003
すっかり満ち足りたお腹に手を当てながら、セレスは複雑な気持ちでいた。
(全部、食べてしまいました・・・)
結局、セレスは“スペシャルメニュー”を完食し、ワインに至ってはお代わりまでしてしまった。
「どうだった?ここの料理は?」
「まあ・・・味は悪く・・・いえ、美味しかったです」
生真面目なセレスは、渋い顔をしながらも正直に答える。
そんなセレスを見て、レオンがクスッと笑う。
「ごめんね。本当は大通りのレストランに連れ行きたかったんだけど、どうにもお小遣いのやりくりがつかなくて・・・」
「いえ、私自身もああいったところは慣れませんし、お気になさらず」
セレスは飲み残したワインをグラスの底でくるくると回し、最後にクイっと飲み干した。
「おう、若旦那。二人連れとは珍しいな。」
わずかに会話が途切れたころ、男が話し掛けてきた。
背は小さいが肩幅の広いがっしりした体形をしており、大きな顔の半分以上が髭に覆われている。
セレスは黙ったままこの男は誰だと、目線でレオンに問いかける。
「ああ、この人はドワーフ族のダントンさんだよ。この店の近くで鍛冶屋をやってるんだ」
「よろしくな!嬢ちゃん!」
挨拶代わりのつもりか、ダントンは丸太のようにぶっとい腕を曲げ、ぐっと小山のような力こぶを作ってみせた。
「・・・ええ、まあ、こちらこそ、よろしくお願いします」
慣れない作法?に困惑しながらも、セレスは軽く頭を下げた。
ダントンは人見知りをするタイプではないらしく、笑って話しかける。
「あんた、若旦那の護衛兼お目付け役なんだって?えらい別嬪さんだが、強いのかい?」
「一応、それなりに鍛錬は積んで・・・」
押しの強いダントンに戸惑っているのを見かねたレオンが会話に割って入る。
「強いもなにも中味がほとんとドラゴンだからね。おイタをしたら即“ガツーン”だよ。」
「ひぇっ、そりゃおっかねぇな」
ダントンはそう言って豪快にガハハと笑う。
とても上品とはいえないが、その分、人のよさそうな面が見て取れた。
「あんた、魔剣使いだろう?今度、見てやるから俺の店に持ってきな」
ドワーフ族の鍛冶屋は最後にそう言って、自分の席へと戻っていった。
セレスは彼が席に戻ったのを見届けてから、レオンに尋ねた。
「あの方、よく私が魔剣士だとわかりましたね」
もちろん今もセレスは(レオンもだが)魔剣を腰に佩いている。
だが、今は体全体を覆うローブを纏っており、外からは隠れて見えないはずだった。
「ダントンは、ああ見えてかなり腕のいい鍛冶屋だからね。僕の魔剣も見てもらってから、かなり良くなったんだ」
そう言った瞬間、セレスの顔が一気に強張った。
「殿下の剣は、帝国に伝わる宝剣ではないですか!それをあのような街の鍛冶屋に?!」
「ちょ、声が大きいって!」
セレスを慌てて抑えたレオンが、そっとダントンの様子を伺う。
彼は同じドワーフ族の男と同卓しており、盛大にジョッキを傾けあっては、大きな笑い声を上げていた。
ギリギリ聞こえなかったようだった。
「ちょっと気を付けてよ。いくらなんでも失礼でしょ」
「申し訳ありません・・・」
さすがに自分がトチったのが分かったのか、身を小さくするセレス。
だが納得のがいかないのか、唇を尖らせている。
「宮廷にもお抱えの鍛冶師がいるでしょう。それを・・・。」
「まー、彼女の腕も悪くないんだけど、ちょっと線が細いというか、物足りないというか・・・。ホラ、やっぱり魔剣ってのは装飾品じゃなくて、戦うための武器だから」
「それは分かりますが・・・」
魔剣---それはイシュタリア帝国で広く使われる武器であり、霊銀を主材料として作られる。使い手の魔力に応じ、形態・長さ・重量・硬度までが変化し、さらに一握りの才能ある使い手であれば、特殊能力を発動させることができる。
そしてセレスとレオンは自他ともに認める、卓越した魔剣の使い手であった。
「今度、セレスも試してみればいい。そうすれば納得するはずだよ?ホラ、“魔剣士はどっちが勝つか、立ち会ってみるまでわからない”そう言うでしょ。それと同じだよ」
