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013

 帝国では賭博場カジノは許可制となっており、一定以上の身分-富裕な商人や貴族など-が利用する、ある種の社交場であった。

 だが、賭博ギャンブルに対する需要ニーズは庶民たちにも根強く存在しており、彼らを相手にする非合法の賭博場は、帝都のあちこちに存在している。

 レオン達がやって来たのもそのうちの一つであった。

 見た目はいかにも中流以下を相手にする安宿であった。店の看板は傾き、漆喰の外壁が剥がれ落ち、下地のレンガがむき出しになっているカ所がいくつもある。部屋の窓ガラスなどは一度も拭かれたことがないのか、どんよりと灰色に曇っていた。


「皇子様、大丈夫なの?」

「ああ、もちろん。百戦百勝の秘略は既にこの胸にあり、だよ」


 不安そうに見上げるミーシャに対し、レオンは自信満々に胸を叩いて見せた。

 そうしておいてから、獣人娘の特徴である毛で覆われた三角形の耳にそっと唇を寄せる。


「実はね、ポーカーやバカラ、ブラックジャックにはトランプを使うだろ?トランプは最近、内職でずっと触っていたからね。カードについたわずかなシミや縁の欠けなんかから、ガン付けするはお手の物なんだよ」


 ガン付けとは、傷やシミなどからカードを特定する手法---早い話がイカサマである。


「いやぁ、“天は自らを助くる者を助く”ってのは、このことなんだねぇ」


 秘略タネを明かしたレオンはニヤリと笑って見せた。


「それじゃ、これ預かってて。この服装の方が押し出しもきくだろうし」


 そう言ってレオンは外套をミーシャに預け、皇太子の豪華な礼服姿で賭博場へと入っていた。

 ミーシャは生き生きとした主人の後ろ姿を見送りながら、


「ふみゃあ・・・」


と不安げに尻尾を巻いて一鳴きした。



==========

「うちはサイコロを3つ使って、親と子が出目の合計を競う、神々の遊戯ディオニュソス・ダイスってヤツをやってるんですよ」

「 えっ・・・?」

「ゾロ目なんかの特殊役なんかもあるんですが・・・まあ、簡単なルールですからやっているうちにわかるでしょう」

「あの・・・トランプは・・・?」

「おぉっと、いきなりピンゾロの10倍付け、親の総取り、ゼウスの審判だぁ!どうも運が無かったねぇ、お客人!」

「えっ?はっ?へっ?」



 レオンことレオンハルト・ティハーンは、建国から200年近く続くイシュタリア帝国の第8代皇帝カール・ティハーンの長子であり、まぎれもなく次期帝位継承者である。彼はさきほどつい5分ほど前、得意満面、意気揚々と入って言った賭博場カジノの前に『パンイチ』で転がされていた。


「・・・うう、そんなバカなぁ」


 帝都の空は晴れ上がり、素肌に冷えた風が染みる。晩秋の空に映える下履きの白が、目に眩しかった。

 結果は聞くまでもない。百人に答えさせれば百人ともが正解する。彼は敗北したのだった。


「皇子様・・・」


 ミーシャは駆け寄り、預かっていた外套をかぶせながら思った。この皇子、結構、残念なところがあるな、と。もっと早くに言っておいて欲しかった、と。


「まさか、サイコロ賭博とは・・・」


 レオンは外套にくるまりながらすっかりしょげていた。


「しょうがない。アレをやるかぁ・・・」


 そう言いながら、外套の下で何やら手をごそごそと動かす。

 彼が手を出した時には、小銀貨が1枚握られていた。マントに非常用として、縫い込んでいたものらしい。


「金貨じゃないところが、情けない所だけどね」


 ミーシャに向かって、自嘲気味に笑いながらレオンは呟く。


「皇子様、もう本当にいいから。もうやめよウ」


 ミーシャの猫耳は悲し気にペタンと寝てしまっている。

 レオンは(頼んでいないとはいえ)自分のために勝負ギャンブルに挑んだのだ。真面目で素直な彼女は、少なからず責任を感じてしまっていた。


「んー、でも服どころか、《二振りの雷霆ダブル・エクレール》まで取り上げられちゃったからねぇ。大丈夫、大丈夫、心配しないで。今度はギャンブルじゃないから。」


 レオンはそう言って優しく笑い、さっきの裏通りの方へと戻り始めた。




=========

「負け分の清算としては、服だけで十分なんだ。こう言っては何だけど、僕の服は結構な高級品だからね。魔剣まで取り上げるのは、強欲すぎるよ。というか、トランプを使わない賭博場カジノとか、そんなの反則だろう?」


 裏通りへと戻って来たレオン。さっきから唇を尖らせてずっとブツブツと文句を言っているが、なぜかその足取りは軽かった。

 そうこう言っているうちに、先ほどのガラクタ屋の前にたどり着く。


「お爺さん、こんにちは」

「おや、駄目だったかい」


 レオンの裸足をちらりと見て取った店主の老爺は、つまらなそうに呟いた。

 そんなお爺さんを気にせず、レオンは明るい笑顔を作り、店の隅の方に置いてあった片腕の取れた不気味な人形を指さした。


「ねぇ、お爺さん。そこの人形を銀貨1枚で売ってくれないかな?」

「ん?これかい?そのお嬢さんには似合わないと思うが・・・。まあ、いいだろう。どうせ火事のあったお屋敷の焼け跡から拾ったものだし・・・。ホラよ」


 不穏当なセリフを口にしながら、老爺は人形を取り上げてレオンに手渡し、代わりに銀貨を受け取った。


「ありがとう。じゃ、行こっか」


 人形を受け取ったレオンは、ミーシャを促し歩き始めた。


「はいはい、またどうぞ」


 老爺はやや傾きかけた太陽の下、気のない返事で二人を送り出した。

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