001
「この程度で魔剣に取り込まれ、暴走するとは情けない・・・」
そう言い放った女騎士は、鞘から長剣を抜きとると、皇太子に向かって突き付けた。
「それでも次代を担う皇太子ですか?レオンハルト殿下っ!」
艶やかな黒色の長髪を後ろでしっかりと結わえ、 透き通った黒曜石の瞳から放たれる眼光には一点の揺らぎもない。
「奇麗ごと抜かしやがって・・・貴様もどうせ、魔剣よりおべっかを使うほうが上手いタイプだろうがッ!」
皇太子が怒声とともに手にした魔剣・《二振りの雷霆》を振るう。数条の雷が束になって、自分に逆らう騎士へと殺到する。体にわずかでも触れれば、一瞬で黒コゲと化すだろう。
「ハッ!」
掛け声とともに女騎士は大きく横へとステップを踏んで、全ての雷撃を躱してみせる。
「威力とスピードはそこそこですが、動きが直線的すぎます。まだまだ鍛錬が足りませんね」
そして冷静に生徒への助言を呟くと、もう一度長剣を構え直し、
「セレスティア・ベルモンド、いざ参る!」
女騎士はレオンハルトに向けて、真っ直ぐに駆け出した。
「フンッ、馬鹿がっ!」
突っ込んでくるセレスティアに対し、レオンハルトが再び雷撃を放つ。
だがセレスティアは少しも怯まない。今度は最小限の動き(ステップ)で雷撃を躱し、同時に神速の踏み込みで着実に距離を詰めていく。
「せいっ!」
セレスティアが間合いに入ると同時に、長剣を振り下ろす。
轟音と衝撃が校庭を揺らし、火花と雷光が散る。レオンハルトは双剣をクロスして、かろうじて受け止めていた。
「ぐぉぉぉ!!!」
レオンハルトの咆哮が獣のように迸り、セレスティアの剣を押し返そうとする。
だが、彼女は表情一つ変えず、刃越しにただ冷たくレオンハルトを見つめていた。
「ふむ。今の一撃を受け止められるとは、意外でした。ですが、それほどの力があるのであれば、自分の意志で暴走を抑え込むこともできるでしょう?」
冷静に諭すような言葉に、レオンハルトの顔が朱に染まる。
「ちぃっ!」
吐き捨てるように舌を打つと、大きく飛び下がりセレスティアとの距離を取ろとする。
だがそれを許するセレスティアではない。彼女も追って、すかさず間合いを詰める。
レオンハルトの操る双剣と、セレスティアの長剣が幾度もぶつかり合う。そのたびに轟音と衝撃が空気を揺らし、火花と雷光が爆ぜた。
「 殿下!皇太子としての自覚を思い出しなさい!」
「うるさいっ!お前ら全員、俺なんか見ちゃいない。」
レオンハルトが吠えるたびに、雷撃が光を増す。
「もううんざりだっ!本当の俺なんか誰も必要としていないっ!」
激情に声が震え、目尻からは涙が零れる。
「そんなに皇太子が必要なら、人形に皇太子とでも書いて貼っておけ!」
咆哮とともに放たれた最大級の雷撃が、奔流となってセレスティアを襲う。まともに食らえば、怪我どころでは済まない。
だが彼女の顔には、微塵も揺らぎはなかった。
「応えよ、我が魔剣・星砕きの聖剣」
正中に構え、魔剣に力を籠める。
「我が振るうは星墜の軌跡。全てを砕き、万物を呑み込め!“星喰む幻獣 ”ッ!!」
魔力に満ちた刀身が、彗星のように煌めく。
星が堕ちるかの如き一閃は、荒れ狂う雷条を正面から呑み込んでみせた。
「雷を喰らっただと?バカなっ!」
目の前のあり得ぬ光景にレオンハルトは慄然とする。
セレスティアはそんな皇太子をゾクリとするほどの冷たい目で、レオンハルトを見下ろした。
「誰もあなたを見ていない?それが一体どうしたと言うのです?」
そう吐き捨ててから、セレスティアは長剣を肩に担ぎ上げる。
「貴族とは正しいこと--」
彼女はレオンハルトに向かって一歩、踏み出す。
気圧された皇太子が、自分でも気づかぬまま、後ろへと退がる。
「常に正しくあろうとする精神こそが、貴族としての矜持、存在意義。皇太子とは、いずれその頂に立つお方なのです!」
セレスティアがまた一歩を前へと踏み出す。
「だけどそんなの辛いだけじゃないか!」
「楽しんでしまえばいい。全てを楽しめるよう強くなってしまえばよいのです」
「そんな、そんなこと・・・」
