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GO!!~氷上の剛腕番長~  作者: 渋谷直樹
第1巻:リーゼントとカーリング
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第8エンド 苦笑いの過去

『私のいたチームはね、強かったんですよ』


 飲み物がこぼれた跡が染みになった、年季の入った畳の小上がりの席で、為川コーチが静かに話し始めた。


 初日を合わせてここ三日の撮影も終わり、明日には東京に帰る俺達の送り出しも兼ねて、労いの為に開かれた宴会。

 ストーン運び対決や氷上リンク相撲を経て、幾分か距離の縮まった俺達とアップルストーンズのメンバーは、望田の行きつけの店である、居酒屋「みゆき」でテーブルを囲んでいた。


 ユラユラと店に飾られた、縁起のいい意匠の凧の紐が揺れる。


 酒もほどよく回ってきて、為川コーチが現役時代は非常に優れた選手だったという話題になり、俺が興味を示したのがきっかけだった。

 最初はいやいや、といつものように苦笑いで謙遜していたが、少しずつ、ぽつりぽつりと話し始めた。


『本当に、強かったんですよ……。オリンピックだってもしかしたら、メダルを狙えたかもしれない』

 為川の背後に飾られたスサノオのねぷた絵が、まるで彼の内に秘めた激情を物語っているかのようだった。


『でも、チームの所属していた親会社が倒産しちゃいましてね』

「ほら、震災があったでしょう?」と、彼は苦々しく笑う。

 当時、為川のチームを擁していた水産加工会社は、あの災害の余波をきっかけに業績が悪化していき、倒産へと至ったらしい。


『当然、カーリングだけでは食べてなんていけませんからね、みんな会社員をやりながらでした』

 同じく家庭を持ち、地元産業機械メーカーで営業を行いながら競技を続ける望田の目には、深い同情と共感が滲んでいた。

 出世頭のやり手営業マンとして働く彼にとって、もしも会社が倒産したら、家族と競技、どちらを取るか の選択を迫られたら……他人事とは思えないのだろう


『会社が倒産してしまえば、カーリングどころではありません。メンバーも一人抜け、二人抜け、散り散りになっていきました』

 ぼんやりと、カウンターの上に飾られた大漁旗を眺めながら、呟くように言葉を続けた。

『それでも、何とかチームを存続させようと、あれこれ駆けずり回りましたが……』

 いやはや、と肩をすくめてため息をつく。

『リンクの上で殴り合いや取っ組み合いの喧嘩を始めるような荒くれ者揃いのチームを引き受けてくれる、物好きな会社やスポンサーなんて、最後まで現れませんでした』

「リンクの上で喧嘩したおかげで、転んで骨を折ったりもしましたよ」と、自嘲する。


『かくいう私自身も、当時既に家庭がありましたし、結局のところ、諦めてしまいましてね』

 たはは、と力なく笑うも、それはいつもの苦笑いではなく、その目の奥には、懐かしさと悔しさと、どうしようもない遣る瀬無さが、深く沈んでいた。


『でもね、思ったんですよ』

 懐古と諦めが揺蕩っていた為川の目に、ジワリと熱が広がる。

 席の空気が、少しずつ熱を帯びていく。


『……まだ、まだ、終わってない。終わりたくない。諦めたくない、って』


 いつの間にか、レモンサワーを数杯飲んで眠りかけていた海至も、背筋を伸ばして聞いている。


『プレーヤーとしてリンクに立たなくても、指導者として、戦うことはできる』

 テーブルの下で、為川の拳に、ぐっと力が入った。

 先程までの、苦笑いと自嘲にまみれていた声が、決然とした、覚悟のこもった声に切り替わる。


『だから私は今回、必ず勝つために、このメンバーを集めました。

 競技歴は勿論、そこに技術が伴っている選手をこのチームに招きました。

 カーリングの試合は、約二時間半もかかる長丁場です。延長に入れば、もっと伸びる。

 そこには、望田くんのような精神的に安定した人間、佐山くんのようにどんな時でも自分のペースを貫ける者、そして、坂本くんや成田くんのような、将来の可能性に満ちたカーラーが必要なんです』


 でも、それだけじゃ駄目なんです。

 強いだけでは、駄目なんです。

 私のいたチームが、そうだった


『藤原さん』

 急に名前を呼ばれ、さっきまで黙って為川の話を聞いていた藤原の体が、ビクッと跳ねる。


『私は、貴方から今回の企画のオファーを頂いた時に、これは千載一遇のチャンスだと直感しました。

 チームの、青森アップルストーンズの知名度を上げるために、最高のチャンスだと思いました』

 覚悟と、決意と、熱のこもった目が、藤原をじっと見る。その熱に当てられてか、藤原の目にも、熱い炎が揺らめいた。


『これは、このチームは、私にとって、人生最後の賭けなんです。

 何卒、ご協力お願いします』


 深く、深く、為川が頭を下げた。


 ───明かされた、為川の心の内の吐露に、重い沈黙が流れる。

 普段から温和で理知的な男の口から出た、激情と決意。

 誰もが、どんな言葉ならこの想いに応えられるのか、探していた。


『……勝ちますよ。当然です』


 それまで、静かに熱燗を飲んでいた佐山が応えた。

 普段は何を考えているのか分からない男の目に、煌々と、勝負の火が灯っていた。


 ―――――――――――――――


 宴会も終わり、店を出て、夜風に当たる。


 誰もが何かを賭けている。

 藤原も篠山も。

 そして、為川コーチも。


 俺は果たして、何を賭けられるんだろうか。


 まだ春先の、青森の夜風が、体を冷やした。

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