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016

 日が落ち、夜の闇があたりをすっかりと覆う。それでも隊商の荷馬車の車列は、松明で道を照らし、車輪を積み荷で軋ませながら進んでいる。

 その最後尾を護衛する三人の冒険者、マルコ、エドガー、フリントは疲れて棒のようになった引きずりながら、なんとか歩いていた。


「全く、なんでこんなに暗くなってからも進むんだ。人間は夜は寝るもの。神はそうお作りになっているんだぜ?」


 右端を歩いていたマルコが不満そうに口を尖らせる。

 そして真ん中のエドガーが、その言葉にうんうんと頷く。


「そーだ、そーだ。第一、こんなに暗くちゃぁ、盗賊の連中に奇襲されたらどうすんだっての。だから、昼間に通り過ぎた宿場で一泊すりゃあ良かったんだよ。まったく雇い主のロッシュときたら、ケチなんだから」


 そこそこ大きな声で雇用主に対し、不満をぶちまけるエドガー。

 その脇を左端を歩いていたフリントが、慌てて肘で突いた。


「お、おい。声がでけぇ、ロッシュさんに聞こえちまう。ここまで来て報酬を減らされたらどうするんだ」

「もう聞こえているぞ、ボンクラども」


 荷馬車の後ろの幕を捲り上げ、中年男が豊かな髭を蓄えた血色のいい顔を覗かせた。隊商の主らしく、身に着けている服も高級そうで、松明の明かりでピカピカと光っている。


「こ、これはどうも、ロッシュさん」

「いや、さっきのはほんの冗談で、へへ・・・」


 マルコとエドガーが慌てて、愛想笑いを浮かべる。

 そんな二人に向かって、ロッシュは呆れたように鼻を鳴らした。


「まあいい。今回は聞かなかったことにしてやる。それに安心しろ。もう帝都は目と鼻の先だ。さすがにここまで来たら、盗賊も出んよ」


 ロッシュがそう言った途端、隊列の前方から


「おーい、みんなぁ!帝都の明かりが見えたぞぉ!!」


 と叫ぶ声が聞こえる。

 同時にわっと、歓声が広がった。

 マルコが前方に駆け出し、じっと目を凝らす。彼の目にも、遠くの闇の中に、いくつもの光が小さく浮かんでいるのが見えた。


「おう、みんな!確かに見える!やっと着いたぁぁぁ!!!」


 マルコが飛びあがって歓声を上げる。

 エドガーとフリントも、肩を叩き合って、顔を綻ばせた。

 普段は商売に厳しいロッシュの表情もわずかに緩んでいる。

 彼らの隊商は、海を越えた遠国との交易を行い、約1年ぶりに帝都へと戻ってきていた。その旅にようやく終わりが見え、彼らの喜びようも無理はなかった。


「あー、帝都に着いたら酒場に駆け込んで、冷たいエールをぐいっと、それからスパイスの効いた肉汁たっぷりの骨付き肉をガブっと・・・」

「けっ、マルコ。食い物とか、お前はガキかよ。」


 妄想のご馳走によだれを垂らすマルコを、エドガーが鼻で哂う。


「何よりまずは女、女だよ。旅先で口説いた女もいいが、やっぱり俺みたいな美男子には帝都の女が一番、肌に合うんだよな」


 そう言ったエドガーの鼻の穴は、真ん丸に大きく膨らんでいる。

 マルコがバカらしいと、不満げに鼻を鳴らした。


「ふん、何が帝都の女だよ。ロバみてーな顔しやがって。てめぇなんざ、この荷車を引いている馬で十分だっての」

「ああん?テメェ言うにこと欠いて、馬はねぇだろうがよ」


 バカにされたエドガーが、マルコの襟首を掴む。

 そして、そんなやり取りを眺めていた雇い主のロッシュが口を挟んだ。


「そうだぞ、マルコ。コイツにウチの馬なんて勿体ない。なんせ、馬の方がよっぽど役に立っているんだからな」

「そ、そりゃないすよ。ロッシュさん」


 意外な伏兵の登場に、エドガーが情けなく眉毛を下げる。

 ------その時だった。


「うわぁぁぁぁ!」


 隊商の前方を歩く連中の悲鳴が聞こえる。

 馬の肺腑を絞り出すような嘶きが、辺り一面に響き渡る。


「おいっ!」

「おうっ!」


 直前まで言い争っていた二人が頷き合い、瞬時に熟練プロの冒険者の顔に戻る。悲鳴のした方に向かって、マルコとエドガーが駆け出していく。フリントは腰から剣を抜き、ロッシュの荷馬車の周囲を警戒した。


「おい、一体、何が起こってる!?」


 不安そうな顔のロッシュが、フリントに尋ねる。


「大丈夫ですよ、ロッシュさん。マルコとエドガーが様子を見に行っています。すぐに戻って、状況を報告してくれるはずです」


 フリントはロッシュを落ち着かせるように、慎重に言葉を紡いだ。

 しばらく前方から悲鳴が聞こえていたが、それが徐々に収まってくる。


(盗賊の襲撃か?いや、さっきロッシュさんが言ったように、帝都のこんな近くでそれはあり得ねぇ。それなら・・・)


 フリントが冷静に可能性を計算していると、突然、足元がぬるりとした感覚に包まれた。


「水たまり?ここんとこしばらく雨は降ってないはずだが・・・」


 不審に思って足元を眺めていたフリントだったが、周囲を照らしていた松明の光量が不意に減る。

 彼が顔を上げると、薄闇の中に見慣れた顔が二つ浮かんでいた。マルコとエドガーだった。

 眼は見開かれ、口は何かを叫ぼうとしたまま虚ろに開いている。


「おい、戻って来たんなら言えよ・・・げぇっ!!!」


 気づくと二人の首から下は無くなっていた。

 プルンとした透明なゼリー状の物質に、ぷかりと浮かんでいるだけだった。

 松明の明かりが、ゼリーの中で溶けあう白い骨と赤い肉片を生々しく照らし出している。


「な、なんだこいつは?!」


 距離を取ろうとしたフリントが足を動かそうとする。

 だが、すでに膝まで取り込まれており、一歩も動くことができなかった。


「ちっ、畜生!」


 彼は握った剣を必死に液体に向かって叩きつける。

 刃は食い込むものの、ほとんど手ごたえはない。ただ粘質の液体が刃にまとわりついただけだった。


「がぁぁぁ!!!」


 液体に包まれた下半身に焼けるような痛みが走る。

 フリントは皮と肉、そして骨までが、溶けていくのが分かった。視界が歪み、痛いという感覚すら曖昧になっていく。

 目の前に浮かぶマルコとエドガーの顔が、なぜか泣いているように見えた。


「くそっ、なんでこんな・・・」


 擦れる声もまた、粘質の液体の中に溶け込んでいく。

 やがて隊商を丸ごと呑み込んだ液体は、松明の明かりに照らされ、音もなく波打った。

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