014
フルフラント魔法人形店。歴史と伝統に裏打ちされた、確かな技術と品質の良さからその筋の愛好家たちに愛される名店であり、帝室に連なる子女たちも、この店の常連であった。
「これはレオンハルト殿下!わざわざ当店に足を運んでいただけるとは、ようこそお越しを!」
レオンが店に入ると、店主と思しき青年が驚いた表情で声を上げた。
ほんの少しウェーブのかかった茶色い髪に無精ひげで、細長い顔には丸眼鏡をかけており、下半身に履いた革のエプロンが、いかにも職人といった風合いであった。
「久しぶりだね、ユリウス 」
レオンは店内へと歩を進めながら、辺りを見回した。
この店の商品である魔力を吹き込むことで自動的に踊りだす魔法人形、手のひらサイズの観賞用のものから、社交界でのダンス練習用の大人サイズまでが、所狭しと並べられている。
「今日はどうなされたのです?どなたかへのプレゼントをお探しですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。買い取ってほしいものがあってね、これなんだけど・・・」
そう言いながら、レオンは先ほどガラクタ店で購入した人形をカウンターに乗せた。
「ふぅむ・・・こ、これは!」
人形を一目見た瞬間、ユリウスの顔に緊張が走った。
「古代カールヴァイン朝、それも魔法人形技術がもっとも発展したとされるファルコーネ王の時代のものです。この顔の造形、得も言われぬ繊細な表情から見て間違いありません!」
「あ、やっぱり?お母様の部屋に飾ってあるとの、どうも似てると思ったんだよね」
レオンが驚くユリウスを前に、うんうんと頷いた。
「それで、いくらで引き取ってくれる?」
「かなり損傷が激しいのですが、こういった品物は存在すること自体が貴重ですので・・・」
そう言ったところで、何かに気づいたようにユリウスがレオンを見上げた。
「ですが殿下。これを売ってしまってもよろしいのですか?私としましても皇族の方はお得意様が多く、トラブルは避けたいのですが・・・」
心配そうなユリウスに、レオンが苦笑いを浮かべる。
放蕩息子が、金に困って家伝の品を売りに来たと疑われたらしい。
「ああ、それは大丈夫。街のガラクタ屋で見かけて買ったものだから」
レオンは隠す必要もないと、正直に来歴を説明する。ただし、そのガラクタ屋が貴族屋敷の焼け跡から拾って来たものとまでは説明しなかったが。
「ほう、これほどの品がガラクタ屋に・・・。そうですねぇ、修復費用と販売価格がこのぐらいで・・・在庫リスクになることを考えると・・・」
ユリウスが人形の各部パーツを動かしたり、ひっくり返したりして真剣な表情で鑑定する。そうしてたっぷりと時間をかけた後、慎重に口を開いた。
「大銀貨3枚でいかかがでしょうか?」
鑑定価格にピュゥッとレオンが口笛を吹く。
ミーシャは驚きで目を真ん丸にしている。
「オッケー、商談成立だ」
そう言ったレオンが“手のひらを横に向けて”右手を差し出す。
「・・・えっと」
だがユリウスは右手を差し出された意味は理解したものの、身分差を考えてどうしたものかと戸惑ってしまった。
そんなに彼に対してレオンは身を乗り出し、無理矢理に右手を掴んで握手した。
「いやぁ、助かったよ。それで、悪いんだけど即金でもらえないかな?すぐに入用でね」
「ああ、はい。かしこまりました。」
困惑から立ち直ったユリウスは、カウンター下の小さな金庫から銀貨を取り出し、レオンに向かって差し出した。
「ありがとう。それじゃまた。ああ、そうだ。お母様や親戚へ、フルフラントにいい品が入ったって伝えておくから」
