017
レオンは行きつけの酒場の店主、“ママさん”に向かって、中味のない皮製の財布をひっくり返して見せた。
「ねぇ、ママさん。なんかいい儲け話ない?財布がコレもんでね」
先日の門限破りの件で、しこしこ内職で稼いだ銀貨は没収されたうえに、向こう半年はお小遣いを停止されてしまっていた。正真正銘、文字通りの無一文というヤツであった。
ただ、レオンとってこういう状況にはもう慣れっこで、最近楽しんですらいる。
「そうねぇ、うまい儲け話ねぇ・・・」
ママは岩のようにごつい手を、濃く剃り跡の残るいかつい顎にあて、首を傾げてみせる。
「若旦那は剣術の方は使えるのよね?」
ママは両手で何かを掴む仕草をし、前後に振ってみせた。
「まあね、剣術の方は鬼より怖い先生に鍛えられたから、それなりに自信はあるよ」
レオンはそう言ってママに、肩を竦めてみせる。
実際には“それなり”どころではない。少なくとも帝国で十指に数えられるほどの技量である。周辺国を含めても、かなりの使い手であることは間違いなかった。
「ふぅん。なるほどねぇ」
ママの目が何かを感じ取ったのか、キラリと光った。
「確実に儲かるかは分からないんだけど・・・昨日、帝都の近くで隊商の一団が消えたって話は知ってる?」
「へぇ・・・知らないな。詳しく聞かせてよ」
レオンの顔つきが急に真剣なものになる。
「・・・若旦那って、そういう顔するとなかなかいい男よねぇ」
「そういうのいいから、早く続きを!」
レオンの全身がブルりと震える。背中を何かうすら寒いものが駆け上がった。
「あら、つれないわねぇ」
ママが残念そうに肩を竦める。
「それでね、その隊商ってのが、お隣の国と1年がかりで交易してやっと戻って来たんだけど、それが帝都の近くで消えちゃったのらしいの」
「消えたってどういうこと?盗賊に襲われたとか?」
「そうじゃなくて、人や馬だけが煙のように消えちゃったんだって。それなのに荷馬車の積み荷なんかは、そのままらしいわ」
「ふぅん・・・なかなか面白そうだねぇ」
そう言ったレオンが楽しそうに微笑んだ。ただ、瞳だけは何かを考えるかのようにじっと一点を見つめている。
「でしょう?上手く立ち回れば、大儲けできるかも。少なくとも解決すれば、お上から報奨金は出るでしょうし」
「なるほどね・・・場所はわかる?」
「帝都の東門を出て、真っ直ぐ道なりに1時間ぐらい歩いたところよ」
「ありがとう」
レオンは、礼を言って軽く頭を下げ、その場を去ろうとする。
「情報料、付けておくわ。なんなら体で払ってくれてもいいのよ?」
その背中に不吉な呪いの言葉がかかる。思わずお尻のあたりがキュッと締まった。
「迅速かつ可及的速やかに、払うようにするから!じゃっ!」
命?の危機を感じたレオンは、酒場を飛び出し、一目散に現場に向けて駆けて行った。
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レオンが“現場”に到着すると、帝都の衛兵が残された荷馬車の調査を行っており、彼の敬慕する家庭教師セレスの姿もそこには混じっていた。
「おや、殿下。どうしてこんなところにいるのです?」
ただし、彼女が出迎えてくれた視線はかなりきつい。“外出を許可した覚えはありませんが?”という非難がはっきりと籠っている。
もちろんレオンはそんな事を気にせずに問い返す。
「セレスこそ、どうしてこんなところにいるのさ?君の仕事は、僕の家庭教師兼護衛でしょ」
「それはそうですが・・・衛兵隊長から、知恵を借りたいとの依頼がありまして」
あっさりと流されたセレスがレオンの質問に答える。
「ふぅん。で、何か分かったの?生存者や目撃者の証言は聞けた?」
「現在のところ一人も生存者や目撃者の報告は受けていません。そして現場の状況からも、とにかく不自然な点が多い、としか申し上げれません。隊商のメンバーが荷物を放って全員でどこかに行くは考えにくいですし、盗賊の集団に襲われていたとしても、死体だけ担いで、荷物をそのままにしておく盗賊などいないでしょう。」
素直なセレスが、彼女らしい整理された話し方で説明する。だが、上手く話題を逸らされたことには気づいていなかった。
