015
レオンとミーシャは皇城への道を急いでいた。“色々”あって、すっかり遅くなってしまった。既に太陽は山の端にその姿を8分どおり隠し、わずかに残った光でレオン達を鮮血のような紅さに染め上げている。
その道すがらミーシャはレオンに向かって駆けながら尋ねる。
「なんで、お爺さんにお金渡しちゃったの?」
そう言う彼女の首には、小さな青い宝石のついたペンダントが揺れている。
その代価として、レオンは約大銀貨3枚分(元々、レオンが内職で稼いだ分を除き)をガラクタ屋の店主に支払っていた。
「別に僕は商人じゃないし、人生ってのは、物語だからね。右から左に商品を流して“はい、おしまい”じゃつまらないでしょ?それに由来はちょっと微妙だけど、少なくともあの時点では人形はお爺さんのものだったからさ」
「ふにゃ?」
ミーシャが首を傾げる。残念ながらレオンの言っていることがほとんど理解できなかった。
人形を銀貨1枚で買い取ったことは、別に老爺を騙した訳ではない。彼が身に着けた知識を持って品物の本当の価値を見抜き、正当な手段を持って取引したのだ。魔法人形店だって、皇子のコネがなければ、引き取ってくれたか分からない。ペンダントで足元を見ようとした老爺の方が、余程---だろう。それにしたって“したたか”とか“商売上手”いうレベルであり、ミーシャには悪いことだと思えなかった。
そんなふうに考えているのが伝わったのか、彼女の主人は困ったような笑みを浮かべていた。
「うーん、なんていうのかなぁ。簡単にお金を稼いでもつまらないというか、苦労して稼いだお金だからこそ、使い甲斐があるっていうか・・・」
「・・・」
やっぱりミーシャには分からなかった。
でもなんとなくレオンの優しが伝わってきて、心が温かくなった。
そんなミーシャに向かって、レオンは照れた顔で言葉を続けた。
「それに内職にしたって、稼いだお金でセレスとどこに行こうかな?喜んでくれるかな?なんて考えてるから、凄く楽しいしね」
「ふみゃぁ・・・」
ぬけぬけとそんなセリフを、とろんとした目つきで言ってのけるレオン。
ミーシャは口一杯に砂糖を詰め込まれたくらいに、頭がクラクラした。
そして---胸の奥がちょっとチクッとした。
「ねぇ、皇子様・・・」
レオンに買ってもらったペンダント。彼女の主人と同じ瞳の色をした宝石をぎゅっと握りしめる。
「なぁに・・・ッ!!!」
ミーシャはレオンがこっちを向いた瞬間、飛び跳ねてレオンの頬に軽く口づけをした。
「買ってくれて、ありがとウ。大事するネ!」
「ああ、うん。どういたしまして・・・」
飛び切りの笑顔をミーシャに向けられ、レオンは頬を紅く染めた。
唇の触れた場所がなんだか熱く、くすぐったい。
(まあ、今日のところはこんな結末もいいか)
軽く頬を撫でながら、レオンはそう笑った。
======
だが、物語はこれで終わらなかった。
皇城内部へと続く隠し通路。その入り口に、レオンの家庭教師であるセレスが、腕を組んで仁王立ちしていた。
「門限はとうに過ぎておりますが」
その細く形の良い顎で西の山を指し示した。
確かにすっかり太陽は沈んでしまっており、わずかな残光すら見えなかった。
代わりに星々が賑やかに煌き、夜の訪れを彩っている。
「いやぁ、ごめん。いろいろあって・・・」
レオンが“へへへ、すいませんね”とまるで、“商人”のように擦り寄る。
ミーシャが思わず目を擦ったほどの見事な?変わり身であった。
「その、“いろいろ”をご説明いただいてよろしいですか?」
黒色のはずなのに、セレスの瞳は宵闇の中でギラリとした鋭い視線を放っている。
「特にフルフラント魔法人形店に貴重な人形を売り払ったあたりを詳しく」
「ふへっ?!」
レオンの顔が真っ青になる。
どうやら魔法人形店の店主、ユリウスが報告したらしかった。
「いや、あれは別に母様の寝室から持ち出したものではなくて、街で買い付けたものを・・・」
「それは承知しております。皇妃様のコレクションを確認いたしましたが、そういった形跡はありませんでしたから」
「一応、疑いはしたんだね・・・」
レオンは寂しそうな顔で、がっくりと項垂れた。疑われて、割とショックだった。
だが、そんな皇太子を見ても、家庭教師は追及の手を緩めることをしなかった。
「それでは、魔法人形店に“裸足”で来店された経緯を納得できるようにご説明いただけますか?」
「ひぃっ!」
レオンの全身がプルプルと震え、酸欠気味なのか口をパクパクさせている。まるで、さっきの賭博場の男の再現だった。
皇太子が裸足で街を歩き回る事態など、どう言い訳しても怒られる未来しか見えない。
進退窮まったレオンはミーシャの手を引きーーー
「ミーシャ、走るよっ!」
「ミャッ!!」
三十六計逃げるに如かずと反転して駆け出した。
「待ちなさーーーーい!!!」
背後からは鬼の形相をしたセレスが、ものすごい速さで追いかけてきている。
「ミャッ!ミャッ!ミャッ!」
ミーシャはレオンと手をつなぎながら、獣人族自慢の脚をくるくる回して走った。
とはいえ元々、悪いのはレオンであり、捕まったところでセレスに怒られるのは、彼だけである。ミーシャは本来、逃げる必要はない。
「ミャーーーッ!!!」
でもなんだか楽しくなって、その日は、彼女のしなやかな足がパンパンに腫れるまで走り回った。