あまりなほどの強者の論理に、レオンハルトはただ虚ろに呟くことしかできなかった。
「もし納得できないのであれば、私が殿下のお側でその道を照らしましょう。命を懸けてその道に添いましょう」
「えっ--」
セレスティアの言葉にレオンハルトは目を丸くした。顔が熱くなり、心臓が早鐘のような鼓動を打つ。
気付けばセレスティアの整った顔が、目の前にあった。鋭い光を放つ瞳が、真っ直ぐに自分を見つめている。
「殿下・・・」
彼女の吐く息が鼻にかかる。魂が縛られたようにレオンハルトは動けなくなった。
「ご無礼」
そう言った彼女の手には、いつの間にか細い硝子瓶が握らていた。栓を指を弾き、瓶の中身を口に含む。
「んんっ--」
瞬間、距離が零になった。
押し付けられた唇のわずかな隙間から、液体が送り込まれる。
レオンハルトはなす術もなく、それを喉の奥へと落とした。ほぼ同時に目の前の景色に霞がかかり、意識が闇に飲まれて行く。
「セレ--」
レオンハルトは膝から崩れ落ち、そのまま地面へと倒れ伏した--。
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淡い金の髪は窓から注ぐ夕陽を受けてふわりと煌めく。整った顔立ちは何代にも渡る精選の血筋を物語っていた。だがその鋭くも優美な青い瞳には強い憂いが含まれており、どこか呆けたように虚空を見つめている。
やがて溶けるような甘い気品持った薄い唇からは、魔法の匣にたった一つだけ残された言葉のように、“希望”が零れ堕ちる。
「ああっ、恋がしたいっ!」
絶望の中から絞り出されたそれは儚く響き、答える者もなく虚空へと散っていった。
それでも主は望みを繋ぐかのように言葉を紡ぐ。いや、言葉を紡ぐほどに生気が満ちていく。
「おかしいと思わないか?僕は第8代皇帝カール・ティハーンの長子、レオンハルト・ティハーン。歴史あるこの大国、イシュタリア帝国の皇太子にして次期皇帝なんだよ?それが恋の一つも許されないなんて!なあ、そう思うだろう?我が護衛にして家庭教師、セレスティア・ベルモンドよっ!」
芝居がかった口調で皇太子は瞳に力を込め、傍らに立つセレスティアと呼ばれた女を見上げる。
だが見上げられた女は、語り手の熱量にほとんど反応しておらず、かけた眼鏡の奥からただ無感動に見下ろしていた。女の黒髪を纏った端正な顔立ちは凛とした印象を与え、切れ長の瞳には自分を律する強い意志と気高さが宿っている。
その若い年齢の割に漂わせる落ち着いた雰囲気は、どこか金属的な冷たさを感じさせるものだった。
「・・・全く思いませんが」
そしてそのまま家庭教師の女は、深いため息を断頭台の刃にし、無情に切って捨てた。
「なぜだっ!貴族学校魔剣士科の首席にして、眉目秀麗、博学才穎 、中興の祖、救国の英雄と謳われたこの僕だぞ?」
「レオン殿下がある程度、優秀なのは認めますが・・・後半部分は、カール陛下にお伝えしておきますので」
あくまでも冷徹を貫く家庭教師の言葉に、レオンの表情が大きく揺らいだ。
眉目秀麗、博学才穎 はともかく、中興の祖、救国の英雄と呼ばれるからにはその前に、国が傾いているという前提が必要となる。つまりそれは現皇帝の施政を批判することになる訳で・・・。
そして、現皇帝は臣民にはともかく、身内に対しては目の前の家庭教師よりもさらに厳格であった。
「ま、待ってくれ!ちょっと口が滑っただけだ!だけど魔法剣士科で首席、しかも飛び級で卒業したのは事実だろう?それが卒業してからも宮殿の奥深くに閉じ込められて、毎日、毎日、つまらない勉強や訓練ばかり!愚痴の一つを零し、恋の一つぐらいしたくなったっていいじゃないか!」
「恋とおっしゃいましても・・・。殿下はドラグニル王国の姫君と婚約されていらっしゃる身でしょう?」
日頃の不満をぶちまける皇太子に対し、セレスは疲れたように淡々と事実を述べる。
しかし、レオンは全く同意できないと強く首を振った。
「そんなの政略結婚じゃないか!会ったこともない相手と結婚なんて、恋とは呼べないよっ!」
「そうですか。それでは次の課題ですが・・・」