レオンはこういう隙が多いところも、彼女の可愛いさの一つだと思っている。
「荷物に何か貴重な物が入っていた可能性は?それだけ奪ったとか」
「ありえなくはないと思いますが・・・その場合でも、他の物も一緒に奪った方が目的をくらますことができるでしょう。それに隊商のメンバーが全員消えた---死体すら残っていない理由にもなりません」
「確かにそれはそうだね・・・。うん、なるほど分かった」
「ほう、殿下は何かわお分かりになられたのですか?」
意味ありげにうなずくレオンに対しセレスが驚いた顔をする。
「うん、分からないということが分かったよ」
「・・・・・・」
セレスの目つきが半眼になり、一気に軽蔑を含んだもの変わる。
「いや、違うって。現在の判明している状況からは、事件の解決が不可能だってこと」
慌ててレオンが説明するが、セレスの視線の冷たさはまだ変わらない。
「だ~か~ら~、状況から考えると、犯人の目的は隊商の荷物じゃなくて、隊商のメンバーにあたってことでしょ?」
「・・・それで?」
「だけど現場に残された状況だけじゃ、それがなぜがわからない。つまり現時点では僕たちが知りえない、何か特別な事情があるってことさ。ここまではいいかい、セレス?」
「・・・だから?」
セレスは腰を落とし、魔剣の柄に手を伸ばした。チャキッと小さく鍔鳴りの音がする。
レオンは首筋に冷えたものを感じながら叫んだ。
「なんでそこで抜き打ちの姿勢になるの!とにかく発想の転換が必要だってこと!ここで調査を続けるより、隊商のメンバーだけを消す方法とか、消えた人を追いかける方法を探した方がいいってこと!」
そこまで聞いたセレスが魔剣の柄から手を離し、身を起こした。
ようやく普段の表情(といっても少し冷たそうだが)に戻っている。
「最初からもったいをつけずに、そうおっしゃってくだされば良いのです」
「うぅ・・・推理を披露するだけで、なんで命の危機を感じなけりゃならないんだ」
レオンが首筋のあたりを撫でながら嘆いた。
「それで、隊商のメンバーを消す方法や消えた人を追いかける方法とやらは、どうやって探すおつもりですか?」
「うーん・・・消す方法はお城に戻って、宮廷魔術師とかに尋ねるとして、追いかける方法は・・・」
レオンがどうしたものかと首を捻る。
すると、ちょいちょいと服の裾を辺りを引っ張られた。
「ねぇ、皇子様。探し物なら任せテ!」
「「ミーシャ!?」」
レオン(とセレス)が振り返ると、良く知る獣人の女の子が満面の笑顔で立っていた。
「どうしてここに?」
「お城から、ずっと追いかけてきたヨ」
レオンの問いに自慢気に鼻をならして返事をするミーシャ。
一方、セレスは再び冷めた視線でレオンを見つめた。
「尾行に気づかなかったとは・・・情けない」
「うっ・・・でもセレスだって、さっきミーシャに声を掛けられまで気づかなかったじゃないか!」
「くっ・・・」
二人ともコホンと息をつき、苦しい笑いを浮かべ合う。
名うて(のはず)の武人たちの低レベルな争いは、今回は引き分け(ドロー)で終わったようだった。
「それでミーシャ、一体どうしたの?」
「ミーシャ、匂いで探し物するの得意!」
少女は自分の鼻を指さしている。丸く黒っぽい鼻が、ヒクヒクと動いていた。
どうする?とレオンがセレスに目で問いかけると、彼女は少し考えた後、頷いた。
「まあ、探すぐらいでしたら、それほど危険はないでしょう。ミーシャさんこれでどうです?」
セレスは近くに落ちていた長剣を拾い、布の巻かれた柄の部分をミーシャに向かって差し出した。
ミーシャはそっと鼻を近づけ、匂いを嗅いでみる。
「ふみゃっ!」
一瞬、うっと顔をしかめた。かなり臭かったらしい。鼻を一生懸命に手首のあたりでこすっている。
「大丈夫?ミーシャ」
レオンが心配そうに尋ねると、ミーシャは何度か頷きながら、街道を外れて歩き始めた。
フンフンと鼻を鳴らしながら進む方角には鬱蒼とした森があり、木々は赤と黄の紅葉にすっかり染まっている。彼女の足は迷いなくそちらに向かっていた。
レオンとセレスは見つめ合うと、その後に従った。




