、わたしにガエル様のフォローをさせたかったようだ。
ガエル様が、王都でハッチャけて、取り返しのつかないお馬鹿なことを仕出かさない為に。しかし、父親のログブレース伯爵が危惧していた通り、ガエル様は新たな自分と真実の愛を見付け出しちゃいました。残念なことに。
元よりゴーイングマイウェイなガエル様は、男子と分れている淑女科の授業に、わたしを訪ねて突進して着たり、男女共通の一般教養の講義内容をわたしに纏めさせたり、わたしが興味のない乗馬サロンに無理矢理ひきずって行ったり、婚約者だからと取り巻きの世話をさせたりと、散々な3年間でした。
まあ院内での武術大会へ応援に来いとか言われても無視してたけどね。だってガエル様の応援なんてしたくなかったし。
そしてわたしのことは、ずっと『コイツ』とか、『コレ』とか、『アレ』呼ばわり。
でもガエル様は女子からそれなりに人気があったのよね。
学院7不思議の1つに数えてもいいと思う。
ガエル様のワイルドな所が良いのだと。 そして裕福な伯爵家の嫡男ってのも点数が高いらしい。玉の輿だと言うクラスメートに言いたい。いつでもチェンジして上げると。
そんな超俺様なガエル様は王都パルスの街角で恋に落ちた。
3年の夏至祭で、運命の少女とガエル様は出逢ったらしい。
らしいと、わたしが言うのは建国祭前に、卒院準備の生徒会主導のダンスパーティーも終え、気分はすっかり夏休みで、領地に戻っていたから。
婚約式や婚姻式の準備をしている人間が多い16歳のサマーバケーション。
王都でのんびり遊んでいる暇は無し。
わたしだって断れない婚姻準備に忙しいのだ。
自領とログブレース伯爵領を行ったり来たりと大変だった。おまけにガエル様と結婚するかと思うと憂鬱でブルーな気持ちに一直線。
(そう言えばガエル様とは、一度も会話が成立しなかった気がする。いつもガエル様は、一方的に話すだけだったわ。)
ログブレース伯爵夫妻と自分の両親とで、最終的な結婚式の打ち合わせを終わらせたのは、サマーバケーションも終盤の頃だった。
その後、王都パルスに居るガエル様からの遣いが着て、わたしがメイドと一緒にガエル様を迎えに行かなければならなくなったのよね。
《婚姻について重大な話がある。至急ログブレース伯爵家のタウンハウスに来い!ガエルより》
何とも一方的な手紙とも呼べないガエル様の走り書きを遣いの者から受け取った。領地の屋敷に居た両親にガエル様の走り書きを見せると複雑な表情で、わたしを王都へと渋々送り出した。クレソン家は親子ともどもログブレース伯爵家の皆様に『否』と言えないチキンだった。
まあ、ログブレース伯爵家があってのクレソン子爵家なので仕方が無いことですが。
そこで馬車と川船を使い5日間かけて、クレソン領から一路北西の王都へ向かった。行く時々の道で宿と居酒屋が一緒に成って居る駅舎に寄り、各地の名物を食べ、ワインを味わった。夏の盛りの深緑の濃い草いきれに包まれ五感で旅を満喫した。これくらいの楽しみは許されるハズ。
そして、ログブレース伯爵家払いの気楽なメイドとの2人旅が終わり、王都のタウンハウスへ到着。
当然、地方の田舎貴族である我がクレソン家にタウンハウスなどある訳がなく、婚約者で或るログブレース伯爵家の豪華なタウンハウスに足を踏み入れた。
顔見知りの執事さんが困った顔をしつつ、わたしをガエル様の待つサロンへと案内した。
金の掛かってそうなサロンに入ると、クラスメイトからは評価の高い容姿をしたガエル様が、顎を反らした偉そうな態度で、ソファーに座っていた。その横にはピッタリ寄り添うように華奢な美少女が、怯えた眼差しでわたしを見ていた。
そのソファーの背の後ろには、ガエル様の手下が2人護衛騎士の様に立ち、わたしを睨め付けていた。
「遅かったな。おい!」
「申し訳ございません。王都に入ってから早馬で直ぐガエル様に、先触れを出したのですが。」
「はっ!まあ、良い。良く聞け、俺はお前との婚約を破棄する!!分かったか!?」
「‥‥‥‥あー、あっ‥‥は、はい?」
「顔が悪いだけじゃなく、お前は耳も悪いのか?もう一度言う。俺はお前との婚約を破棄する!」
アレ?
このフレーズって学院の観客を揃えてからするものだと思っていた。
例えばサマーバケーション前の生徒会主催のダンスパーティーでとかね。
今みたいに、当事者3人と観客に手下が2人。そしてメイドが1人しか居ないサロンで、婚約破棄宣言をして良いモノだろうか?
わたしとしては大変有難いお話だけど、観客がこんなに少ないとログブレース伯爵が水を差したら、婚約破棄が破棄されちゃうわ。
それはそれでガッカリね。
ガエル様が婚約破棄して呉れたら、我がクレソン家はリスクゼロで、自分の人生の負債を放り出せる。なんて素敵なことでしょう。
ガエル様とは、子供時代からの付き合いだったけど苦手な奴から嫌いな奴になっただけで、一片の情もないことに、わたしは改めて気付いた。
わたしが、自分の考えに沈み込んでいる傍らで、ガエル様が何か滔々と語っていた。
「──────オデットの波打つ豊かな蜂蜜色の髪は、陽光を受け艶やかに輝き、ロノクロワが描く美の女神ようだ。そして俺を見詰める若苗色の瞳は夏の朝露を乗せ瑞々しく煌めいている。その蠱惑的なチェリーのような唇。全てが完璧で俺を魅了する。もうオデットから一瞬も目が離せない。」
「ああ、ガエルさまぁー。嬉しいぃ。」
自分の思考から覚めて、ふと目の前で寄り添って居る2人を見れば、互いに見つめ合い鬱陶しい空気を辺りに醸し出していた。
やがてガエル様は、ウットリ夢見心地で居る謎の少女を掻き抱き「オデットぉぉ」と名を呼び、恍惚としていた。
わたしは、馬鹿々々しくなって、甘々なピンク色のサロンで、スッとソファーから立ち上がり「ガエル様からの婚約破棄承りました。」静かに告げてログブレース伯爵邸を出ることにした。
サロンを出て玄関ホールへ向かっていると、見慣れた執事がわたしへと近寄り、「真実の愛に目覚めた等と戯言を繰り返され、私共も困惑して居りました。」と泣き言を漏らし始めた。
(知らんがなあ。)
そう心の中でボヤいて、わたしを待って居たメイドと用意されていた馬車に乗り、昼過ぎに来た道を喜びながら軽やかな気分で我がクレソン家へと戻っていった。
どの道、当主であるログブレース伯爵様がいらしたら、今回の件は無かったことにされるのだろうけど、息子の不祥事は不祥事。子爵家の我が家から婚姻に関して条件を出せる筈。急いで帰って両親に報告しよう。
わたしは、先が見えなかったガエル様との結婚生活に、一条の光が差し込むのを感じた。 そして、ワクワクとした浮かれた気分で領地を目指した。
領地の屋敷で家族と和気あいあいと過ごし、ログブレース伯爵たちからの報告をまったりと待って居ると、驚愕する一報がクレソン子爵家に届いた。
──────ガエル様と華奢な謎の美少女とが、手に手を取って、駆け落ちし、行方不明!!!
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