「聞いてるの?!」
「聞く必要がありません」
セレスはレオンの言葉を戯言と聞き流すことにしたらしく、机の上の分厚い本を手に取って開き、中の一文を指し示した。
「この古代文の翻訳ですが、『少年老い易く学成り難し』『一寸の光陰軽んずべからず』『光陰矢のごとし』『少年に学ばざれば老後に知らず』と訳します」
「そういう説教の仕方やめようよ・・・」
レオンが家庭教師の余りの塩対応ぶりに悲鳴を上げる。
「セレスだって恋ぐらい・・・。例えばその・・・これはあくまで例えなんだけど、どこかの国の皇太子に、骨まで溶けるくらい愛されて国を傾かせてみたい---そう思ったことあるだろ?」
「全くありません」
取り付く島もない返事にさしものレオンの首ががっくりと落ち、目もどんよりと曇る。
「義務を果たすことこそ、我々の存在意義。皇族や貴族に恋など必要ないのです」
レオンがなんとか取り付こうとしてもセレスの態度は熟練の宮大工が表面をかんな掛けしたぐらいにツルッツルであった。
「でもさぁ・・・そんな生き方、楽しいの?」
「楽しい?」
少しやさぐれた教え子の言葉に、初めてセレスの表情が揺れる。
これまでセレスの人生は、人から見れば、順風満帆、出世街道を“正しく”進んでおり、自分自身もそう思っていた。
彼女は下級貴族の出ながら、(レオンの数年前に)貴族学校魔剣士科を首席で卒業した才媛だ。
魔術学や政治学でも優秀で、異例中の異例として二十歳にして皇太子の護衛兼家庭教師に任命された。
もちろん相応しい努力はしているし、嫉妬からくる嫌がらせも多かったが、それらすべてを“正しい貴族”として乗り越えてきた。
それが当たり前の生き方だった。レオンの言う“恋”なども同じであり、必要のないものだと切り捨てていた。
そして、そんな生き方が“楽しいかどうか”など考えたこともなかった。
「・・・」
セレスは浮かびそうになった疑問を自分には不必要だと首を振って振り払う。
そんなセレスの様子を見たレオンが心配そうに声をかけた。
「大丈夫?疲れてるんじゃないの?」
「・・・教え子の一人が、ひどく手を焼かせますので」
原因が何を言っている!と言わんばかりにセレスが渋面を作ってみせる。
だが、原因の方は、その一言を待ってたと言わんばかりに相好を崩した。
「じゃあさ、街に遊びに行かない?たまには息抜きも必要だよ」
「そういう訳には参りません。それにまだ次の授業が・・・」
「どうせ、セレスのことだから、次の授業内容はここだろ?で、課題がこれで、回答がこれ。どう?あってるでしょ?」
・帝国内の総人口は?
・帝国領で人口3万以上の都市をすべて上げよ。
・貴族家は何家ある?
・公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家のそれぞれの数は?また、当主の名前は?
いつの間に用意していたのか、得意げな顔でレオンが文字で埋められた羊皮紙を差し出してくる。
優秀な教え子に対しセレスは顔を引きつらせ、大きくため息をついた。
「ですが街で遊ぶなど、皇太子殿下のなさることではありません」
「そんなことないと思うけどなぁ。次期皇帝として、我が帝国の民がどのような生活をしてるか、知っておく必要はあると思うけど。ほら父上だって“知識だけで考えるな、自分の目で見て、耳で聞き、それから判断しろ”っていつも言ってるしさ」
「それはそうですが・・・今から外出の許可が下りる訳が」
「大丈夫、ここは皇城だよ?ちゃーんと抜け道の一つや二つ、知ってるんだから」
「し、しかし・・・」
「セレスが行かないなら、僕一人で行くから。でももし、街を一人で歩いてて、僕の身になにかあったら、護衛役の人はどうなっちゃうんだろうなぁ・・・気になるなぁ・・・」
レオンは空とぼけながら立ち上がると、スタスタと足早に部屋を出て行った。
「ちょっと、殿下?殿下?!」
生真面目な護衛は慌てて、その背中を追いかけた。
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