そう言って銀貨を受け取ると、レオンは踵を返し、足早に魔法人形店を後にした。
「しかし、レオンハルト殿下がお越しになるとは、珍しいこともあるものだ。・・・ん?」
思考にひっかかりを感じたユリウスが、去って行くレオンの後ろ姿を思い浮かべる。人形師らしい観察眼が、何かがおかしいと告げていた。
「そういえば・・・レオンハルト殿下は、なんで裸足だったんだ?」
違和感の正体は掴めたものの、ユリウスはさらなる謎に捕まってしまい、さらに首を捻った。
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「皇子様、すごイ!」
魔法人形店を出た後、ミーシャの目は爛々と輝いていた。
彼女は今まで大銀貨どころか、中銀貨すら見たこともなかった。
だのにさっきまで“パンイチ”だったレオンが(そのことは現時点でも変わらないのだが)、今や大銀貨3枚、3百万リーンの大金持ちである。興奮で鼻の穴が丸く広がり、尻尾はメトロノーム(8分音符)のようにブンブンと高速で揺れている。
「さぁて、軍資金もできたことだし、賭場でもう一勝負と行こうか」
「・・・ふにゃぁ」
だが、レオンの言葉にミーシャの表情が一気に暗くなる。尻尾もしゅんと萎れてしまった。
彼女は自分の主人に博才はないと見切っていた。
そんなミーシャに向かって、レオンが笑いかける。
「大丈夫だよ。もうギャンブルはしないって言ったろ?」
「にゃぁう?」
レオンの言っていることが理解できなかったミーシャが首を傾げる。
さっき彼自身が“賭場でもう一勝負”と言ったばかりだった。
そして、レオンの足はさっきの賭博場へと向かっている。
「フン♪フン♪フーン♪」
心配顔の侍女を従え、レオンは足取りも軽く鼻唄を歌っていた。
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「ちっ、ホラよ。さっきアンタから預かった、服と魔剣だ」
人相の悪い、頬に刀傷のある男が忌々しそうに舌打ちをする。
テーブルの上には、さきほど負け分のカタに取られたレオンの服と二振りの魔剣が置かれていた。レオンが負け分を払い、取り戻したのだ。
「いやぁ、やっぱりこの恰好が落ち着くねぇ」
レオンはいそいそと服を身につけ、魔剣を佩く。その後、パンパンと裾や膝を払い、シワを伸ばした。
「ところで、お客人。まだ懐が温かいようですが・・・もう一勝負といきやせんか?」
人相の悪い男が、傷のある頬を歪め、ニヤリと笑う。手には“神々の遊戯”用のサイコロが握られていた。
応じるレオンも挑発的な笑みを浮かべて頷いた。
「もちろん、負けっぱなしじゃぁ帰れないしね。これを全部、ベッドするよ」
そう言ってレオンはテーブルに着き、テーブルの上に残った銀貨をたっぷりと積み上げた。
「そう来なくちゃぁ、お客人!あんた任侠だね!」
その光景を目にした男は相好を崩し、胸のポケットから3つのサイコロを取り出した。
「サイコロの出目は恨みっこなしの神様任せ。それじゃ、行きますよぉ!」
男は宙に向かって、サイコロを放る。
それを見つめるレオンの目が鋭くなった。
「---ッ!」
サイコロがテーブルに着く寸前、閃光が走る。レオンが魔剣を横薙ぎに一閃させたのだ。
それぞれ二つ割れた元は3つのサイコロが、カラカラと音を立てテーブルに転がった。
「テメェッ!なんてことをッ!」
「まあ、落ち着いてこれを見なよ。これはどういうことなんだい?」
レオンは抜いた剣先で、割れたサイコロを示して見せた。
断面からは、黒光りする小さな金属球が覗いている。鉛などを埋め込んで重心をずらし、特定の目を出やすくしたサイコロ、いわゆるグラサイであった。
