018
獣道すらほとんどない森の奥、陽も差さぬほど木々が絡み合う中に、それはあった。
巨岩から削りだしたと思われる剛直な造りの門は、表面がすっかり苔に覆われており、見る者にこの遺構の年月の経過を教えてくれる。
門の奥には、まるで魔獣が口を開けるかのようにぽっかりと闇が広がっていた。
レオンが闇を覗き込みながら、家庭教師に問いかける。
「へえ、こんなところに“迷宮”があったんだ。知ってたセレス?」
「ええと確か・・・」
セレスが記憶を呼び起こすように、こめかみのあたりを人差し指でトントンと叩く。
「“無明の祠”と言ったはずです。ただし、迷宮と申しましても、帝都の建設と同時期、150年以上前に討伐されており、私も正確な場所は初めて知りました」
迷宮とは、古くから世界各地に存在する謎の“遺跡”の通称である。
迷路状の内部を強力な魔物がうろついているうえ、稀にそれらが入口からあふれ出てくることがあり、非常に危険な存在であった。
そのため、大きな街の近くや街道沿いに存在する迷宮は最奥にある“召喚の門”を破壊して、その機能を停止させられていることが多い。
今、レオン達が訪れている“無明の祠”もそんな枯れた迷宮の一つであった。
「ねぇ、ミーシャ。さっきの剣の持ち主の匂いはこの中に続いてるの?」
「うン!」
レオンに問い掛けに、ミーシャは勢いよく頷いた。
「でも剣の持ち主だけじゃなくて、いろいろな人の匂いも混ざってル!」
「ってことは、いきなり本命ってことかぁ・・・」
そう言いながら、レオンは闇の中に向かって歩を進めようとする。
「ちょっと待ってください!」
セレスは慌てて、レオンの肩に手をかけた。
「まさか、このまま中に入られるおつもりですか?!」
「そのつもりだけど・・・それがどうかしたの?」
「 中に何がいるかも分からないのですよ。一度、皇城に戻って慎重に・・・」
「それって、何日かかるのさ」
レオンの透き通る碧玉の瞳が、真っ直ぐにセレスを捉える。
「万一、生き残っている人がいたらすぐにでも助けなきゃ。そんな時間、待ってられないよ」
春の野風に吹かれているようないつものレオンとは違う、何かを決意した真剣な表情だった。
「僕はいく。僕は、僕の信じる“正しさ”を貫く」
強く、明確に、揺らがない口調で言い切る。
まただ、とセレスは思った。以前、攫われた獣人の子供を救出すると言った時とまったく同じだった。
レオンはセレスが叱りつければ大抵の事は言うことを聞く。だが、今は決して従わないだろう。彼を育てた家庭教師には、それがはっきりと確信できた。
「わかりました、お供します」
セレスは大きなため息をつきながら、レオンを止める手を下ろした。
もちろんセレスだけでなく、レオンとてわざわざ危険を冒す必要はないことはわかっている。どう考えても一度撤退し、騎士団でパーティを組んで挑んだ方が合理的だ。それに前回の人さらいと違い、生きているかどうかすら分からない。大体、帝国にとって、隊商の命と皇太子の身の危険など比べるべくもない。
だが、セレスは---こんな事を思っては、皇太子の家庭教師失格だろうが---そういうレオンをほんの少しうれしく思った。
「ありがとう、セレス。じゃあ、行こうか」
「はい」
頷き合う二人が肩を並べて闇の中へと一歩、踏み込む。
だが、同時に背後から、カツンと石畳を踏む軽い音が聞こえた。
「「え?」」
二人が振り返ると、獣人族の女の子も一歩を踏み出していた。
「あー、ミーシャはついて来なくていいよ?」
「そうですよ、ミーシャさん。危ないですから、街道まで出て、衛兵隊の方々と一緒にお城に戻りなさい」
流石に連れていけないと、二人はミーシャに帰宅を勧める。
だが、ミーシャはブンブンと首を横に振った。
「嫌!ミーシャも行ク!」
「あのねぇ--本当に危険なんだよ?ミーシャも死んじゃうかもしれないよ?」
「それぐらい分かってル。でも行ク!」
レオンがなんとか説得しようとするが、キリリとした猫目石の瞳には、決意が漲っており、容易に翻意させられそうになかった。
そしてなにより・・・彼女は切り札を持っていた。
「あの剣の持ち主、ミーシャなしで追いかけられル?」
「うっ・・・」
スンスンと鼻を鳴らしてみせるミーシャに、レオンはたじろいだ。
「一刻も早く助けないといけないいけなんでショ。だったら、ミーシャを連れて行った方が早イ。違ウ?」
「そ、それは・・・」
少女に王手を連発され、レオンの顔が引きつっていく。
「ふふ・・・」
セレスはなんだかおかしかった。
どうだ、さっきの自分の気持ちがわかったか!とレオンに大声でそう言ってやりたかった。
そして、
「わかりました、ミーシャさん。絶対に勝手な行動をしないこと、私たちの側を離れないこと、危なくなったらすぐに逃げること。いいですね?」
「分かっタ!約束すル!」
セレスの出した条件に、ミーシャは大きく頷いた。
「では、参りましょうか。殿下」
「はぁ・・・まったく、誰に似たんだか」
セレスに促され、レオンはとぼとぼと歩き出す。
「・・・殿下だと思いますよ」
「ウソだぁ。僕じゃないよ」
「いーえ、間違いなく殿下です」
セレスは自信を持って言い切った。




