第4エンド ようこそ、アップルストーンズへ
警戒、無関心、歓迎、好奇心。
オカでんアリーナカーリング場。
リンクの脇では、これから企画に協力してくれるカーリングチーム、青森アップルストーンズの面々と対面し、それぞれが違う感情を向けていた。
なにせ、俺はいきなり土足で上がり込んでくる部外者だ。
完全に歓迎されるなんて思っちゃいない。こういった反応は、ちゃんと想定している。
とはいえ、こんななりをしているが、こう見えて俺は人見知りなのである。
果たしてこの企画の間に打ち解けられるのだろうか?
パッと見た感じ、随分と若いチームのようだ。
右にいる体格のいい男は……この中では恐らく、自分と近い年齢だろうが、他は大学生くらいか?
ディレクター陣とこれまでやり取りをしていた、為川晴信コーチの形式的な挨拶が終わり、次に口火を切る人間がこれからの雰囲気を作るというのがわかる、なんとも気まずい空気が流れる。
俺としては、ここは藤原にいつもの調子でガハハと空気を作ってもらいたい。こういう時には、やはりあの髭オヤジは頼りになるのだ。
しかし、そんな藤原も、今は撮影前の確認やら何やらでバタバタと走り回っている。
助け舟は、期待できそうにない。
呼吸が浅くなり、まるでライセンスを取ったばかりのグリーンボーイのような気持ちになる。
手足が冷たくなって来ているのは、リンクに張られた氷のせいだけではないだろう。
そんなグズグズとした空気を察してか、右にいた体格のいい男がスッと前に出る。
『望田欣二です。まさか本物の桐原剛士に会えるなんて、光栄です。南米の巨砲フェリックス・ペレイラとの剛腕対決、後楽園ホールまで観に行きました!』
随分懐かしい名前を聞いて、望田が差し出した手にワンテンポ反応が遅れる。
『あ、えぇ。どうも、ありがとうございます』
まさか、自分の現役時代を知っている人間に出くわすとは思わなかった。
引退直後はこういったことはあったが、こんなことは何年も出くわしておらず、恥ずかしさとむず痒さで、チグハグな受け答えをしてしまった。
そんなしどろもどろになりながら出した手を、望田は力強く掴み、握手を交わした。
社交辞令ではない、気持ちのこもった手だ。
今度は真っすぐに望田の目を見て、感謝の言葉を重ねて告げた。
『へ~!! モチさんこの人知ってんの? 有名?』
と、陽気な声がした。そこには明るい茶髪の、いかにもノリの軽そうな青年がいた。
『海至さん、ボクシングの世界王者だったらしいですよ』
サラサラとした黒髪の、まるで昨今のメンズアイドルグループにいそうな、整った顔の美青年が補足する。
『うぃぇっす! 成田海至です。「かい君」とか「うみちゃん」とか、良い感じに読んでください』
望田の行動を突破口に、ぱらぱらと挨拶が始まった。ノリの軽い青年は海至というらしい。
『坂本悠歩です……一応、キャプテンをしてます』
(先程からの警戒や冷ややかな視線は、そうか、彼だったのか。キャプテンならば競技へのプライドや責任もあろう。そうなるのも無理はないか)
『……ギャラって、どのくらいなんですか?』
いきなり横からにゅうっと現れた男に、思わず飛び退く。
「それは藤原に聞いてくれ」と答えると、「そうですか……」と言って、男は元の位置にすっと戻っていった。
後から聞いたが、この何とも掴みどころのない男は佐山朝日というらしい。
こうして、一通りの自己紹介が終わり、先ほどよりは少しだけ温まった空気が流れだした、その時だった。
『やぁやぁやぁやぁ!! 皆さんお待たせしました!! やっと撮影の準備が整ったのでね、これから撮っていきたいと思いますよぉ! 改めまして! 「東京東都テレビ」 の!「ディレクター」の! 藤原です! 何か面白そうなトラブルなんてあったらバンバン俺に言ってくださいね!! それはそれはもうビシィッとカメラに収めますから!!』
THE・業界人という言葉がピッタリな、藤原の嵐のような勢いに、青森アップルストーンズの面々が目を白黒させている。