「これってイカサマだよねェ?」
「くっ・・・」
余裕の笑みを浮かべるレオンに対し、焦った表情で沈黙する男。
額にかかる髪が汗でびっしりと貼りついていた。
「まったく、イカサマをするなんて賭博師の風上にも置けないね。賭博の神、ディオニソス様も随分とお嘆きだろうさ。一体、この落とし前はどうつけてくれるんだい?」
レオンが嫌みったらしい口ぶりで台詞を回す。
セレスが居たらどの口が!と突っ込んだところだが、残念ながら彼女はここにはいなかった。
それどころか---
(おい、イカサマだってよ)
(マジかよ、ここのディーラー、イカサマすんのかよ)
(くっそ、道理で勝てねぇと思った・・・)
さっきまでも喧騒に満ちていた賭博場が、一段とざわつき始めている。他の客たちの注目がレオンのテーブルに集まっていた。
「お客人、とりあえず一度、奥の別室へ・・・」
男が怒りに震えながらも、顔になんとか愛想笑いを張り付ける。
「断るよ、話ならここでもできるだろ?」
「・・・なら、しょうがねぇ。あの世で後悔しろや」
だがそれも一瞬で剥がれ、凶相へと変わった。
レオンにべもなく断わられたことで、男の覚悟が決まったようだった。
「おい、コイツを囲んじまいな!」
男が合図を送ると、他のテーブルについていたディーラーが集まって来る。奥の部屋からも、とても堅気とは見えない、凶悪な面構えの連中が飛び出してきた。手に手に短剣やこん棒などの武器を持ち、レオンを殺気を孕んだ目で睨みつけている。その数は10人を優に超えていた。
だが、レオンはちらりと連中を一瞥した後、つまらなそうに肩を竦めた。
「なぁんだ、魔剣使いは居ないのか。僕、あんまり弱い者いじめは好きじゃないんだよなぁ・・・」
そう言いながら剣を一旦、鞘に納め、今度は鞘ごと剣を構えた。
「まあ、骨の一本や二本は勉強代ってことで、我慢してもらおう」
「しゃらくせぇ!やっちまえっ!」
男の号令とともに、周りを囲んでいた連中が一層にレオンに向かって、襲い掛かった。
「うーん、振りも、踏み込みも何もかも甘いねぇ」
レオンは呟きながら、一番近い男が振り下ろした短剣を踏み込んで躱し、その男の手首をピシりと打つ。
「ぎゃぁぁぁっ!いてぇ、いてぇよぉぉぉ!」
男が折れ曲がった手首を抱え、悲鳴を上げてうずくまる。
「ほら、君は荷重移動が全然なってない。そんな配分だと・・・」
次の男にも助言をしつつ、棍棒を振ってよろめいた隙にわき腹をしたたかに叩いた。
「ッ・・・」
息が詰まって悲鳴すら上げられないのか、青い顔で口を魚のようにパクつかせている。口の端から泡を吹いていた。
「君は視線の使い方がダメだねぇ、君は武器の握りが浅すぎる。君は・・・」
助言とともにレオンの剣が振るわれる。そのたび、一人、また一人と男たちは倒れて行った。
「テ、テメェ、めちゃくちゃ強ぇじゃねぇか!さっきはなんで・・・」
最後になった男が恐怖に染まった顔で叫ぶ。両手で握った短剣はぶるぶると震え、股間はすっかり濡れそぼっていた。
「イカサマだろうと、結果が出た後に騒ぐのはどうもねぇ。さっきも振られた瞬間に、動きが不自然なのは気づいてたんだけどね」
苦笑いとともにレオンは男の鳩尾を鞘に包まれた剣先でトンとついた。途端に男の目がぐるりと白く反転し、床へと崩れ落ちた。
「やれやれ、僕もまだまだ修行が足りないみたいだ。こんな失態をセレスに知られたら、どんなお仕置きをされるか・・・」
そう自嘲気味に呟き、レオンはテーブルの上の銀貨を回収する。彼はため息を一つ残し、すっかり静かになった賭博場を後にした。




