第33エンド 緑色のランドセル
この春というのは、俺にとっては特別だ。
なぜかって?
それは、わが愛娘、千春が、小学生になるからだ。
あの千春が、やっと小学生か....。
いや、「もう」小学生、そう言った方がいいか。
まだまだ寒さが我が物顔で闊歩する青森とは違って、一枚羽織らないと肌寒さを感じる日はあるものの、東京は、満開に芽吹いた桜が作るアーチが、まるで明るい未来を祝福しているかのようだった。
そのアーチの下を、緑色のランドセルを背負った我が娘が、誇らしげに歩いていく。
伊勢丹で、「これ可愛いね」と、言っていたランドセル。
あの時、東京東都テレビの会議室で、千春がこのランドセルを背負った姿を想像して、目頭に熱いものがこみ上げてきたのを思い出す。
あの時、思い描いた光景を、今、まさに目にしている。
こんなにも、感慨深いことはない。
たった一年、たった一年ぽっちの事なのに、随分と昔のように感じる。
カーリングと出会って、アップルストーンズと出会って、もう一度、渇望し、恋焦がれていた熱と出会って、俺は、生き返った。
「....ごうちゃん、やっぱりいい顔してるね」
「男前ってことかな?」
「そうだね、惚れ直したかも」
「.....そこはツッコんでくれないと、流石に照れるって」
たははと、為川コーチの苦笑いが、俺にもうつったかな?
穏やかな光の差す桜並木を抜けると、赤と白の、祝いと歓迎の気持ちを込めた、紙の花に彩られた「入学式」の立て看板が、出迎えた。
その前には、この小学校の先生だろう男性が、爽やかな笑顔で立っている。
千春は、さっきまで意気揚々と前を歩いていたのに、あらら、あっというまに彩夏の後ろに隠れてしまった。
人懐っこく、すぐに仲良くなるのも、同年代のお友達の間だけらしい。
この人見知りの部分は、俺に似たんだろうか?
先生も慣れたもので、千春の目線の高さにしゃがみ、「入学おめでとうございます。これからよろしくお願いします」と、優しそうな笑顔で挨拶をした。
それに対して、彩夏の後ろから顔だけ出して、「....よろしくお願いします」と、おずおずと返した。
なんとも、微笑ましい光景だ。
そういえば、俺の時はどうだったろうか?
もう随分と昔のことだから、ロクに覚えちゃいないが、ちゃんと挨拶が出来たっけな?
南大隈町の、小さな小さな小学校。
今はもう、統合やら過疎化やらで、なくなってしまった我が母校。
....送られる側だったのが、いつの間にやら、送る側になっている。
そして、もっと先、もっともっと先、いつかはまた、送られる側になる....。
そんな風に、じんわりと込み上げる熱いものに耽っていると、彩夏が「ほら、写真撮るよ?」と、引っ付き虫のようにしがみついていた千春の背中をポンポンと叩き、紅白の紙の花で彩られた、入学式の看板の前に立たせる。
一人先走ってしんみりしていた空想の世界から慌てて抜け出して、にっこりと笑顔を作る。
「はい、それでは撮りますよ~!お父さん、笑って笑って!」
どうやら、笑顔が出来てると思っていたのは、俺だけだったらしい。
チラリと俺を見た彩夏も、クスクスと笑っている。
そんな俺を見て、千春は、逆に自分がちゃんとしなきゃ、とでも思ったんだろうか?
さっきまで人見知りを発揮してモジモジした顔だったのに、胸を張って、堂々としているじゃないか。
たはは、カメラが向くと切り替わるのは、テレビタレント・ゴウちゃんが遺伝でもしたようだ。
さっきは先走り過ぎたが、やっと、一つのスタートラインであり、一つのゴール、一つの節目を迎えることができたのだ。
これから何度も訪れることになる「節目」ってやつの、その第一歩を、存分に味わおうじゃないか。
満開の桜が祝福する中、新たな門出を祝う校門をくぐり、新しい世界に飛び込む我が子の背中を見送る。
新たなリングに、これから向かう小さな我が子の、大きな背中を見送った。