(懐かしいなぁ。俺も藤原に初めて出会ったときは、そういえば同じような顔をしていたように思う)
『いいねぇ~、この初々しい感じってのは久しぶりだものぉ。バンジーや激辛ラーメンじゃこうはならないもんねぇ』
普段はタレントや芸人、つまりはプロを相手にしているからか、藤原に圧倒される彼らを、篠山は微笑ましい顔でカメラに収めている。
『じゃじゃじゃじゃじゃあ!! まずは、鹿児島の剛腕番長、リンクに立つ!! 行ってみよう!!』
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果たしてここからどうなるかは分からないが、今は目の前の事を全力でやるだけだ。
まさか、現役時代のファンに出くわすなんて思ってもいなかったが、リングがリンクに変わっても剛腕番長はいつだって全力だという所を、見せてやらないとな。
俺に出来るのは、いつだってそれだけなんだから。
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『ちょちょ、ちょ、ちょ、ちょぉ!!! ホントにこれ足着いてんのかぁ!? 滑るぞぉ!? 地面だろぉ!?』
とにかく滑る。当たり前だ、氷の上なのだから。
『ゴウちゃん!! ほら!! ポーズとって!! ファイティングポーズ!!』
藤原が叫ぶ。
『おいおいおい!! こんなところで戦えねぇって!?』
へっぴり腰の俺に向かって、なお叫ぶ。
『ほら!! ステップ!! フットワークだって!!』
ここはテレビタレントの立つ戦場だ。
『だから無理だって言ってんだろぉ??』
さぁ、次は何が来る?
『お前! 元世界王者だろうが!!』
(……そうだ、元世界王者が、氷の上で立てずにわめいている。これ以上ないくらい、分かりやすい「フリ」だ)
ここでまた一捻りだ。
『俺が立ってたのは「リング」だっつの!! 「リンク」じゃねぇっての!?』
(決まった。これは我ながら、上手いこと言ったぞ)
『いやぁ~、ゴウちゃん、これは効いてるんじゃないのぉ? テンプルきてるよぉ』
実況解説の篠山から、最高のアシストだ。後は俺が、華麗なフィニッシュを決めるだけ。
『おぉ!? おっ? おっ? おっ? おわぁ~~~~!!!!』
バターン!
と、ド派手に背中からリンクに倒れる。
『あのおっさん面白れぇ~、やっぱ本場の芸人って凄いんだな!』
リンクサイドでケタケタと笑いながら、初めて見るテレビの収録に目をキラキラさせている。
『海至さん、……元ボクシングの人ですって』
冷ややかな表情のまま、悠歩が訂正する。
『剛士さん!! 大丈夫ですか!?』
バターン!と背中から倒れた俺を心配して、焦った表情で望田が駆け寄ってくる。
『おぉ~、これだよこれ!! こういうのが欲しかったんだよ~、こりゃカーリングに目を付けた俺の直感は正しかったんじゃないかい? えぇ? 篠山さん』
自分がイメージした通りの画が撮れてご満悦な藤原は、この興奮が正しいものだというのを確認するかのように問いかける。
『そうだねぇ、剛士くん、ここ最近じゃあ一番楽しそうだもの』
その問いかけに答えているようで、そうでもないような、それでも藤原の背中を後押しする、篠山らしい言葉。
『やっぱり南の人間が北に行くってだけで面白いもんなぁ。篠山さん、剛士のやつがリンクの氷を見た時の、あの不安そうな表情はちゃんと押さえたかい?』
(伊能忠敬をやってみよう、の時みたいな失態はしていないだろうねぇ?)
と言いたげな、やや悪戯っぽい笑みを含んで藤原が聞いた。
『可哀そうだったね~、捨てられた子犬みたいだったよぉ?』
(勿論、抜かり無く撮っているとも)
そう言わんばかりに、篠山もニヤリと返す。
『いよぉぅし!! これは良いのが撮れるぞぉ~!!』
ディレクター達が盛り上がるのを尻目に、リンクの冷たさと硬さを感じながら、俺はこのアリーナから、果たして怪我をせずに無事に帰れるんだろうか。
千春、パパはすっごく、頑張ってるぞ。