「わかり・・・ました」
セレスとて武人である。
不承不承ながら納得し、もう一度、椅子に腰を落ち着けた。
「若旦那さんとお連れの方、ワインのお代わりはいかがですか~?」
先ほど給仕してくれた露出多めの女性が、空いたグラスを見つけ、デキャンタを持って近づいてくる。
売り上げに応じた、歩合制なのかもしれない。
「ああ、頼むよ」
「ありがとうございま~す」
きゃるんと軽くシナを作ってから、デキャンタを傾ける。
きっちり同量をそれぞれのグラスに注ぐと、膝上20センチのミニスカートを、フリフリさせながら去っていった。
それを冷ややかな目で見送ったセレスが問うともなしに呟く。
「そういえば・・・殿下は、なぜ急に恋がしたいなどとおっしゃったのです?」
「えっ?!?!その話、聞いてくれるの?」
ようやく興味を持ってくれたかと、レオンはテーブルに身を乗り出した。
セレスは、失敗したと心の中で舌を打ち、近づかれた分だけ身を引いた。
「殿下の家庭教師としての確認です。こうしょっちゅう、息抜きとやらで、抜けだされてはたまりませんから。あの聞いてますか?」
「いや~、ようやくか~、長かった~」
聞いてなかった。
レオンは何が嬉しいのか、小さくガッツポーズを決めている。
「やっぱり聞くの止めま・・・」
「実はね・・・」
セレスはうんざりしたが、逃げられそうになかった。
「セレスは、『騎士の華』って本、読んだことある?今、城下--ううん、帝国中で流行ってる本なんだけど」
「知りませんね」
できるだけ興味なさそうに返事をしたが、レオンには何の効果もなかった。
「厳格な女騎士が、護衛対象の王子を恋心を抱いてしまい、忠義と愛の狭間で揺れ動く。忠義の花を守るのか、愛の華を咲かせるのか。そんな心の動きが、読み手の気持ちを揺さぶって、胸が苦しくて、切なくて、熱くなる。そんな本なんだ・・・」
「そーなんですか」
セレスはワインをぶっかければ、少しは頭が冷えるのでは?と思ったが、さすがに皇太子に向かってそれはしかねた。
「わざわざ恋などしなくても、殿下は顔だけはよろしいのですから、適当な者に相手をさせればよろしいでしょう。例えば、先ほどの給仕などいいのではありませんか?」
「はぁ・・・」
セレスはごく一般的な意見を述べたつもりだったが、“やれやれ、何もわかってない”と言いたげにに盛大なため息をつかれた。やはりワインをぶっかけてやればよかったかもしれない。
「僕は女遊びをしたい訳じゃない。物語に出てくるような、甘くて熱い、一途な恋がしたいんだよ」
熱病に憑かれたようにレオンはうっとりと語る。
そして、その勢いのまま、セレスの右手を両手で包み込んだ。
「だけど・・・セレスがどうしてもって言うなら、今夜だけは主義を曲げてもいい。・・・どう?」
セレスは冷静に、あくまで落ち着いてそっと包み込まれた手を抜きとった。
「殿下、謹んでこちらを差し上げます」
抜き取った手を皇子の額のあたりにかざす。
中指を曲げ、親指で思い切り“タメ”を作る。
次の瞬間、バチンと何かが弾ける音がし、レオンは額を押さえてうずくまった。
「くぉぉぉ、次期皇帝の額にデコピンをかますとは・・・」
「私、治癒魔法の心得がございますから大丈夫です」
「そういう問題じゃ・・・」
「おや?中味はほとんどドラゴン、おイタをしたら即“ガツーン”。そう言ったのは殿下のハズでは?」
「そこ、根に持ってたんだ・・・」
「元々、陛下より、言うことを聞かなければ容赦なく制裁してよいとのお言葉を賜っておりますし」
「あんのクソ親父ぃ」
レオンは涙目で赤くなった額をこする。
「殿下、この一杯を飲み終わったら、お城に戻りますからね」
「はぁい」
家庭教師の宣言にしぶしぶ頷くレオン。
(まさに“鉄壁”にして“難攻不落”。これは随分と先が長そうだなぁ・・・)
ため息をつきながら、彼はそう思った。
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